エレベーターの向こう側
名前は後で変えると思う!
月が昇り昼間よりも人通りの多い繁華街
その雑踏の中の半数はキャッチと呼ばれる客引きである。
その繁華街の一画にお化けビルと呼ばれる今はなんの店も入ってない建物がある。
よくある話なのだがそこのビルの屋上では自殺があり、幽霊やら何やらが出ると噂が噂を呼び、今ではあまり人の寄り付かない建物になっている。
そこにキャッチの朝木律(24)と鈴木陽(24)は正面から堂々と忍び込んでいた。俗に言う肝試しである。
「やっぱ見えなければ雰囲気だけで怖くないねー、ようちゃん見えるんだっけ?」
俺は黒髪で黒のスーツに黒のコート、時期が初冬という事で黒の革手袋という全身黒ずくめの絵に書いたような風俗系キャッチマンのフツメンそれが俺である。
「怖くないっていうかここ実際居ないからな」
ようちゃんと呼ばれた鈴木洋こと、友人のようちゃんは黒に近いの茶髪でデニムパンツに黒のロンティー、そこに甚平の上だけを着て黒龍という酒の名前の書いたサロンを巻いた居酒屋定番のキャッチ姿のイケメン。
因みに俺のあだ名はぴょん汰とかぴょんとかぴょんぴょんとか残念な感じで理由は割愛。
二人は外の明かりだけで電気のついてないビルを、階段を使って登っていく。
特に何か在るわけではないが花瓶に造花や萎れた花を飾ったものが所々に置かれていたり、大量の空のペットボトルが行く手を塞ぐように無作為に置いてあるあたりが異質な雰囲気を出している。
しかしそんな雰囲気に関係なく二人は陽気に雑談しながら屋上の扉の前まで到着し、鍵が掛かっているのを確認して帰りはエレベーターで帰る事にする。人は居ないがビル自体は電気が通ってはいるのだ。
「やっぱこんなもんかー、なんも出ないしただ疲れただけだねー」
セルフお化け屋敷みたいな雰囲気は楽しめたのでそれだけで満足はしていた。
「だから最初からなんも居ないって言ったろ」
鈴木の言葉に二人して苦笑する
そういえば…
俺はふと思い出して話を続ける。
「都市伝説なんだけど、エレベーターで指定の順番で降りたり登ったりすると別の世界に出ちゃって帰ってこれないらしいよー」
キャッチ中はどうしても暇な時間が出来たりモチベーションが上がらない時があり、こんな風にサボりネタを探したりするのだ。
そんな訳で詳しいやり方を検索サイトでググって即実行、一人でやってね!とは書いていたのだがどうせ信じてないし時間潰しなので無視。
まずは一階で降りてエレベーターに乗った事をリセットする。気持ち的に
再びエレベーターに乗り込み階数を指定する。
4階…2階…6階…2階…10階…と始終無言で順調にエレベーターは移動していく。
お化けビルというだけあって他にエレベーターの利用者は居ない。
次の5階で女の人が乗って来るが話をしてはいけないという内容が書いていたので、そのノリでなんとなく始終会話はしていなかった。
そして5階について扉が開いたのだが誰もいない。まあ、そんなもんだよな。と思っている間にエレベーターの扉がしまる。
そこで違和感があった、というか見えてしまった、エレベーターの窓に反射して季節感の可笑しい白いワンピースに黒のロングヘアーで井戸の中のお姉さんばりに顔が隠れていて見えない女の人。その異質さに流石に俺もビビる。
ようちゃんはどうかと視線だけ動かすも表情を見るにおそらく気づいているようだ。ようちゃんも般若みたいな顔で怖い。
ごめん言い過ぎたイケメンだよ!
これは本当にやばいやつだなっていうのは零感の俺でも分かる訳でこの後の1階→10階の流れの1階で降りる事を決意し1階を押す。
しかしエレベーターは上に向かう、え?何で?と思う間にエレベーターは上に向かい心拍数も急上昇。そして10階で停まり扉が開く。
そこは一面の闇、そこでようやくようちゃんの方に視線を移そうとして後ろからドンっと背中を押され俺とようちゃんは闇の中に放り込まれた。
後ろでエレベーターの光が小さくなり、やがて消える。そこは闇。最初に10階に来た時とは違う完全な闇。音もなく自分とようちゃんの呼吸が煩く聞こえる。そして後ろにはまだあの女がいる、見えはしないが居るのが分かる。
そこでようやく呼吸以外の音が響く。
『ようこそ、いらっしゃい』
それはこの場に似合わない透き通った優しい声だった。その声に誘われて後ろを振り向く。そこには真っ暗なはずなのに鮮明に、先ほど見えた白いワンピースの井戸の中のお姉さんみたいな髪の女がいた。声は好みだっただけになんだかやるせない。
『ここはあなた達が居た所とは別の空間、別の世界』
ようちゃんごめん、責任とれないよ。
『あなた達が世界と世界の狭間、異次元みたいな所に落ちて消滅しようとしていたからここに連れて来たのだけど、自滅する位なら私のお願い聞いてくれないかな?』
なんかサラッと俺たち危なかったんだなと思いながらようちゃんの方を見る。ようちゃんもまたこの真っ暗な空間で浮いたように鮮明に見えている。
視線でどうしようかという気持ちを訴える。が伝わってないようだ、まあそうだろうけどさ。ここで話さないのは愚策かと思い、なんとか声をだして問いかける。
「お、お願いってなーに…?」
『魔王になってくれませんか?』