泥棒と蜘蛛の糸
久美はテラスで同級生たちと座る。アホタレ退治のことは知れ渡っていた。月乃が饒舌になり、久美の代わりに喋る。
「もうばれてるけれどさ。アホタレ退治をアニメにすると、スケールの大きな話になる予定」
さすがに公の事件をアニメにするには、もっと刺激的にしたいようだ。
「そこで翼竜の国をハニャとクニャが貰うって感じ。外へ出たがってるし久美も」
久美が外へ興味があるのはみんな知っている。
「うん。タウン予定地がある。住めるんじゃないかな」
「住むとなるとね。ここが安全じゃないのかな」
綾香が冒険だと不安な顔。
そこへ隣のテーブルで騒ぎが起こる。
「何でよ」綾香は倒れてきた男性体形に突き飛ばされる。
「前言撤回だあ」起き上がりながら叫んだ。
何事だと周りも注目する。
5人の男性体形が、なにか口論していた。
「トランプの賭け事で喧嘩になっているみたい」
亜由美が険悪な状況を注視していたらしい。いかさまをしたとか、グルで嵌めた、などと言い合う。
お金が絡むと、欲望の虜になるらしい。一人の男が宥めながらテーブルの紙幣をかき集める。
「冷静な人もいるね」
久美は、未だ人類も救えると思ったが、紙幣を集めた人はテラスから走って外へでる。
「あっ。泥棒」
喧嘩していた連中が気づいて叫んだ。
久美も、前言撤回、と叫んでテラスから外へ出る 逃げる人が兎車を猛スピードで発射させる。悲鳴が起こり、ぶつかった通行人が倒れる。アホタレより手に負えない。
「久美。人は騙したり、抵抗するから危ないよ」
月乃が声をかける。
「警察に任せるか。と言ってられないね」
久美は、すでに第4環状線へついたはずの犯人が砂利道を上手く運転できると思えない。
久美は、またグライダーへ釣り上げられる場面を見せることになったが、気にしていられない。 広場から砂利道へ続く道。すぐに、横転している兎車を発見する。追いかけたいくつかの兎車が停まり、犯人を捜している。 グライダーから、すーっ、と降りる久美。
「砂利道へは追って行ったから」
「林へ逃げたはずだ」
口々に久美へ教える。すでに調査員がなにかしてくれると思っているらしい。
「危ないなー。ここから出ちゃうと。怪我しちゃってると思う」
野ばらの棘が邪魔をするが、ここを抜けたらしく、紙幣が棘にかかている。久美は短剣で枝を切ると、足元を確かめながら進む。
2メートルぐらいの高さで急な坂の岩場がある。ここから上ったのだろう。窪みや出っ張りを伝って久美は上る。途中までついてきた何人かは岩を上れずに見上げるだけだ。
まばらに雑草が顔を出す迷路みたいな岩が立ち、平らでクローバーが生える場所がある。そこへ座り込む犯人。紙幣を数えていたが、久美に気づく。
「俺の金だ。隣のタウンまで逃げてやる」
立ち上がり走り出す。
「危険だってば。怪我も治してあげる」
久美は消毒スプレーを構えて追いかける。前にバナナの太い幹が並ぶ。
「危ない。猫に襲われるよ」
杏樹が犯人の前へ立ちふさがるが、見えてない。
「うるさい」
犯人は杏樹を突き飛ばす。バランスを失い倒れる杏樹。
「足腰をもっと鍛えなさいよ」
久美は喋りながら、追う。
そこで犯人へ襲い掛かる一匹の猫。悲鳴を上げながら追い払おうとするが、地に落ちては飛び掛かる猫。
久美は鞭を取り出して猫を叩く。その隙に犯人はバナナの木の間へ隠れた。
猫は久美が相手だ、と襲い掛かる。左手を曲げて前にだして、見つめる久美。
「スピン、スマッシュ」
3回転すると、鞭が風を切り呻る。
「ごにゃっ」
猫が悲鳴をあげて弾かれる。
一点集中の効果か、目が回るのも軽減されて鞭を構える久美。猫は立つが前足を、くにっ、と曲げる。弾かれたときに捻ったか。
「メディカルラッピング噴射」
久美は液状の薬を筒から発射する。猫は逃げるが、前足が怪我をして動きは鈍い。しゅわっ、と猫の足にメディカルラッピングの液体がかかり、薄い膜を作る。
「にゃんぎゃ、にゃんぎゃ」
猫は慌てるが、ちょっとして動きが止まる。怪我をした足が楽になったのだろう。
眺めていた杏樹が声をかける。
「あれを見てみなさい。危ないよ」
指さす方をみると、もう一匹の猫がようすを窺っている。その後ろに何匹かの子猫がうずくまる。
「子猫を守っていると」
「近づくなよ。猫は命がけだから」
「わかった。それより」
久美はバナナの木に持たれて顔を覆う男へ近づく。
「怪我はしなかった。消毒治療薬があるから」
「有難い。早くしてくれ」
男は頬や手の甲に傷があり血が滲む。赤く染まる紙幣は握ったまま。
久美は治療を受けて和らぐ顔の男に安心もする。
「タウンで、ちゃんとした治療は必要だよ。もう自然界って危ないんだから」
「そうかい。ところでタウンへはどこへ行けばいいんだ」
「さっきの岩場はねー」
久美は見回して緩やかな坂になる方を指さす。ちょっと猫たちから離れて行けば大丈夫だろう。
