第一部 ~壱の乱 現実と後悔~
*BLですが、過度なスキンシップやキスのみです。それでも苦手な方はお控え下さい。
「ーーはっ…?」
私の名前は片山奈月。黒髪黒目で童顔に小柄の間違いなく純粋な日本人である。二十代を過ぎたが、今だに【彼氏】というものは出来たことがない。
というよりも、恋愛…異性を好き(勿論LOVEの方)になったことが一度もないのだ。いや、この言い方では誤解を招いたかもしれないが、断じて自分は同性愛者ではない。
…親友にはこの間「アンタ病気何じゃない?」などと心外なことを真面目顔で言われる始末。あれは結構堪えた。
さて、そろそろ現実逃避から正気に戻らねば。
仕事場は此処、赤城探偵事務所。私はその事務員(ほぼ雑用)だ。しかも、初出勤は昨日という新人の中の新人である。
組織的で上層部からの圧力が印象深い警察が苦手で、他に【道を外れた愚か者】を懲らしめる役職はないかと思い悩んでいた所、刑事(主任)の兄に「お前にピッタリの就職場所がある」と、此処を推薦されたのだ。
そんなこんなで、今日は出勤二日目になるのだが…、自分の目はもう衰えたのだろうか。否、自分はまだ二十一歳なのだ、それは無いと思いたい。
だとすれば、この光景は目の前で【現実】に起きている事になる訳で…。
「……あ"?」
オフィスの三人掛けのソファの上で、何故か上半身赤裸(あら素敵な筋肉ですこと)で四つん這いになった私の上司、事務所の責任者でもある赤城誠二郎さん。確か二十八歳。
二つのソファの境にある、硝子製テーブル上に乱雑に脱ぎ捨てられた真紅のスーツと、黒のワイシャツ等が視界に入った。
良い大人が、仕事場に服を脱ぎ捨てるなよ…。
強面なわりに端正で赤茶髪のオールバック、鋭い赤黒い色(傷の影響)の左目に古傷があるせいで【やくざ者】に間違われやすい(右目は普通に黒目)。
しかも、口調や性格が相俟って勘違いされる確率が増す。本人は改善する様子すら見せない。
赤城さんはかなり機嫌が悪いらしく、此方をまるで般若のような顔で威嚇してくる。
…うわぁ、やばいなこれは。
「か、片山っ…!? な、なな何でっ…!?」
何で…?
【何で】は此方の台詞ですよ先輩…。
ーー出勤時間に来ない会社員が何処に居る!
そして、【何故か】その赤城さんの下には黒色のスーツと水色のワイシャツを開けさせた、純情で天然なジャニーズ系美青年の先輩事務員兼探偵助手である佐上晴樹さんが居た。
爽やかな明るい茶髪に、透き通った茶色の猫目、顔立ちは中性的で可愛らしい感じの美少年顏だが二十五歳。
猛獣(赤城さん)を引き離そうとしてか伸ばされた彼の両手、更にその顔が林檎のように真っ赤で半泣きとくれば…。今の二人の体勢の理由が容易に予想出来た。
「(いや、出来るよ? 出来るんだが…)」
時と場所を考えてくれ、切実に。
私は開きそうになる口を固く閉ざし、二人から目線を自然に逸らしながら反対側の赤城さん専用デスクに無言で向かった。
ああ…、これ程までに現実から逃げ出したいと思ったのは生まれて初めてだ。
自分が心底後悔しているのを痛感する。
第一部 ~壱の乱 現実と後悔〜