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狂犬との死闘

 久美へ仕事の指示がジャンヌから来た。

「kanedayoタウンとsorenaiタウンをつなげる予定の砂利道へ狼が現れた。担当区の久美へ調査を依頼したい」

 タウン間を往復するロボットからの情報らしいが、処置する方法は備えてない。

 久美は救急治療薬や補給水などが中には入っている背中のリュックサックを肩から外して下ろす。

 グライダーの狭く小さな胴体へ、ドアを開けて入る。ハニャーも背もたれの隙間に入り込むが、重量オーバーにはなってない。前部はガラス張りで、AI操作板のモニターが備えられている。「大型動物反応地点へ出発」

 するとグライダーの6本の脚は一度屈伸してバネで前方40度へ跳ねる。AIが遠心力で上向かせ、後方の太陽発電の風車がまわり、気流の流れを増幅、バランスを取って空中を前へ進んで行く。


 低い山に阻まれて曲がりくねった砂利道は、ときどき無人連絡ロボットが使う。それはソーラーカーみたいなものだが、狼が進路を邪魔すると報告があった。魔女の仕業と噂される。

「杏樹が何か仕掛けているのかな」

 久美は予想しながら、狼が出没するという砂利道へグライダーを着地させる。ソーラー発電の風車の向きを変えて下から羽へ強風を当てるという原始的な方法だが、軽い素材のグライダーには浮力が働くのだ。紙飛行機が扇風機に吹かれて上がるのと同じぐらい軽い。

「川か。低地で水が流れてるのかな」

 湿って水が広範囲に浮いて見える砂利道。近くにまで迫る山の麓は木立も群落を形成する。タウンでは山脈と呼ぶが、小高い森林地帯で水の供給源だ。川が大小いくつも流れている。

「あれっ。車」

 黒塗りの箱型車が停まっている。タウン議会長の専用車だと知識を得てはいる。

「もしかしてルナ」

 外に出ている女性体形に走って近づく。

「しまった」

 白い顔と鼻の尖った相手の口が動く。今の久美は大人で、調査員の制服姿だから警戒したのだろう。

「ルナっ。あなたなのね」  叫ぶ久美。幼いころの怖さより任務が動かせる。ルナは急いで車に乗る。急発進して逃げる箱型車。

「証拠はないか」

 追いかけても捕らえる理由がないし、警察に任せる仕事だ。

(誘拐。それとも)

 補助脳は何かを知らせる。惑星管理局・極秘という文字だけが脳裏に映る。


 水を弾く音がして山の麓から魔進が現れて近づく。久美はグライダーの中に居ても戦えないと気づいている。ドアを開けて砂利道へ降りる。防水で強化ゴムの靴は軽くて石のごつごつ感も和らぐ。

「杏樹。狼はあなたの仕業ね」

 大きな声で叫ぶと、魔進が停まらないうちに宙を飛んでくる杏樹。ジャンプ力は凄い。

「狼はいないし。犬じゃないの、凶暴だけれど」

 すでにポジションデバタイ、つまり戦闘態勢の姿。

「犬。野性なら凶暴なのも頷ける」

 久美は惑星メタフォーでは生物も地球と似ているようで違うと気づいている。巨大アメーバーなど、地球人には考えられないはず。

「それで何をお節介しにきた。野性生物に関わるな」

 杏樹も様子を窺い、炎の玉も強力光源砲も準備をする気配がない。それは久美の姿が変わったから。リュックサックにはアイテムが入っているだろうし、腰に巻くのが蛸の足を改良した武器と判断している。そしてグライダーが魔進のような攻撃道具を備えてないか警戒してもいる。

「その。犬でもいいけれど。ここはタウンだし邪魔なのよ。関わるなって私が言いたい」

 すいすいと杏樹へ近づく久美。接近戦が有利と感じている。相手の武器は接近戦だと当人もダメージをうけるだろう。


 この時、何かが小走りに近づき暴れる音がして、二人は同時に雑草の方を見る。犬か。狼に近い風貌ではあるが、獲物を捕らえたらしい。

「蛇かな、いや、足がある。あれって」

 狂犬の攻撃をかわして逃げる生物は異様だが、ここは地球ではない。

「襟巻龍。襟に棘があり攻撃する」

 杏樹が説明する間にも襟巻龍はとぐろを巻き、しゃー、とジャンプして逃げる。狂犬は追うのを諦めて立ち尽くすが、小石を前足でひっくり返して、わらわら現れた昆虫を、はぐはぐ、食べ始める。