「あそこは遠回りだけれど。あの坂から戻れるよ。守ってあげるから」
指さす久美。男は一度見てから、突然に久美を突き倒す。
「騙されるか。あばよ」
捨て台詞で反対へ走って逃げる。
杏樹が、しゅっ、と男の前へ来た。
「崖だよ。危ない」
「またか。参った。降参だ」
諦めた風の男。久美も駆け寄る。
「今度逃げたら怒るから。でも良かったね」
それに杏樹が近づく。
「こういうのは鞭で縛った方が良い。反省した真似だろう」
「滅相もない。二人には世話になった」
男は紙幣をホットパンツの中に押し込んで言うが、突然に久美の両手首を掴む。
「そこのデカパイおとなしくしろ。さあ一緒に逃げるんだ」
男は久美を人質にしたつもりだ。走りだすのに引きずられる久美。
「崖だってば」
杏樹が焦って叫ぶ。
話し終わらない間に男が、ぅわっ、と驚き、落ちる。
「あわわわっ」
久美も引っ張られて落ちる。
蜘蛛の糸が張り巡らされて、そこへ落ちた二人。男は焦り這いずりまわり、糸が絡んでくる。
「慌てないの。余計からまるよ」
いうとグライダーから座席を降ろさせる。
「さあ、乗って。このまま砂利道まで連れて行かせるから」
男はパニックになって、身動きできないぐらい糸に包まれて、悲鳴を上げる。
「蜘蛛だっ。くもだあー」
久美も巨大蜘蛛が崖の壁から降りて近づくのに気づく。
「もう。早く乗れっ。ハニャ連れて行って」
安全ベルトの代わりにハニャが巻き付き、すーつ、と上がっていく。
「さて。大丈夫かな」
久美は短剣を取って構える。多分、糸を吐くだろう、防げるか。足元が軟で回転はできない。下手に暴れたら、糸が千切れて下へ落ちるはず。余計に歓迎しないこと。
蜘蛛は口を、くわっくわっ、開けて白い泡を丸める。糸の玉だ。
「なんだっ」
久美は頭上から被さる新たな敵へ警戒するが、魔進の網だ。
「人が一番恐いんだから。分かったでしょ」
杏樹がいうと、ぐるーん、と網を回転させる魔進。ぶしゅっ、蜘蛛の吐く糸が網にかかった。 くいくい、と魔進が網を引きあげる。
野ばらの前で魔進の網は降ろされる。杏樹がチャックを上へ開ける。
「久美は、もう。悪人を信じすぎ。ほら、早くタウンエリアへ戻って」
「ありがとうね。でも人を信じたいの」
「それならもっと強くなりなさいね」
杏樹はいうと魔進に乗り、跳んで去っていく。
野ばらの隙間から大勢に人が集まっているのが見える。宙に浮いたグライダから降ろされた男は座席に座ったままだ。ハニャーが巻き付いて離れないらしい。聞き取りをしているのは警察官だろう。
さっき拓けた場所から出る久美。
「ハニャー放して」
声をかけるとハニャーは足を縮めて、ぴょんぴょん、跳ねてきた。
「久美。危ないことしないで」
琴音が駆け寄り困惑した顔。
「わかった。でも友達が助けたから」
「そうか。友達って、あれかい。ま。良いよ」
琴音としては、月乃も『友達』とは言わない久美の考えを理解している。
「うん。もしかして、もっと軽い気持ちで、友達と呼んで良いのかって」
同級生も友達でいいのかと久美は思うようになった。すると、月乃は親友と呼ぶべきか。
「それより。あれは」
久美は糸に巻かれた男へ近づく。
「肌が溶けてない。そういうのもあるのがメタフォーの生物だから」
男は首を振るが、頷く。
「痺れて。なんとかしてくれ」
身動き取れないし、痙攣させる成分が蜘蛛の糸にあるのだろう。久美は短剣を取り出して、糸の塊を削りながら剥がしていく。 粘り気があり、何層にも重なっている。
「料理包丁か、医療メスを持ってないかしら」
集まる群衆へ訪ねる。短剣では身体を傷付ける恐れがある。
「刺身包丁なら」
騒ぎで、ここへ来ていたらしい未知留が差し出すが、そのまま蜘蛛の糸へ触れる。
「久美ちゃんは、使い慣れないだろう。俺が切るから」
いうと手際よく切りさばいていく。
「安心した。ありがとうね。それじゃ、友達を待たせてあるから」
グライダーへ釣り上げてもらう。
「いや、そうじゃなくて」
未知留の言葉は、すでに足の下から聞こえる。
久美は、ちょっと恥ずかしさもあるのだ。
広場へ戻りグライダーの収納庫へ納める。そこへ、ぱたぱた、と急ぎ足でくる人々。月乃と何人かの同級生だ。
「さっきのお喋りの続きをしよう。でも、なんでここにいるの」
久美は大騒ぎになっている自覚がない。
「見てないでしょ。あそこへ行ってたんだよ」
亜由美が、呆れたふうに話す。心配してみんなで駆け付けたらしい。それより、と綾香。
「あの男は知り合いなの。くみちゃんとか」
「べつに。あのさ。そういう呼び方もするひとがいるはず」
「ほほう、例の王子さまとか」
月乃は予想が付くと頷く。さすがに、ちょっと恥じらう久美に、年頃の同級生も、なにか特別な関係と気づくのは当然だった。




