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  作者: peanut
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ぼく

 深い眠りから覚めたような感覚に見舞われながら、ゆっくり瞼を開ける。

 すごくまぶしい。目が回りの明るさに順応できていない。どうやら本当に暫くの間眠っていたらしい。

 どうも記憶が曖昧だ。眠りにつく前は何をしていたっけ。思い出せない。というか思い出そうとすると頭がズキズキする。

 本格的にやばそうだ。それはそうとここはどこだろう。起き上がろうにも体が怠いし、重いしでまだ動きそうにない。

 頭だけを振って確認すると右手に腰丈くらいの小さなテーブル、正面にはテレビモニター、左手には棚があり、花のない花瓶が一つと横に松葉杖が立てかけてある。ここは病室なのか。それも個室?

 意識が鮮明になってきたせいなのか、体の至るところが痛い。特に左足。僕は交通事故にでもあったのだろうか。わからないことだらけだ。まあ、看護師さんを呼べば何かわかるだろう。

 両手を頭際に持っていきナースコールを探すがなかなか見つからない。んー見当たらない。暫くしたら見回りで来てくれるだろう。

 しかし暇だ。眠ろうにも全く寝付けない。さっきまで寝ていたのだから不思議ではないんだけれど。そうだ。ナースコールのことも含めて巡回の遅さを直接文句をいいに行ってやろう。丁度体も段々動かせるようになってきたことだしな。

 僕は松葉杖を両脇に挟み込み点滴を乱暴に引っこ抜いて、歩みを初めた。

 部屋から出て初めて知ったが、僕の部屋は一番端にあるらしい。右に体の向きを変え何か場所を示すものは無いものかと探すが、なんもない。ここ本当に病院なんだよな?ちょっとばかり不安になってきたぞ。そんなこと言ってもどうしようもないからな。歩けばいつかつくはず。いつかつくよな?―――

 松葉杖とスリッパの擦れる音にすら聞き飽きてきた頃、ようやく一本道の廊下以外の物が見えた。廊下の天井には二つのチェーンでくくりつけられている案内板があり、<飲食スペース>と書かれていた。ナースステーションじゃないのか。まぁいい。丁度ノドも乾いてたし、体も疲れて休もうと思っていた頃なんだ。自分に都合のいいように解釈し、飲食スペースに足を向けた。

 本当に飲食するためだけのスペースって感じだなー。なんというか殺風景にもほどがあるというか。見たところお茶と水がでるサーバーとテーブルとイスのみ。もっと雑誌とか漫画とか売店とか置いてくれればいいのに。売店があっても金がないからなにも買えないけど。取り敢えずこの乾いたノドを潤す緑茶でもとってこよう。自分へのご褒美、ご褒美。あれ、コップがない。あたりを見渡すも紙コップどころかふつうのグラスもない。なんだそりゃ。ここの病院はどんだけセルフサービス満載なんだ。

「あーどっかにコップ落ちてないかなー・・・あっ」一番奥のテーブルに白い花柄のワンポイントのコップを発見。人の物を勝手に使うのは申し訳ないが、洗って返せばきっと問題ないはず。きょろきょろと人の気配に警戒しながらそのコップに近づき、手を伸ばしたその時、「それ私のコップだけど」心臓が止まった。止まりかけた。動揺が悟られてはいけない。今のでノドの乾きなんて吹っ飛んだ。ここはそう。自然な感じに振る舞えば切り抜けられるはず。僕ならいける。「そ、そうなんだ。じゃ」華麗にターンしその声の方向を視界に入れぬよう歩みを進めようとした瞬間、「ぐえっ」首の後ろを掴まれ、引き戻された。

「何するんだ。危ないじゃないか!」本当に心臓止まるところだった。

「危ないのはそっち。私のコップになにしようとしてたの」

 正論だ。ぐうの音もでない。

「はぁ・・・ノドが乾いてたんだ。ここコップないから使わせてもらおうとおもって」

「抵抗ないの、人の物使うの」

「ないわけじゃないけどそれよりもノドの渇きの方が一大事だったんだよ」

 ため息をひとつ「呆れた」そう一言を残し、少女はその場を後にした。はぁ。余計に疲れた気がする。イスに座り、松葉杖のせいで疲れた腕や脇を休めていると「はい、どうぞ」横からさっきのコップがテーブルに置かれ、声の方に顔を向けるとさっきの少女がいた。

「あの、これ」

「ノド乾いてたんでしょ。今洗ってきたからきれいだよ」

「・・・ありがとう」

「いいえ」

 お礼は出来るんだなみたいな視線を少女から感じつつに入れてきてくれたお茶を一口飲む。

「君はここがどこか知ってる?」

「あなたは知ってるの?」

「いや」

 そうなんだ。それ以降の会話はない。久々の会話で女の子を飽きさせない会話はできない。久々じゃなくてもできるかは怪しいところだけど。お茶を一気に流し込んで、「コップとお茶ありがとう」そう告げる。

「これからどこに向かうの?」

「ナースステーションに向かおうと思ってる」

「どうして?」(どうしてって)

