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第四話 崩壊する偽りの英雄、そして新たな伝説へ

王都アルカディアの中央広場は、かつてない熱気に包まれていた。

雲一つない青空の下、ギルド本部前に集まった群衆の視線は、二人の人物に釘付けになっていた。


一人は、真新しい黒のロングコートを身に纏い、腰に二振りの短剣を帯びた黒髪の青年、アレン。

もう一人は、白銀の軽鎧に身を包み、背丈ほどもある大剣を軽々と背負った銀髪の美少女、エリス。


「おい見ろよ、あれが噂の『概念浄化師』アレンか?」

「ああ、隣にいるのは『剣姫』エリス様だ。あの二人、昨日はAランクの迷宮をたった半日で踏破したらしいぞ」

「すげえ……。英雄の誕生だな」


人々が囁き合う称賛の声。それは心地よい風のように、今の俺の耳に届いていた。

かつて「掃除係」「寄生虫」と罵られていた頃には、想像もできなかった光景だ。


「準備はいい? アレン」


エリスが俺の顔を覗き込み、愛らしい笑顔を見せる。

以前の病的な白さは消え、頬には健康的な赤みが差している。俺が毎日、彼女の身体メンテナンスを行っているおかげで、彼女のコンディションは常に全盛期を超えていた。


「ああ、完璧だ。装備の『劣化率』はゼロ。体調の『不調ノイズ』も完全に消去してある」

「ふふ、頼もしいわね。貴方が後ろにいてくれるだけで、私は無敵になれる気がするわ」


今日は、王家からの直々の依頼で、国境付近に出現した『古の魔神』の討伐に向かう日だ。

それは本来、勇者パーティーに依頼されるべき案件だった。しかし、今の王国にまともに動ける勇者は存在しない。

だからこそ、俺たちに白羽の矢が立ったのだ。


「行きましょう。馬車が待っているわ」


俺たちが歩き出そうとした、その時だった。


「ま……待てぇぇぇッ!!」


群衆を掻き分けるようにして、薄汚れた集団が転がり込んできた。

腐った残飯のような悪臭が漂い、人々が顔をしかめて道を開ける。

現れたのは、ボロ布を纏った三人の男女。

いや、それはもう「冒険者」と呼べるような姿ではなかった。


「レオン……?」


俺は眉をひそめた。

先頭に立ち、充血した目で俺を睨みつけている男。

頬はこけ、髪は白髪交じりのボサボサ。かつて輝いていた白銀の鎧は赤錆に覆われ、あちこちがへこんでいる。

勇者レオン。王国の希望と謳われた男の、成れの果てだ。


その後ろには、杖代わりに木の棒をついた老婆のような女――聖女マリアと、全身に包帯を巻いて震えている魔導師ゲイルの姿があった。


「アレン……! 探したぞ……ッ! ギルドに顔を出さないから、こんな所まで追いかけてこなきゃならなかっただろうが!」


レオンが叫ぶ。その声はガラガラに枯れ、威厳の欠片もない。


「何の用だ? 俺たちは急いでいるんだ」

「何の用だと!? とぼけるな! 俺たちの体を元に戻せ!」


レオンが一歩踏み出す。足取りは千鳥足で、今にも倒れそうだ。


「あれから俺たちは地獄を見たんだぞ! 飯を食っても味がしない! 寝ても疲れが取れないどころか、悪夢にうなされる! ちょっと走っただけで息が切れ、剣を振れば関節が悲鳴を上げる!」

「私の顔を見てよアレン!」


マリアがフードをかなぐり捨てた。

群衆から悲鳴が上がる。

彼女の顔はシミとシワだらけで、所々皮膚が剥がれ落ち、膿が滲んでいた。かつての美貌は見る影もない。


「化粧ノリが悪いどころじゃないわ! 毎朝起きるたびに、肌がボロボロになっていくの! 髪も抜けて、歯もグラグラして……こんなの、私が私じゃないみたい!」

「俺の魔力もだ……!」


ゲイルが包帯の隙間から、焦げ付いたような肌を晒す。


「魔法を使おうとすると、全身が焼けるように痛むんだ! 回路が詰まってる! お前がメンテしてた時は、こんなこと一度もなかったのに!」


三人は口々に喚き散らす。

周囲の人々はドン引きし、ヒソヒソと噂話を始めた。

「あれが勇者パーティーか?」「まるで亡者だな」「アレンって人が、あいつらを支えてたって本当だったのか」


俺は深いため息をついた。

彼らはまだ理解していない。自分たちの身に起きていることが、俺の「呪い」などではなく、彼ら自身の「実力」の結果だということを。


「勘違いするなよ」


俺は静かに告げた。声は大きくないが、静まり返った広場にはよく通った。


「俺は君たちに何もしていない。ただ、『君たちが放置してきたツケ』を払うのをやめただけだ」

「な、何だと……?」

「レオン。お前は自分の筋肉や関節の限界を無視して、無茶な剣技を連発していたな? そのたびに生じる筋繊維の断裂や骨の摩耗を、俺が毎日『なかったこと』にしていたんだ。それがなくなれば、当然体は壊れる」

