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婚約破棄の、その後のその後

作者: 江葉
掲載日:2026/07/06

さくっとざまぁした、その後のおはなし。

 


 フォートゥ伯爵家が没落した。

 原因は、婚約破棄である。

 この国随一の資産家ゴーセィ家のミーニャと、フォートゥ伯爵家のダミアンは婚約していたのだ。


 ところがダミアンはミーニャを嫌っていた。

 ダミアンは斜陽とはいえ名門伯爵家の嫡男。一方のミーニャは裕福であっても平民だ。貴族と平民の上流階級では天と地ほどの差がある。


 ダミアンは、金で買われたとプライドを傷つけられ、ずっとミーニャを遠ざけたあげく浮気して婚約破棄を宣言したのだ。


 実際は名門貴族の盾を振りかざしたフォートゥ伯爵家こそがミーニャを奪い取り、人質よろしくゴーセィ家から金を巻き上げていたのだが、そんなことダミアンには知ったこっちゃない。

 平民が伯爵家の立て直しに尽力できるのだから、ありがたがってしかるべき。本気でそう思っていた。


 ゆえに、ある程度持ち直したところで――十年間引っ張って困らなくなったところで、ミーニャを捨てたのだ。


 当然ミーニャは激怒した。

 ゴーセィ家も激怒した。


 ゴーセィ家は正当な権利を行使して、持参金という名の貸付金の一括返済、ミーニャへの慰謝料を請求した。

 ダミアンの浮気は周知の事実だし、フォートゥ伯爵家のずさんな経済状況も、ありあまる金の前にぽろぽろ出てきた。


 結果、フォートゥ伯爵家は没落した。


 貸付金の担保には領地が含まれており、返却できなかった代わりにゴーセィ家が買い取った形になったのだ。その辺はさすが国随一の資産家、抜かりはなかった。


 また慰謝料請求はミーニャからダミアンへ、個人で行っていた。ダミアンに支払い能力がないとわかったうえでだ。

 払えないなら体で返せ。泣いて復縁を乞うダミアンを振り払ったミーニャは、そんなに女性がお好きなら天職でしてよ、と笑ってダミアンを男娼に落とした。男相手の娼館でなかったのは、そのほうが稼げると判断したからである。ダミアンは大変な美男子であった。


