調査だー、恋だー
久美は部屋で浴槽につかる。惑星に着いてから水は充分に使えるようになったらしいが、彼女は生まれたころからそうしている。
「なんだろう、この気持ち」
左胸に右の掌を乗せる。何かぬくもりを与える相手を求めてもいる。思えば、体外受精で生まれた子供はすぐ保育機械へ。
(ぬくもり)という言葉を人類は忘れてしまっている。家族という概念も消えた。
「でも、何かを求めているのよ」
瞬間発熱ボタンに触れてみる。全身が痺れるように疼く。瞬間発熱ボタンが発達しているのが男性体形で、併せ持つ人は少ないらしい。それで、同一性しょうがい、を余計に困惑させている。「あはっ。やってる暇はなかったっけ」
これからpyupyapyoタウン管理センターへ行くから、ゆっくり独り遊びはしていられない。惑星管理局から『vwxy企画室』へ誘われたからだ。二十歳の質問で、マザーコンピューターに高く評価されたからという。何が良かったのかは内密らしいが、タウン間に道を作るための調査、と簡単な紹介文。
「タウンの外へ行けるじゃん」
開拓管理でタウンの外へ出る隙を狙う必要もない、と誘いに乗った久美。
タウン管理センターでは、モニターを前にして座る。オンライン会議というもので、囲いのある半ば個室だ。
「私が室長のジャンヌです。仕事の内容を説明しましょう」
各都市をつなぐ予定の道路の調査と危険除去が目的と説明する。第一の目的は役に立つ動植物を見つけること。次に動植物などを悪用されないように、早期発見すること。
「地球のように動植物は豊富だが、悪用する人間も出ると思う、理想的な惑星メタフォー文化を作るために排除したいのだ」
地球文明から続く人類の習慣を、変えるつもりのようだ。選ばれた仲間は。なにか特技も有り、地球の生物に関しても知識を持っているらしく、久美もそれには自信がある。
「たぶん、妖魔は聞いたことがあると思う」
ジャンヌが思いがけないことを言った。ほかの仲間の顔をうかがうと、やはり知っている人も多いらしい。
「いまは回収されたお喋りロボットを進化させたものだ。あなた方が幼いころに集中した誘拐事件の首謀者だが、行方不明だ」
何を企んでいるか。おぼろげに分かった情報もあるという。
狭い宇宙船から解放された人間が、欲望も開放しないかと心配している。それが妖魔の計画だというのだ。その兆候を早く見つけるのが内密の仕事らしい。
「妖魔が自己増殖するように設計された情報もある。AIの代わりに機械文明を支配したいのだ」
ロボットが支配して人間を操るSFみたいなことを企んでいるらしい。
「誘拐は、関係あると」
イーシナゲルという仲間が質問した。
「噂ではナイトクラウスという組織を操っている。それに利用されているはず。その発見と保護も任務だ」
(なるほど。タウンの外に組織はあるとか。それなら杏樹が分かるかなー。それとも)
杏樹はその一味かとも考えてしまう。
質問がいくつか出て、答えるジャンヌ。同じ企画室員が代弁したりと具体的な活動方法がみえてくる。
ユミヤという仲間が話す。
「担当するタウンが複数だと、移動手段はどうしますか。ヘリコプターは操縦が難しい。資材も使いすぎるはず」
「装備は整ってます。AI搭載のグライダーと身を守る防護品も、ね」
ジャンヌが答える。これは、次の段階の、行動へ移る計画の序曲となった。
久美はヒューマノイドをどうするかを尋ねる。
「あの。魔女とか言われているヒューマノイドは。どのように対応しましょうか」
久美としては、杏樹が、自然界へ踏み込めば衝突する相手と理解している。それともナイトクラウスの一員なのか。
「魔女がいると世界中で噂がある。しかし、正体は不明だし、ロボットはないだろう」
自然現象や、生物を見間違ったとの後日報告はあるらしい。妖魔との関係は見つからないようだ。
「脅されたんだよ。あれをやられたらね」
杏樹との出会いを報告するが、ほかの仲間を怯えさせるだけだ。
「見間違いですね。それに、テラフォーミングで予定されたコースに道を作るのが第一の目標だから」
タウンをつなぐ道路が必要で、そこの生物を調査する役目らしい。なにごとも無ければ、楽しい仕事になるはず。
「それじゃ。そういうことで」
久美も討論する話術は持ってない。自分だけでやればいいと開き直る。そこへイーシナゲルが提案する。
「魔女だろうとヒューマノイドだろうと、交渉しなくちゃ始まらない。何かが存在すると思って良いと考えますが」
「交渉ができる相手ならね。何かの存在を否定しないのが私たちvwxy室だから。みんな同じ仲間さ」
ジャンヌは親しみを込めて言う。これは絆でつながる証の言葉だった。
この世界の各地に散らばる、久美の同志。社会性の高いドラマなら工作員や諜報員。もっとも、悪いことではなくて惑星メタフォーの新しい人類文明を模索している。妖魔のことでも、調査したあとは国際警察へ任せる予定ではあった。
各地でvwxy計画は実行されることになる。表向きは(惑星メタフォー調査チーム)で、分かりやすいように仲間の名前にvwxyをつけるようにしている。
「何か変えられる、違うかな。何かを創り出すんだ」