「マリア。君は美容に悪い酒や油物を大量に摂取し、睡眠不足も平気で続けていた。俺が毒素を分解し、細胞の老化をリセットしていたから、若さを保てていただけだ」

「ゲイル。お前の魔法は威力が高いが、魔力回路への負荷が大きすぎる欠陥術式だ。俺が回路の焼き付きを毎回修理していたことに、気づきもしなかったのか?」


俺の言葉に、三人は絶句する。

思い当たる節がありすぎるのだろう。彼らの顔色が、恐怖でさらに青ざめていく。


「つまり……なんだ? 俺たちが強かったんじゃなくて、お前が……お前が無理やり動かしていただけだったって言うのか?」


レオンが震える声で問う。


「ああ、そうだよ。君たちはとっくの昔に壊れていたんだ。俺という『延命装置』のおかげで、英雄ごっこを続けられていただけだ」


真実を突きつけられ、レオンは膝から崩れ落ちそうになる。

だが、すぐにその目に狂気じみた色が宿った。


「だ、だったら! だったら今すぐ治せよ! それがお前の役目だろ!」


レオンは腰の鞘から、予備の鉄剣を抜き放った。

錆びついた刃が、鈍い光を放つ。


「俺は勇者だぞ! 国のために必要な存在だ! つべこべ言わずに『浄化』しろ! 元に戻せ! そうすれば、またパーティーに入れてやる! 報酬も弾んでやる! だから……!」

「――不快ね」


冷徹な声と共に、凄まじい殺気が広場を支配した。

エリスだ。

彼女が背中の大剣に手をかけた瞬間、空気が凍り付いたかのような圧力がレオンたちを襲う。


「身の程を知りなさい、廃人ども。アレンはもう、貴方たちのような汚物を相手にする時間はないの」

「ひっ……!」


マリアとゲイルが腰を抜かしてへたり込む。

レオンも剣を持つ手が激しく震え、カチカチと音を立てている。


「エリス、手を出さなくていい」


俺はエリスを制し、ゆっくりとレオンたちに歩み寄った。

彼らは後ずさりしようとするが、足がもつれて動けない。


「ア、アレン……頼む、助けてくれ。俺が悪かった。謝る。土下座でもなんでもする」

「私も! 私もアレンのこと好きだったのよ! 幼馴染じゃない! ねえ、元通りにしてよぉ!」


プライドをかなぐり捨て、涙と鼻水を流して懇願するかつての仲間たち。

その姿を見ても、俺の心には何の感情も湧かなかった。

怒りも、悲しみも、同情さえもない。

ただ、道端に転がる石ころを見るような、無機質な感覚だけ。


「無理だよ」


俺は彼らを見下ろして言った。


「え……?」

「俺のスキル『概念浄化』は、対象の『あるべき姿』からの逸脱を消去するものだ。だがな、君たちの体はもう、内部崩壊が進みすぎている」


俺には『視えて』いた。

彼らの体の内側。骨はスカスカになり、内臓はドロドロに溶けかけ、魔力回路は黒く炭化している。

彼らは生きているのが不思議なくらいの「死体」寸前の状態だった。


「今の君たちの『あるべき姿』は、そのボロボロの状態なんだよ。仮に俺が表面だけ綺麗にしても、中身は腐ったままだ。……もう、手遅れなんだ」

「て、手遅れ……?」


マリアが絶望の悲鳴を上げる。

ゲイルが頭を抱えてうずくまる。


「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ! 俺は勇者だぞ! これからもっと名声を得て、王族になるはずだったんだ!」


レオンが錯乱したように剣を振り回し、俺に襲い掛かろうとした。

緩慢で、隙だらけの動き。


俺は避ける必要すらなかった。


バキィッ!!


レオンが剣を振り下ろした瞬間、その衝撃に耐え切れず、彼自身の腕の骨が砕ける音が響いた。


「ぎゃああああああああッ!!」


剣を取り落とし、あり得ない方向に曲がった腕を押さえてのた打ち回るレオン。

攻撃しただけで自壊する。それが今の彼の実態だった。


「……哀れだな」


俺は冷たく言い捨て、踵を返した。

もう、これ以上見る価値もない。

彼らがこれからどうなるか。

冒険者としては廃業。治療費も払えず、過去の栄光に縋りながら、路地裏で朽ち果てていく未来しか見えない。

だが、それは彼らが自ら選んだ道だ。俺を捨てた瞬間に、彼らは自分たちの命綱を自ら断ち切ったのだから。


「行くぞ、エリス」

「ええ、アレン」


俺たちが歩き出すと、群衆が自然と道を開けた。

その眼差しは、尊敬と畏怖に満ちている。

背後からは、まだ「待ってくれ」「助けてくれ」という悲痛な叫び声が聞こえていたが、俺たちの耳にはもう届かない。


馬車に乗り込み、窓の外を見る。

王都の街並みが流れていく。

その向こうには、広大な世界が広がっていた。


「ねえ、アレン」


隣に座ったエリスが、俺の手をそっと握った。


「これからの旅、楽しみね」

「ああ。君のメンテナンスは、一生俺が担当するよ」

「ふふ、それはプロポーズとして受け取ってもいいのかしら?」

「……さあ、どうだろうな」


冗談めかして笑い合う。

俺の手の中には、確かな温もりがあった。

誰かを支え、誰かに支えられる。

対等な関係とは、こんなにも心地よいものだったのか。


俺はかつての仲間たちがいる方向へ、心の中で最後の別れを告げた。

さようなら。俺の人生における「汚れ」たち。

綺麗さっぱり洗い流して、俺は新しい明日へ進む。


空はどこまでも高く、澄み渡っていた。

俺たちの物語は、ここから本当の意味で始まるのだ。

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