2.
その日、僕はいつものようにモリガミサマの社で休憩をしていた。
夏祭りの時以外は殆どひとが立ち寄らないここが、僕の気に入りだった。社を囲む鬱蒼の木々が光も音も遮って、ひどく神妙な気分になる。
地面に寝転がり駆け回った後の汗と熱が引いていくのを感じながら、ぼんやりと緑の天蓋を見上げていると、
「何してるの?」
不意に声をかけられた。
慌てて跳ね起きると、そこには女の子が居た。
肩で黒髪を切り揃えた、僕と同じくらいの年で、同じような恰好の子。強い、人によってはきついとすら感じるかもしれない瞳をじっとこちらに据えている。それが柊だった。
見知らぬ相手に僕は一瞬身構え、それから閃いた。
──遊び仲間ができるかもしれない!
僕がおずおずと誘いを持ちかけると彼女はてらいもなく乗ってきた。最初はぎこちなかったけれど、子供同士の気安さで、打ち解けるまでは早かった。
柊は当時の僕にとって、驚嘆すべき、そして尊敬すべき存在だった。
女の子なのに僕よりもずっと、それこそ栗鼠のように敏捷で、駆け足が速い。その上僕も知らないような森の秘密にも通じている。
時間をはしゃぎ回って、気づけば夕暮れ時。
別れに際して、また会おう、また遊ぼうと次をせがむと、彼女はしばらく思案顔をしてすると、
「じゃあ、ひとつだけ約束をして」
言いおいて柊は、自分は下の町の子なのだと告げた。大人の目を盗んで抜け出して、こっちまで探検にやってきたのだと。
もしこの事を彼女の親に知られたら、見張りの目は厳しくなって、もう二度とここに来れなくなるかもしれない。
「だから内緒。私との事は、誰にも内緒だよ? ね?」
そうして交わした指きりと、夕映えに染まる彼女の笑顔に、胸が高鳴ったのを覚えている。
何より欲しかった同い年の友達の事を、僕は婆ちゃんに自慢したかった。けれど約束があるのでぐっと我慢をした。その甲斐あってか、柊はそれから毎日のようにやって来た。
待ち合わせはいつも、社の裏の一番高い木の下。
僕と彼女は一緒に、日が落ちるまではしゃぎ回った。
やがて小学校に上がると、僕は町の父の家で暮らすようになった。
それでも週末は必ず婆ちゃんの家に泊まりに行った。婆ちゃんに会いたかったのは確かだし、この村を好いていたのもある。だけどやぱり一番は柊の存在だったろう。
柊は自分を町の子だと言ったけれど、彼女とは学校でも町中でも、ただの一度も会わなかった。
些か疑問を抱かないでもなかったけれど、少し世知にも長けてくる年でもあってから、きっと問われたくない事柄なのだと察して問わないでいた。
村の夏祭りに一緒に行くようになったのも、この頃からだ。
あまり人目に触れたくないという彼女を、僕は一生懸命説き伏せた。
夏祭りは、山中のものにしては盛大だ。寂れかけた村だけれど、この時ばかりは下の町からのみならず、近隣からも人が来る。村はいつもの数倍の人間で膨れ上がって、だからきっと見知らぬ子供がひとりやふたり混ざっていたって分かりっこない。
それに僕と一緒に歩いていれば、僕の町の友達だと言い訳が効くから大丈夫。
さんざん渋っていた彼女も、僕の熱意にとうとう首を縦に振った。それから、
「ほんとうは、混ざってみたかったんだ」
気恥ずかしげに告白した。
祭りの日の柊はといえば、いつもの男の子のような格好ではなく、浴衣姿だった。
やっぱりというべきか、僕は彼女の浴衣の色も柄も覚えていられなかった。ただその頃にはもう薄々感づいていたから、そんなに驚きもしなかった。
片手には婆ちゃんからもらった小遣い。もう片方には柊の小さな手。
それぞれを大事に握り締めて、僕らは夜店を回った。
最初は僕の背に隠れるようにしていた彼女も、やがて喧騒に酔ったように頬を紅潮させる。
彼女の強い瞳は、笑めばひどく優しくなるのだと、僕はそっと確かめたりもした。
『耳嚢巻之四』、「獣の衣類等不分明事」より抜粋。
(前略)「彼者は暮ざる内に帰るべし。実は狐なる」よし。且、「彼ものの衣服は何と見給ふや」と尋ねける故、「何にか立派には見へしが品は不覚」よし申しければ、「さればとよ、狐狸の類都て妖化の者の着服は何と申す事見留め難きもの」よし。(後略)