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日照雨  作者: 鵜狩三善
1/4

1.

 会社に戻る途中で信号待ちをしていると、ぽつり、首筋に冷たい感触が跳ねた。

 振り仰げば雲ひとつなく青い空。

 なのに落ち始めた雨は、熱された夏のアスファルトに溶けて独特の水の匂いを生む。


 ──ああ、日照雨(そばえ)だ。


 ふっと浮かんだ言葉から、僕は逝去した祖母を懐かしく思い出す。

 昔、郷里でもこんな天気雨に出くわした事がある。

 こんなに晴れているのに、どうして雨が降るのだろう。首を(かし)げる僕に婆ちゃんはにかりと笑って、


「これはな──」




     *              *              *




 山にはモリガミサマがいらっしゃる。

 婆ちゃんはよくそんな事を言っていた。

 モリガミサマは二尾の白狐(しろぎつね)。森に、山に、そしてそこここの暗闇に棲まう悪いものから、眷族(けんぞく)を率いてひとを守っていてくださる。

 だからその昔、モリガミサマとその一族には休む暇なんてなかった。四六時中目を光らせていないといつ何時(なんどき)、何が悪さを働くか知れたものではなかったから。

 けれど山の中にもやがて電気が引かれて街灯が入り、夜は明るくなった。そうしたモノたちは森や山のずっと奥の方へと追いやられて、気づけばモリガミサマたちはすっかり手空(てす)きになってしまっていた。


 モリガミサマは守り神様。そして森神様。

 野のものであるから、必要以上にひとと関わってはいけない。

 だから今は森の社で独りきり、静かに過ごしているんだよ。

 そう結ぶ婆ちゃんに、幼い僕は食ってかかった。

 それじゃあモリガミサマが可哀想だ。皆の為に頑張ってくれたのに、用がなくなったらほったらかしだなんて。

 すると婆ちゃんはにかりと笑って、


「だからな、毎年お祭りしてお慰めするのさ」



 僕は母の顔を知らない子供だった。僕を産んで、すぐ亡くなったのだと聞いている。

 父は町で働いていて、父だけの家に住んでいる。こちらには月に一度も顔を見せればいい方だった。

 だから幼い時分の僕は(ほとん)ど婆ちゃんに育てられた。その婆ちゃんも昼は畑に出てしまうから、大抵は独りきりで過ごしていた。


 婆ちゃんのうちは何もない田舎だったけれど、それでも退屈はなかった。

 村周りの森の中は、子供の好奇心には宝の山だった。虫を捕まえ木に登り下生えをかけ転げて、一人ながらも日暮れまで遊んだ。

 村へは人の往来が少ない、見知らぬ人間などまずやってこない。山と森とは深いけれど、子供の足で奥まで踏み入れるほど容易くもない。そんな周辺事情もあって、僕がどこを駆け回ろうとどう遊び歩こうと、およそ放任されていたのだ。

 婆ちゃんが僕を信頼してくれていたのもあるだろう。服を汚そうが多少の傷をこしらえてようが、日暮れまでに帰れば何も問題はなかった。


「ちょっとくらいは怪我しとかんと、どれくらい痛いのかもわからん」


 そう言ってにっかり笑っていた。

 それでも。

 退屈こそしなかったけれど、それでも寂しくはあった。

 やはり遊び友達が、同じ時間と体験を共有する仲間が欲しかった。

 婆ちゃんはいつだってちゃんと話を聞いてくれるけれど、やはり居るのは傍観者の立ち位置で、一緒に何かをしでかす共犯者のそれではない。

 柊と出会ったのは、そんな漠然とした寂寥(せきりょう)が濃くなり始めた頃だった。

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