宿命の出会い
風の音を聴きながら、久美は草地にたたずむ。補助脳として埋めこまれたネット端末が、頭の片隅に映すのは、おせっかいな文字列。
(まじめなAIだね。カタバミの説明は、読んであげない)
控えめで物知りな補助脳に、心で話す。見渡せば、背丈より高いセンダングサの群れ。パサッパサッ、茂みを乱す音。ぴくっ、久美は膝が一度だけ引きつる。
(何かが居るんだ。虎。熊。ここにはいないはず)
考えながら、音のしたほうへ振りむく。柔らかな顎の線は引き締まる。シュシュで束ねた長い髪が、馬の尾のように跳ねる。開襟シャツの背中で大きく揺れるポニーテール。
近くの茂みから、緑色のレオタードを着る人影が弧を描いて跳ぶ。
(あれっ。人だよ)
顔は西洋風と思える女性が長い髪を広げて降りる。
「私は惑星メタフォーのprincess・awt杏樹。自然界へ立ち入るな」
あまり動かさない唇で重々しく言う。
久美は同級生なら話題もさがせるだろうが、邪魔をするような相手の急な割りこみにとまどう。
「あの。なに」
関わり合いたくもない、と両手を腰に当てた。久美pyupyapyo019353と書かれたネームプレートのついた胸も張りつめる。左の指がホットパンツに巻いたポシェットに当たり、少しずらす。
(落ち着こう。挨拶をしたいだけかも知れない)
礼儀だし、と自分に言い聞かす。手を下げて愛想笑い。
「私は久美です。ちょっと。散歩」
もう挨拶は済んだからいいでしょ、というように二度うなずき、目を遠くへやると、ススキの生える場所があり、歩いて行けそうだ。
杏樹はセンダングサを背にしている。長い足と腕をゆっくり振り、二歩近づいた。
「意味が分からないの? 地球から星間移民した人間はタウンエリアから出るな」
相手の言う意味は分かるが、タウンの外へいくのは幼いころに友達と約束したことだ。
(もっと話したいのか。もう。ゆううつ。この人も未来を捨てたオトナかしら)
久美は人付き合いが苦手だし、唇を強く結ぶ。
「ここで生まれたよ。移民してない。宇宙船内のように行動を縛られたりしないから」
ゆっくり左足を一歩ふみだす。草地は5平方メートル。まん中あたりに立つ。
杏樹が警戒するように腕を前に構える。後ろの茂みが風で揺れ続ける。
「何をするというのだ。子供は公園で遊んでなさい」
久美はまだ十代にみえるのを気にもしている。口をとがらせて言う。
「二十歳だもん」
しゃべり方も変えたら、と言われたことがある。
「いつまでも、とぼけて笑うな」
杏樹は大きなふくらみの上で、長い腕を組む。
久美は小さなふくらみの上で、しなやかな腕を組む。
「何なんだ」
杏樹は、話が通じない久美をどうするか、そろそろ迷いだしたようだ。
「べつに。もう、いいでしょ」
久美は面倒くさいと頭を振る。
≪魔女かもしれない≫補助脳が予想する。うっとうしいから斜め読み。文字は映像や音声より扱いやすい。
(魔女がいるという、噂はあるよね。それなら手品師かなー)
神話にある存在は、信じない。変わったことをして、人の注目をあびたいのだろうか。杏樹との会話も怖くない気はする。まともに相手を眺める。レオタードに黒い種がいっぱい付いているのが見えた。
「なにを企んでおる」
杏樹は視線を警戒したのか右足を戻す。
「それよりさ。種がついてるよ。ブラシがあるから」
万能ブラシを持ってきている。ホットパンツの腰につけたポシェットから取りだした。
「お節介だな。自然界の怖さを教えよう」
杏樹は左手を上へまっすぐに伸ばす。太陽をさえぎるように長い指が広がる。
「いらないの。もっと。お話がしたいのね」