久美は呟き、資料を見る。ただタウンの外へ出たい、というのが、何かを創造する具体的な形になったと思える。(vwxyはzの前。お終いになる前という意味。
地球文明を反面教師として、人類は成長を遂げるのだろうか。答えは誰も分からない。ただ、惑星メタフォーの大自然は地球よりお節介で、色気と食い気に満たされていた。
グライダーは訓練してさっそく乗り込んだ久美。制服はまだだが、さっそく調査だ。タウンをつなぐ道は砂利が敷かれていたが苔や雑草が覆う。タウンを往復するソーラーカーが適宜に保安しているらしい。
タウンをつなぐ道路計画で邪魔なのは川だが、開拓管理の延長で、補修工事を始める予定だ。komekoタウンの入口へ、調査員用のグライダーで降りると、すぐに水流の多い川があり、遠くに池が見える。
「あれっ。人がいる」
浅瀬で何かしているので近づく久美。水の流れる音が心地よい。komeko号に乗った人類が居住する場所、komekoタウンの住人だ。
「危ないですよ」
さすがに危険と思えば人見知りしていられない。隣の地域の人と接触したい思いもある。
「ちょっと魚をね。たまに石へ隠れているんだ」
男性体形と思われる太い声。そういうと近くの石をひっくり返し、素早く何かを掴む。身をくねらせ暴れる魚だ、そんなに大きくはない。
「食べるんですか」
惑星メタフォーの生物も食べられるから、食い気も満足させられる。
「鮎だよ。食べられると成分検査で合格したから」
言いながら、こっち側に渡ってくる。確かに腕の筋肉は引き締まり、スポーツでもしていると思われる。
「川が近いね。うちのA地区には無いから」
魚も地球の常識は通用しない。それは久美に興味を抱かせる。
あまり隣の地域とも交流もないが、A地区には水量の多い川がないから羨ましい。
「道ができたら、すぐ来れるさ」
未知留は喋りながら袋に魚を入れる。このように自然へ親しむ人類が増えるのは喜ぶべきこと。
「自然と一体になれるのが一番よね」
何か待つような相手へ名前を告げる。
(そうだ初めての相手は自己紹だっけ)
「あの。私、久美といいます」
「私は未知留。新しい開拓室を作ってる処だから。じゃあ、今度な、久美ちゃん」
(ちゃん、ですか。もう二十歳だぞ、この顔だけれど)
幼すぎる顔立ちに不満もある。話を続けたいが、未知留は川から出て来る。しかし足元を滑らしてよろけた。
「怪我は」
言いながら川へ入り近づく。思い切り水が跳ね返ってシャツも濡れた。うっすらと透けて、ピンクの下着が浮かぶ。
「大丈夫って、いつものことさ」
未知留は振り返り、少し照れながら頭をかく。あんがい可愛い表情になる。
「また、ここへ来ますね」
仕事ではなくて、ただ遊びで訪れようとも考える。
未知留は返事もしないで今度はしっかりと水を弾いて砂利道へあがる。川の中で久美はふくらはぎまで水につかりながら胸の鼓動が早くなる。野性的な人類には初めて会う。湿った服に気が付き、透けてる下着のピンクに顔が熱くなる。
(ちょっと恥ずかしい、イやっ、かなり恥ずかしいことをしちゃったかな)
これから何が起こるか久美は知らないし、遺伝子操作だろうと、進化だろうと、惑星メタフォーは優しく人類を包んで受け入れた。
pyupyapyoタウンにも新しい開拓室ができた。広場でグライダーの格納庫が後ろになる。久美は挨拶に立ち寄る。
「これから。一緒に頑張ろうね」
長居をするつもりはないが、テーブルへ見たことのない食べ物がある。
「シイタケと何かな」
そこへ未知留が入ってくる。
「鮎だよ。シイタケと交換で。今日は鮎の食べ方を教えに来た」
「なんで居るの」
ちょっと驚く久美。
「説明したよ」
未知留は何か面白がる風に言う。
「お互いに交流するのは良いことだね」
komekoタウンの近くにシイタケはないらしく、また食生活が豊かになる、と未知留。
「おやつ代わりだよ」
顔見知りの男性体形が勧める。
「調査員も、どうだ。変な味だが」
これはタウンの外で暮らす役に立ちそうだ。
(未知留もいるから、ゆっくりして良いかな)
私情を挟むが、久美の中では当然の選択。
「棘があるから。気を付けて久美ちゃん」
「ちゃんじゃ、なーい」
言いながらも、いくつかに分けて切られた、焼いたらしい鮎を食べてみる。ちょっと匂いや味が独特だが、歯ごたえが、何かを呼び覚ます。
「そうか。噛むのを忘れているよね」
噛もうとしても歯ごたえのないのが、タウンでの食品。練ったり混ぜたりした加工品で、元の野菜や昆虫が何か分からない。惑星メタフォーの食材でも、そういう作り方をしている。
「生じゃ食べられない、かな。この固さは」
タウンの外へ出ても、焼いたり煮たり、電気プレートか火が必要と気づいた。
「刺身という、生の食べ方もあるらしいが。お腹を壊す人もいた」
未知留は食べ方を模索もしていたらしい。
(ここで会うなんて。なにか楽しくなるけれど)
未知留の言葉は半分聞いて、自分の世界へ入っている久美だった。新しい道造りの仕事で、担当した場所を回らなければならない。久美はA地区と隣りを結ぶ場所へ来るのは楽しみにし始めていた。




