4.
ダムの工事は、その夏祭りの直後に始まった。
僕が高校に上がる頃には竣工して、村は水に沈んだ。
婆ちゃんの家も畑も、僕らが駆け回った森も、モリガミサマの社も、数え切れないほどの思い出たちも、何もかも全部がその底に埋まった。
思えばあの引越しは、幼い頃から親しんだ景色がなくなるのを見せまいという、父なりの気遣いでもあったのだろう。
村から婆ちゃんを迎えて、僕たち三人は新しい町で新しい生活を始めた。
僕はその町で高校に進学し、大学を卒業して仕事に就いた。改めて恋をして、結婚もした。祖母が天寿を全うし、父の髪には白いものが混じり始めた。
そんな忙しない日々の中、ため息のように昔を思う時がある。
草深い郷里のこと。社の裏の森のこと。そして──。
どれほど懐かしもうとも、今はもうない。
だけど夏が巡るたび、あの頃の記憶は色鮮やかに歌い出す。
そうして振り返ればまた一層に、今がいとおしくなるのだ。
* * *
会社に戻る途中で信号待ちをしていると、ぽつり、首筋に冷たい感触が跳ねた。
振り仰げば雲ひとつなく青い空。
なのに落ち始めた雨は、熱された夏のアスファルトに溶けて独特の水の匂いを生む。
──ああ、日照雨だ。
ふっと浮かんだ言葉から、僕は逝去した祖母を懐かしく思い出す。
昔、郷里でもこんな天気雨に出くわした事がある。
こんなに晴れているのに、どうして雨が降るのだろう。首を傾げる僕に婆ちゃんはにかりと笑って、
「これはな、狐が嫁入りしとるのさ」
僕と妻の挙式の日にも、こんな雨が降っていた。