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日照雨  作者: 鵜狩三善
3/4

3.

 それは僕が小学校を出る年だった。

 夏祭りの少し前、父から翌春の引越しを告げられた。中学もそちらで通う事になると。もう村へは行けなくなると。

 まず頭を()ぎったのは柊の事だった。彼女に会えなくなってしまう。そればかりを思った。

 父にはちゃんと父の事情があるのだし、婆ちゃんにも迷惑をかけてばかりはいられない。それは分かっている。分かってはいたけれど、それでも嫌だった。

 押し込めたつもりだったけれど、その感情は大人に見透かされていたのだろう。

 祭りの前の日、泊まりに来た僕に婆ちゃんが珍しく訊いた。


「お前、ここが好きかい?」


 勢いよく首肯すると、婆ちゃんは嬉しそうな、そして少し悲しそうな不思議な顔をして、いつもより多く小遣いをくれた。



 その年のお祭りは、いつもよりもぐっと盛大だった。

 例年よりも人が多いようだったし、珍しい事に花火も、少なくない数が打ち上げられた。

 喧騒のおしまいを告げる夜空の花のその下で、僕は柊に引越しの事を話した。

 今までみたいに、週末ごとにやってくるなんてできなくなる事を伝えて、でもきっと、夏のこのお祭りの時に戻ってくる事を約束した。


「だから、また一緒にお祭りに来よう」


 今度は僕から小指を出した。


「また……来年?」

「うん。また来年」


 でも、ゆびきりげんまんは最後まで歌えなかった。

 小指と小指を結んだまま、途中で彼女が泣き出してしまったから。

 柊が泣くのを見るのは初めてだった。

 遠慮のない子供の頃は、取っ組み合いの喧嘩だって何度かした。その時にだって泣かなかったのに。

 どうしたらいいのか、何と声をかければいいのか分からなくて、僕はただおろおろとするばかりだった。



 どれくらい経っただろう。

 繋ぎ直した柊の手のひらは、ぎゅっと僕の手を握って温かい。花火が終わって静寂が降りるまで、僕たちはそのままでいた。

 ようやく泣き止んだ柊は(たもと)で目元を拭って、「ごめんね」と淡く微笑んだ。

 それから社の裏のいつもの場所に座り込んで、色んな話をした。どちらからもお別れを切り出せなくて、まるでそうしていれば終わりが来ないと信じるかのように、いつまでも話し続けた。

 けれど盛況だった人の波が途切れ途切れになり、まばらになり、やがて絶えた頃。


「さようなら」


 不意に、柊が立ち上がった。告げられたのは、いつもの「またね」でも「じゃあね」でもなく、もっと決定的な別れの言葉だった。

 僕が何を言うより早く、ぽんと彼女は森の方へ飛んだ。飛んで、降りた時にはもう彼女はいつもの彼女ではなかった。

 首をもたげて、最後にもう一度だけこちらを見返って。

 ふんわりとした尾をぱたりと振ると、その狐は森の奥へと消えていった。

 


 その年の夏祭りが盛大だった事。

 婆ちゃんの不思議な表情。

 そして、柊の涙。

 それら全ての理由を、僕は後で知る事になる。


 ──また来年。


 指を絡めたその約束は、けれど果たされる事はなかった。

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