「あれで満足はしないだろう。今の人類はこの犬と同じだ」

 杏樹の言葉に久美も思い当たることがある。大きな獲物を逃して、些細なことで満足している。

「でも。この豊かな自然が必要なの」

 自然の中で暮らすのが生物、と考える久美にとって、タウンの中は人工物だ。

「この惑星では人類を必要としてないの。あの犬のように老いぼれて餌も取れないまま終わるのよ」

「杏樹が邪魔をしなければ良いのよ」

「その前に生き残れるかな」

 杏樹がジャンプして遠のく。疑問に思う久美だが、狂犬の視線がみつめるのに気が付いた。

「ううっ。ふううっ」

 低く呻りながら久美へ近づく狂犬。餌というより警戒して、自分の縄張りを主張しているらしい。杏樹を相手するより厄介なことになる。


 逃げれば追う、と野生の狩りを知っている。近くで対面する予定はなかったが、捕らえるしかないと鞭を腰から抜き出す。

 用心して見つめる狂犬。久美は横へちょこちょこ、と動くと、姿勢を変えて来る狂犬。

「そうだ短剣」

 スカートの襞から短剣を取り出す、二刀流だ。狂犬の足を鞭で捕らえて、短剣で脅せば怖がって逃げると判断した。ひゅんっ、鞭で足を狙うが、軽く前足を上げる狂犬は、鞭へ飛びつく。攻撃を仕掛けるのが敵だと考えたのだろう。身体を横にした相手へ、さっと近づき胴体を叩くが切れない。あんがい固い皮膚というか、刃物を使い慣れてない久美。動物の吐く息と体臭が生暖かく漂う。

「がうっ」

 怒った狂犬が首を回しながら態勢を変えて短剣に嚙みついた。

「あわわっ」

 久美は慌てて短剣を手放して、離れる。狂犬はすぐに短剣を離して口を、あぐあぐ、と動かす。

久美は、今だ、と鞭を狂犬の首へ巻き付けた。前足で取ろうともがき後ろ足で立った狂犬。かなり久美へ接近していて、蠢く前足が顔の近くまで迫る。狂犬の涎が顔に落ちて来る。

 ここは逃げるしかない、後ろへジャンプ、転がりながら鞭がまだ相手を捕らえているのを確認する。

 そこへ蛸の足がしゅるしゅる伸びて来る。狂犬の背中へハニャーが飛び乗り、四肢へ足を巻き付ける。

「ハニャーありがとう。さて、どうしようか」

 しかし、振り落とそうと転がり暴れる狂犬。ちょっと決着がつきそうにない。

 杏樹が跳んでくる。

「手こずっているようだな。これで自然界で暮らせるのか」

「なんとか共存できるわよ。危険生物には近づかなければいい」

「その前に何人も犠牲になったのが人類の歴史だ。覚悟はあるのだろうな」

「そのために調査しているのよ」

 久美はいうが、予想以上に命がけと気づく。防御用の武器は利用すべき。だが、地球ではそれを対人用の争いに使っていたらしい。

「ま。久美も生きているのが不思議な位だな。ここは私が犬を保護する」

 いうと魔進へ合図。例の網を狂犬へ被せる。

「陸棲蛸は出てこれるだろう。砂利道はタウン内だから手出しはしないが、一歩離れたら容赦しないからな」

 杏樹もテラフォーミングで準備された場所は人類が立ち寄っても良いと判断していて、犬が迷い込んだから保護するために来たらしい。

「うん。分かったよ。今度から、ばれないようにするから」

 久美は杏樹のことばを自分なりに解釈する。いつものことだ。杏樹はいつも喧を仕掛けるわけじゃないと思った。杏樹としては久美の思考が読めない。

「だれにばれないだあーっ。私にかい」

「まあまあ、怒らないでね。ほら犬がなにか言っている」

「喋っている訳じゃない。口か舌を剣で切られて痛がってるんだよ」

 なるほど。口を開けて、はふはふ、しているが、唇が赤く血が滲む。

「そうか。消毒と化膿止めの薬があるから」

 久美は、ひょいっ、とリュックサックを胸の前に回してスプレーを取り出す。それを網にくっつかって喘ぐ犬の口へ噴射した。

「きゃんっきゃんっ」

 悲鳴をあげて後ろへ転がるが、口を閉じて荒い息を繰り返す。

「天然なのか、計算ずくなのか。これでこの犬も生きられるかもな」

 口の怪我は野生で命取りだ。獲物を捕獲できないし、威嚇して噛みつけない。

「成分には回復作用する物質が含まれているし」

 久美は詳しく説明しだすが、杏樹はもっと知っている。ヒューマノイドはAIと同じなのだ。


 ハニャーは例のごとく網の下から抜けて来る。犬は一緒に出ることは考え及ばない。ぎゅっ、と網が縮まり魔進の胸から中へ納まる。

 魔進は、くいっ、と首を上げる。 ニューヘリウムが噴射される。

 前の空間がほぼ真空になる。真空のトンネルへ魔進は引き込まれる。繰り返しで、魔進と杏樹は森の中へ去っていく。

(ニューヘリウムか。宇宙船と同じ。大気圏脱出速度も必要ないしねー)

 少ない液体状で膨大な気体になるニューヘリウムが、推進技法では最大の成果だ。真空チューブ道路も、地球に有ったという。

「あっちに何があるのだろう。山脈か」

 久美はどのように杏樹がするのか見届けたい。短剣を拾って収める。

「ハニャ。山脈へ行くよ」

 声をかけて、グライダーへ乗り込む。そこはタウンの外になるし、杏樹が忠告したが、久美には好奇心の満足より勝るものはない。


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