杏樹はヒューマノイド
草地への入り口にある屋外ボックスのモニターから、醒めた機械音が響く。
「久美pyupyapyo019353。立ち入り許可証を提示せよ」
「あの。あなたは誰ですか」
すでに久美は知っている。こういう端末なら、まじめに答える。
「pyupyapyoタウンA地区……」
この街のどの地域で何番目の端末か、喋っている間に、草地へ歩いて行く。
葉の落ちたセンダングサの茎から飛びだしたラベンダーが匂う。
「よし。もう痛くもない」
小石に当たった左手の指を、広げたり閉じたりして確かめる。この前は邪魔が入ったが、タウンの外に、大切なモノが何か、答えがある気がする。
シュー、空気を切る音。久美が見上げると魔進が降りて来た。ニューヘリウムを使って降下しているのだ。魔進の胸が開いて、アミバが広がり、 青空で流れる白い雲を覆い隠す。
「あわわわっ」
横へ走る久美。すぐに来るとは思ってもいなかった。薄い青色のベールが、5メール四方の草地を覆う。杏樹が近くへ降りるのが見えた。
「なんでよ。また来たの」
降り注ぐアミバの仮足を手で追っ払いながら言う。
「それは私の言葉だ。容赦しないから」
杏樹は腕を腰に当てて、ようすをうかがう。
「こんなもの。アメーバーでしょ」
惑星メタフォーには大きめのアメーバーがいる。実際は肉食で、葉っぱや茎は湿ったり重さで形を変えたと気づいた。
「人間は肉だぞ。どうする」
杏樹は久美の考えを知っているようだ。
「忙しいのよ」
久美は身体を包み込もうとするアミバから逃げたいし、話しているひまはない。動くことはできるから、走って抜け出そうとするが、身体にまとわりつくアミバ。
(なるほどね。疲れるのを待つ考えかも)
立ち止まり、杏樹と対面する。
「さすが自然界だね。でも、食べきれるの」
大きな生物は消化もできないと思う久美。ただ、アミバに頭から全身が包まれた。
(しまった) 大気が塞がれて息苦しい。呑気に構えていられないと気づく。
くにゅくにゅ、と顔の前にあるアミバの肉をかきわける。プリンみたいだ。開いた隙間から酸素を取り込んで、ひと呼吸。
形を変えて隙間を埋めようとするアミバ。
「根気比べだよ」
「派手じゃないけれど、怖いのよ。身体が消化されちゃうから」
杏樹は高みの見物だと、余裕の笑顔。
久美はアミバの肉をかきわけるのを繰り返して、顔を外へ出そうとする。
「ほーら服が」
杏樹に言われて、開襟シャツやショートパンツが液状に溶けていくのに気づく。草と小動物で加工されている布だからだろう。その液汁を吸収するアミバ。
剣とか魔術は持ち合わせてない久美。学習した地球の常識では、通用しないと分かる。
「先に消化されてしまうかも」
肌がぬらぬらとアミバに触れられて、舌が這うような、ねっとり湿った熱さ。
魔進の胸元からラッパ状に先端が開いた筒が伸びてくる。
「この世界で住むなら、私に謝って仲間となれ。それなら助けてやろう」
杏樹は、言うことを聞けばアミバを強力吸引して回収するつもりだ。
「誰が。私は逃げない」
しかし、逃げた方が良いと考え直す。また、入口へ走るか。
(いや、そういう逃げ方では、つぎに進めない)
「先に消化されてしまう」
胸の先端と太腿の付け根が痛くなり、全身が疼き始める。動いても離れないなら、それを利用しようと考える。
久美は杏樹のほうへ前転。
「あなたも食われちまえ」
前転を素早く繰り返して、杏樹へ突進する。
「あ、なんでよ」
避けようとする杏樹だが、脚に久美がぶつかり、二人ともカタバミの上へ倒れた。アミバは身体を薄く伸ばしてついてくる。
「喰われてたまるか」
久美はススキの林へ転がる。急坂だ。
「あわわっ」思ったよりも、ごろごろ、と転がる。
「はにゃっにゃっ」
隠れていたハニャーが叫び、一緒に転がり落ちる。
ススキが櫛の役目をしたのか、剥がれるアミバ、さすがに追いつけない。