「僕がここにいる理由を知りたいから」

「行けばわかるの?」(わかるに決まってるじゃないか)

「わかるはずだよ」

「そう・・・」この一言を最後に少女は考え込むように黙りこくってしまった。

 何を僕は苛立っているんだ。これは待ってもしょうがないな。そのまま飲食スペースから廊下に出ようとした時、「ぐえっ」また首の後ろを掴まれ、引き戻された。今度はなんなんだ。一度ガツンと言ってやろう。

「だから危な―――――――――――――――」





 ――――――――――――――――私も、知りたい



 その少女の表情に僕は声を出せずにいた。

 少女も僕と同様、何かを求める、或いは探しているのだろうか。



 何もない真っ白な廊下をただ歩いている。それは先ほどと変わらない。変わったことと言えば足音が増えたことくらいである。

あと気まずさが格段にあがった。そういう表現であっているのかは分からないがそういうことだ。しかし困ったものだ。

 なにに困っているかと聞かれればそう、あれだ。解決できない問題ばかり増えているような気がしていることだ。全部、気がする。そう思っている。~のはずだ。自分の都合のいい考え方しかしていないせいで自分の考えすら自分自身で認め、「そうだぞ」と断定してやることができない。だからか。飲食スペースで少女に全てわかるのかと聞かれた時、無性に苛立ちを感じたのは。

行けばわかるって言ったのは僕なのに。

でも少女は着いてきてしまっている。答えがわかると信じて。わからなかったらどう思うのだろう。知りたいことが知れなかったとき人はどうするのだろう。

 少女がこんな僕に着いてきてまで知りたいこととはなんなのだろう。

「君はなにが知りたくてナースステーションにいくの?」たまらず聞いてしまった。どう答えるだろう。

「ここを出る方法を聞きにいくの」

ここを出る方法?「そんなの出口から出ていけばいいじゃないか」

「自分から出るんじゃ駄目なの。出してもらわなきゃいけない。でないとまた戻されるから」

まるで一度挑戦したみたいな口ぶりだ。そう聞こえるだけだろうか。

「そうなんだ」解答も返答も曖昧にして空返事だけした。なんて失礼な奴なんだ。

自分の嫌な所を誤魔化すように間を開けず次の話題を振る。

「ここの病室の全部名札真黒に塗りつぶされているのはなんでか知ってる?」そう、これはずっと疑問だったことだ。僕の病室の名札は逆に真っ白だったから余計に目に止まっていた。

「名前を隠す為じゃないかな」

「名前を隠す為?」

「名前がそのまま書いてあったらそこにだれがいるかわかっちゃうから。だから黒く塗りつぶしてるんだと思ってる」

ほー。プライバシー保護もここまできたか。もうなるようになれって感じだ。

「このまま歩いてたらナースステーションに着くのかな」

「その前に私寄りたいところがあるの」

そう少女がいい立ち留まる。少女の目線の先を僕も見るとそこには<図書室>の案内板が天井にぶら下がっていた。



 扉を開けるとそこには病室を3つ繋げたくらいの広さの部屋があり、本がびっしりと並べられていた。微かな埃の匂いと古い本の匂いが混ざったものに懐かしさを覚える。そうだ。この際、病室に戻った時に暇を潰せるように本を何冊か借りていこう。

本棚に近づき気になるタイトルの本を見つけた。『僕が生まれたその日』遠くの方で少女はひとり黙々と本を探しているようだったので、僕はパラパラとページをめくり読み進めてみる。

 僕が生まれたその日

 生まれたと自覚しそれを自分で証明できるまでには少なくとも言葉が話せるようにならなくてはならない。

生まれた年、月、日、時間、場所、名前。どれも欠けてはならない。全部僕が僕を証明するための証拠なのだから。

では何も覚えていない僕は一体誰が僕を証明してくれるのだろう。

逆説的に生まれた年、月、日、時間、場所、名前すら忘れてしまった僕は誰なのだろう。

だから僕は僕について考え始めたこの瞬間を僕の生まれた日とした。

 火のない所に煙はたたない。でも僕は僕という存在は煙だけ作り出した。



 僕は突如として生まれた―――――――


バタンッ!何か気持ちの悪いものから逃げる様にに勢いよく本を閉じてしまった。慣れないことをするもんじゃないな。本なんて殆ど読んだことなんてなかったはずだ。外にでて少女を待とう。そう思い出口に向かうとそこには遠目からでもわかる。少女の姿が出口の扉の前で大切そうに本を抱きしめて待っていた。

「なにか良い本でもあったかい?」

「あった。大切なこと、教えてくれる本」初めて喜怒哀楽の喜の部分の表情を垣間見た気がした。そんな顔もできるんだな。

手と腕の隙間から見える本の表紙は真黒だった。内容どころかイメージも掴めない。これもあれだろう。過剰なプライバシーの保護というやつだ。

「あなたはなにか見つかった?」

言われて気づく。気持ちの悪い本をまだ片手に持っていることに。その本を慌ててあいているスペースに入れた。

「特になかったよ。行こうか」

そうだね。少女の一言を聞き、僕らは図書室を出たのであった。














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