久美はポシェットに万能ブラシを収めて、腰を低くする。取っ組み合うコミュニケーションもあると経験はした。騙したり、嘘を噂で広げたりするよりは良い。
「魔進よ、来たれ」
杏樹が呼ぶと、茂みが激しく揺れて現れたのは、大きな鉄のかたまり。
「あわわっ」
とっさに右へ横っ飛びの久美。杏樹の右横に来たのは、太ったキリン型のロボット。バッタが驚いたようにカタバミの上で飛び跳ねる。
(自然界は怖いのもいると調べたけど、これはないでしょ)
「反則でしょ。ロボットだよね」
それでも、ここで引き下がれない、駆け引きも不器用なのだ。心臓は太鼓を強く打ち始める。相性の合わない人に会うときも同じ。全身が攻撃態勢になる。幼いころのおてんば娘に戻る久美。
「魔進。扉をひらけ」
杏樹が言うと、魔進の胸がひらいた。透明な青色でゼリー状の生物らしいのがあふれて広がる。
「えっ。巨大アメーバー」
惑星メタフォーでは地球の常識が通用しない。
「タウンへ戻れ。アミバに消化されたいか」
あいにくと久美は、なにかを押し付ける人へ反抗したくなる。
(でも。こういうのを。見たかったんだ)
「アミバっていうんだ。奇麗な色だね」
(ネットで観たサンゴ礁の海の風景だよ)
久美は海に行ったことはないし、へえっ、と感心する。自然界の美しさにも見とれる。好奇心がまさり、消化のことは聞きながしていた。見上げるところまで仮足を広げるアミバは太陽の光にきらきらきらめき、獲物を探すようにして近づく。
バッタが飛んで行く。それをアミバは捕らえた。
羽を広げたままで、もだえる獲物。
ぐじゃぐじゃ羽がつぶれた。
「あわわっ」久美は驚き、すぐに後ろへ片足ずつ 1、2、3回跳ねる。
(大自然は思っていたのと違う。アミバから、いったんは逃げよう)
久美はちょっと後ろを振り返り、枝の間にある隙間を確認した。草地への入口だ。それでも、ひとことは言ってあげたい。杏樹を睨みつけた。
「自分じゃ。何もしないのね」
言うと、右足を軸に回る。
「さようならあ」
しゃべりながら入口へ走る。ポニーテールがくるくる回るように跳ねる。スニーカーにカタバミの茎が絡むのも蹴っ飛ばした。
センダングサに挟まれた狭い通路。陸に棲むタコを見つけた。バスケットボールぐらいの大きさで虹色の生物だ。久美は足踏みするようにして立ち止まる。
「ハニャー」あえぐ息を継ぎながら、それでも声をかける。
「逃げて」見ると、足は草地へ伸ばしていた。振り返ればアミバがタコの足を捕まえて包み込んでいた。
久美は草地へ引き返す。タウンでも見かけるハニャーに親しみはある。
杏樹は近くまできている。
「素早い子だな。この落ち着きはなんだ。度胸は認める。私に協力すれば助けよう」
久美は相手をしているひまもない。
「じっと、してて」
タコの足を掴む。久美の指へ吸い付くアミバを拭い取る。久美の指に絡んでくるアミバ。腕を振って払い除けた。
「はーにゃは」
ハニャーは漏斗で発して、大変なめに遭ったというように、足の先を丸める。
「良かったね。でもないよおー」
アミバが空を覆い隠している。葉が崩れるセンダングサ。茎も包み込みながら降りてくるアミバ。
杏樹が手の届くところまで近づく。
「危険を顧みずに、陸棲タコを助けるか」
久美は約束を守っていると言いたい。
「当たり前よ。タウンエリア。だしね」
「まだフェンスの外だ。どうするかな」
杏樹の言葉で、荒い息も止まるが、深呼吸で息を調える。唇にもかかる汗を素早く舐めると、しょっぱい。
「ハニャー。自然界では、どうするの」
手のひらで顔の汗を拭うが、迷っていられない。危険から逃げる方法を知りたい。
ハニャーは足を丸めて、ヒョウタン型になった胴体から漏斗を上へ伸ばす。野性では身を守る術もあるのだろうか。