「暑いし、なんなのこれ」
植物で肌も傷つけて痛いし痒い。目に見えない切り傷もあるのだ。服は半ば肌が露出。お椀型の胸が両方とも露わになり、浅い谷間の汗が日差しに光る。スニーカーは何とか未だ足を守る役目はしている。
「やるわね。本気でいくよ」
杏樹もぞんざいな言い方でいうと、ひと跳びで久美の前に来る。アミバはくっついたままだ。魔進も追ってきて、ぱしゃっ、と水音。
「川なんだ」
周りは小石と大きな岩が広がる。流れる水音がのどかに響き、小動物が逃げていったような葉音。それより気になるのは、杏樹にまとわりつくアミバ。
「危ないよアミバは。息ができないんだよ」
痛さや、舐められるような気持ち悪さより、苦しいことを相手へ教えてあげたい。
「おかしな子だな。敵対してるのに」
杏樹は、予想外の言葉に戸惑っているらしい。ここで、相手を思いやれるのか。取り敢えずは、魔進へ合図してアミバを吸引させる。
杏樹の落ち着きは、アミバを怖がっていないということだろう。
「消化されるのは。怖くないの。あれっ、そうかな」
久美は補助脳が提案する文字列を参考にする。
「杏樹は。生物じゃないの」
それなら消化もされない人工物か鉱物。ロボット。それにしては自然な動き。
「えっ。あなた。All weather type」
全天候性型ヒューマノイドのことだ。表情や感情を持たせて、人間そっくりにするのが目的のAIロボット。全天候性とは、状況に合わせられる意味。言葉そのままの気象現象ではない。
杏樹は否定しない。
「なによ、文句ある。あなたも地球人じゃないでしょ」
やはり感情と表情を人間へ限りなく近づけたAll weather typeヒューマノイドか。ため口にもなりだした。口は少し動くだけだが、表情は豊かだ。
杏樹は魔進へ跳び乗る。
「このままでは、虫に刺されたり、植物の棘も刺さる。タウンエリアへ戻ったらどうだ」
「今日は帰るね。ヒューマノイドの欠点を、見つけて来るから」
流れる汗に気持ち良い風が通り過ぎる。
(アミバには勝った、うん、勝ったと思いたい)
「私に言うことか。二度とタウンエリアの外へ来るなって」
「わかった」
杏樹の言う意味も分かるが、従うつもりはない久美。
(ここまで来たんだから。もしかして、もっと奥まで行けそうだよ)
前向きに思うが、大自然は簡単に歩いて行けないとも気づいた。
補助脳はさっそくAll weather typeヒューマノイドの情報を並べる。
「テラフォーミングで。使ったものか」
人間へ環境を合わせるために、体力や動きは平凡な人間をモデルにしている。
「そうすると、魔進は。測量ロボットか」
魔進は地形やタウンエリアを測るためのものだ。どちらにしても、久美にとってはやっかいな邪魔者。
「そうか。嘘つきな人間より。怖くはない」
杏樹が正面からぶつかれる相手だとも思う。
とりあえずは、服を注文しなければならない。屋外ボックスのモニターで、服を持ってくるように手配すると、土手に座る。
「ハニャー。やっぱりあなただね」
色柄からみて、前に会ったハニャーだ。
「はにゃーにゃ」
最初じゃないからか、すぐ近づく。やはりこの体温は涼しくなる。久美は植物や動物なら会話もしたい。本心を隠した人間は、裏が透けてみえるから苦手。補助脳のせいだけではないだろう。
あんがい人間は、変わらない。久美も感受性が豊かだ。十代のころは、おとなのやり方へ矛盾を感じたりもしていた。
「お話が、できたらね」
撫でながら言えば、何か問い気にみつめるハニャー。言葉というより感情に気づくほどの知能はあるらしい。
「私は久美だよ。くみ。喋られないかなー」
漏斗で発するハニャーだが、漏斗を曲げる。
「プニャ。ウニャ。クニャ」
「くにゃ。それで良いか」
ハニャとクニャのアドベンチャードラマが、大自然で今から始まるはずだった。