 こうしてミーニャとゴーセィ家の復讐は終わった。


 完全勝利である。





「大変でしたわね、ミーニャ様」


 とある公爵家で催された夜会で、ミーニャは友人の令嬢たちに声をかけられた。


「ご心配おかけしました」


 彼女たちはダミアンの浮気に心を痛め、ミーニャに婚約を解消したほうが良い、と言ってくれていた。


「もっと早くあの男を捨てればよろしかったのに」

「あの男、よりによってデビュタントの令嬢ばかり狙っていましたのよ」


 もはや名前さえ呼ばれない例のあの男、ダミアン。


「ゴーセィ家であれば、もっと早くどうにでもできたでしょうに。わたくしたち、もどかしく思っておりましたのよ」


 本気で憤ってくれる令嬢たちに、ミーニャは申し訳なくなった。


「ええ……ですが、父と兄の意向でしたの」

「まあ」

「ご当主と兄君の?」

「ミーニャ様のご意思を無視なさったんですの?」

「あ、いえ。わたくしも少々腹が立ったものですから。機を窺っていたのですわ」


 機を窺って、耐えていた。

 耐えて、耐えて。最高のタイミングで復讐したのだ。


「まあ……」

「なんてこと」

「そうでしたのね」


 友人たちは、驚いたような、呆れたような顔で笑った。



 それから。


 ミーニャのことが教訓となったのか、平然と浮気する男はひっそりと社交界から消えていった。


 友人たちも結婚し、幸せそうである。


 ミーニャは夜会やサロンへと頻繁に顔を出しているが、次の婚約者はなかなか見つけられなかった。


 そうこうするうちに、ゴーセィ家はゆっくりと、貴族社会から距離を取られるようになっていった。


 やがてミーニャが嫁ぎ遅れとされる年齢になった頃、ダミアンが身請けされた。

 買ったのは、さる公爵家の未亡人だ。すでに引退した身で、無聊のなぐさめに買ったらしい。


 そしてダミアンはフォートゥ伯爵家を継承した。


 領地はゴーセィ家に取られたが、爵位までは手放さなかったのだ。元より爵位の売買は禁止されている。爵位の移譲や没収は、国王の権限なのだ。

 その国王が、フォートゥ伯爵家はダミアンに継承させよ、と言った。

 領地も屋敷もなくても名は残る。ダミアンの両親は心折れても何とか踏ん張り、ダミアンが帰ってくるのを待った。

 貧しい平民とそう変わらない生活である。借家に住み、父は地方役人として働き、母は貴族のメイドになって働いた。

 労働を知らず、ただ享楽の放蕩生活を送っていた二人は、そうしてはじめて、自分たちを支えていた者たちの存在を知ったのである。

 未亡人のはからいで再会したダミアンと両親は泣いて抱き合って喜び、フォートゥ伯爵家復興を誓ったという。




「どうしてよ!?」


 一方でミーニャの婚約は決まらない。

 ありあまる財産狙いの男は同じく平民の上流階級ばかり。

 貧しい男爵家も、名ばかりの伯爵家も、領地を持たない宮廷貴族でさえ、ミーニャを相手にしなかった。


「ミーニャの相手は他国から選んだ方が良いかもしれません」


 ゴーセィ家嫡男、ミーニャの兄がため息を吐いた。


「兄様?」

「父上、他国からの縁談は?」


 兄はミーニャを無視して父に問いかけた。


「貴族からはない。……来ているのは同業者だ」


 資産家である。

 しかし調査書を読んだミーニャはそれをテーブルに叩きつけた。


「家で持て余してるドラ息子ばっかりじゃない……! どうなっているの?」


 ミーニャは別に貴族になりたいわけではない。だがそれなりの格のある家を選ばなければ侮られてしまう。ただでさえダミアンのせいでミーニャは傷物扱いだ。


「……領地でしょうね」

「ああ。先祖代々の土地だ。さすがにやりすぎたか」


 ミーニャは目を見開いた。


 莫大な貸付金の担保となった領地。フォートゥ伯爵家には、それくらいしか担保にできるものがなかった。

 正当な権利を行使したに過ぎない。ミーニャはそう思っている。婚約期間の十年を思えば足りないくらいだ。


「ミーニャ、友人の令嬢……今は夫人か、彼女たちとの付き合いは?」

「……手紙くらいよ。みんな嫁ぎ先に行ってしまったもの」

「ミーニャにどうか、と紹介された令息はいるかい?」

「……いないわ」


 兄に咎める色はない。ただやさしく、諭すように言った。


「そういうことだよ」


 ミーニャとの友情がなくなったわけではない。だが、貴族とは家のために生きるものだ。

 領地のない貴族ならば家の名誉を一番に考える。

 しかし領地を持つ貴族は、領民に対する責任がある。


 ミーニャは、ゴーセィ家は、そんな責任すら知らずに担保として扱ったのだ。


「ダミアンもフォートゥ家も、責任なんて取らなかったじゃない」

「それでも、だよ。ミーニャの友人の令嬢たちは、だからこそ早く婚約解消するべきだと言っていたんだ」


 いかに資産家の令嬢でも、ミーニャは貴族の恐ろしさを知らない。その誇り高さを。

 友人だからこそさりげなく、大事にするな、傷は浅くしろと忠告してくれていた。


 父が付け加えた。


「貴族ならば繋がりがある。フォートゥ伯爵家なら例の公爵家が寄親だ。公爵家が駄目なら国がある。そういう安心感が、領民にはあったんだ」


 では、上流階級のゴーセィ家はどうか。


 工場や商店を建て、雇用は増えた。それそのものは良いことだ。


 だがもしもゴーセィ家になにかあれば、真っ先に売り払われる可能性がある。借金の担保だ。それは領民のプライドを傷つけた。伯爵領から借金の担保では落差が酷すぎる。豊かになっても安心できなくなった。