「ぶしゅー」墨を噴き出した。
広がる霧状の液体はアミバを覆う。
下がるのを止めて墨を吸収するアミバ。黒い天井は夜空のようだ。
「今だ、急げー」
低く垂れさがるアミバの下を走る。
黒い垂れ幕が久美の前をふさぐように降りて来た。
(前転か、いや、横転だ)
転がりながら狭い枝の間を抜ける。
(いてっ) 左手の甲に小石が当たった。
右の手のひらで摩りながら、あとから軟膏をつけようと思う。
杏樹が茂みの中からゆっくり追ってくる。
「陸棲タコを味方にしたか、すごい能力だ」
久美は答えたくない。広がる土の上で身構える。勝ち誇ったような相手の態度も気にいらない。
「どうしても。タウンの外へ、行くのよ」
唯一の友達との約束だ。
(大切なモノを入れる小枝の城を作るのよ)
それでも、大切なものが何かは知らない。その意味を探しに大自然へ行くのだ。
ハーブ系の草が絡まるフェンスの外へ杏樹は立つ。
「強気だな。なぜ外へ行きたいのか」
「教えてあげない。純お姉ちゃんとの約束だからね」
なかば教えている久美。わけがあるのか、と杏樹も予想するそぶり。
「正直な子だな。散歩気分で自然界へ踏み込むと怪我をする。その覚悟があるのか」
「杏樹が。歩いてるじゃん」
久美は乾いた土が、汗に濡れた服や足などにくっつく。
「自然界へ抵抗はないようだな」
「約束は守ったから。帰りなさいよ」
久美は、アミバがゆっくり漂うのも、目に映る。餌があれば人間を襲わないのだろう。
「一人では危ないから。友達はいないのか」
「なによ。会えたら。もういい」
純のことを話す必要もない。たしかに親しくしている同級生もいるが、距離を置いてしまう久美。友達という言葉に、会えなくなる辛さも含んでいる。
(小枝の城で。つながってるんだよね。友達は純だけで良い)
「そうか。わるかった」
杏樹は思ったより下手にでる。久美の教えないのが何か、おぼろげに見えたらしい。
「久美には、また会いそうだな」
言うと跳んで姿を消した。アミバも何かに引き付けられるように草地へもどった。
久美は舗装路の土手に座り、汗が滲む顔をポシェットからハンカチを取って拭く。杏樹が魔女と呼ばれているのだ。伝説や現代の、魔女についての考えもながす文字列。
(補助脳も映像や音声なら。大変だよね)
前時代の科学が目指していたのは実用的でないと分かってきた。映像だと情報が多すぎて、それが現実だ、と洗脳してしまう。音声なんて黙読よりじれったいぐらい遅い。
開襟シャツもしっとり濡れ、ホットパンツの中も、ぐじゅぐじゅだ。黒い種を取るのもあとからで良い。
「はぁーにゃー」
離れて丸まるハニャーが気の抜けるような声で鳴く。巻いた足が下部になる逆ヒョータン型。中間に丸い目がある。
「ハニャー。おいで」
声をかけると、足を屈伸させて久美へ近づき、座るように足が広がる。傘幕から見え隠れする瞳が可愛いと評判の格好だ。
「ありがとうね、墨で助かったよ」
頭というか、胴体の上を撫でる。冷たい感触は暑いときに心地良い。そこの中心は緑で渦を巻くような虹色。個体差もあるようだが、これは徐々に色が変わっていくタイプ。
「気持ち良いんだよね」
体温の低いハニャーはいつも暑いメタフォーで涼しさを与える。
ハニャーも熱いところが好きで、足を久美の足へ延ばして、冷感シップになる。
「まただ。待機中って。なんだろう」
何かの質問を待つ枠が、たまに見える。補助脳の文字列で『琴音教授』というのが目をひいた。琴音なら知り合いが一人はいる。
「補助脳へ、何か質問があるのかな」
久美は琴音へ直接会って確かめたい。風があり、ちょっと汗が冷たくもなる。
「ハニャー。元気でね」
手を振りタウンビルへ向かった。