 そしてそれは、貴族の逆鱗にも触れた。領地領民こそ、貴族の財産なのである。フォートゥ伯爵家から仕掛けたとはいえ平民の上流階級が貴族に牙を剥いたことは、貴族の反感を買うには充分だった。


 そうなる前に、フォートゥ伯爵家を切るべきだと友人たちは言っていたのだ。下手なやり方では貴族が敵になってしまう。


 ゴーセィ家は国随一の資産家である。付き合いも広く、私刑や暗殺は現実的ではない。

 なにより野蛮すぎる。貴族の用いる手段としては下策も下策であろう。


「敬して遠ざける。一息に潰すのではなくそっと距離をとる。お前の代はいい、だがお前の子は、孫は、結婚は厳しくなるだろうな」


 兄はすでに結婚して子もいる。兄嫁はゴーセィ家と同じく資産家で、ダミアンとフォートゥ伯爵家に憤っていた。復讐にも協力し、領地を徴収した時など快哉を叫んだほどだった。そういう家だ。


「貴族は恩も屈辱も忘れない。我々は、それを忘れていた。甘く見すぎた」


 時代といえば、そうだろう。もっと先の、貴族の力が弱まっていく時代なら、ミーニャは下剋上を成し遂げた立役者として一躍ヒロインになれたかもしれなかった。

 だが現実は、名門伯爵家を没落させた女だ。彼女は選ばれない。しおらしく耐えながら墓穴を掘る女を迎える貴族などどこにもいないのだ。ミーニャはヒロインになれなかった。


 ミーニャは蒼褪めた。そんなつもりじゃなかったと言っても、もう遅い。





 その後、ゴーセィ家はダミアンの伯爵位継承の祝いにと、領地を贈呈した。工場や商店もそのまま、伯爵家が疲弊させた領地を蘇らせて、本来の持ち主に返したのだ。


 これには貴族も国王も驚いた。ミーニャとダミアンは復縁こそしなかったが、まるでダミアンが帰ってくるのを待っていたかのようではないか。さすがはゴーセィ家、あっぱれと誰もがその決断を讃えた。静かに落ち始めていたゴーセィ家の評判はこの一件で回復し、公爵家から礼状が送られた。


 ミーニャには国内の貴族から縁談が持ち込まれるようになったが、彼女はそれを断り、他国の同業者の道楽息子に嫁いでいった。


「真綿でじわじわ絞め殺してくる貴族より、自分で尻を蹴飛ばせる男のほうが性に合ってますの」


 なんでそんな男と結婚したのと心配する友人に、ミーニャは笑ってそう言ったという。彼女は夫の手綱を上手に握り、時に叱咤し時に寄り添い、やがて家から独立して一大商会を築いた。女傑である。





貴族のプライドって高そうだし、伯爵家没落させたらざまぁと笑うんじゃなくて危機感抱いて一致団結しそう。金持ちの上流階級が貴族社会に入るのって、やっぱり突貫じゃなくて徐々にお付き合いからだと思うし。それ切られたら遅かれ早かれ擦り切れるのが見えてる。

ミーニャの友人令嬢たちは貴族なので、やんわりと忠告してました。フォートゥ伯爵家の傷が深ければ深いほど、しっぺ返しも大きくなる。

貴族社会が即座に動かなかったのは、両家がどうするのか見てたため。ダミアンとフォートゥ伯爵家にはおしおきの意味もあった。国王は静観してた。フォートゥ伯爵家が逆恨みするようならそれまで、ゴーセィ家が調子に乗るならそれまで。

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公爵家のマダムは、あらあら反省したのかしらって感じで美男子甘やかしたら良いだけだろうけど(ほんとか?)、平民から金巻き上げて調子に乗った挙げ句にザマァされて落ちぶれた伯爵家を逆恨みしなかったってだけで…
ブルジョワジーが台頭してきているみたいだし、市民革命前夜みたいな時代かな。その後のその後の、その後はそういうことかな?
じわりと苦境になっていくのが生のリアル感あって良かったです。 そして、起死回生の一手を打ったゴーセィ家もやはりただ者では無く、楽しく読める素敵な物語でした!
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