第15章 記憶の洪水
病院のベッドで、遥はゆっくりと目を覚ました。
白い天井。
消毒液の匂い。
点滴の管が腕に繋がっている。
体が重く、頭がぼんやりとしている。
夢を見ていたような気がした。
長い、恐ろしい夢。
遥は体を起こし、周りを見回した。
病室は一人部屋で、カーテンが閉められている。
枕元に、水の入ったコップと、警察の名刺が置かれていた。
遥は眉を寄せた。
今までのことは、夢だったの?
奇妙な絵本。
死んだ人たち。
すべて、悪夢だったのかもしれない。
遥は少し安堵した。
きっと、過労で倒れたんだ。
両親に連絡しなければ。
スマホを手に取り、母に電話をかけた。
呼び出し音が続く。
繋がらない。
父にもかけた。
繋がらない。
不安が、胸に広がり始めた。
ドアがノックされ、警察官が入ってきた。
二人。
制服の男性と、スーツの女性。
「佐藤遥さんですね。
意識が戻られて良かった。
ご両親の件でお話があります」
遥は息を飲んだ。
「両親……どうしたんですか?」
男性警察官は、少し間を置いた。
「昨夜、ご実家で事件が起きました。
ご両親は、互いに争った末、死亡しています。
あなたも現場にいたようですが、意識を失っていたので、病院に搬送されました。
事情を聞かせていただけますか?」
遥の頭が、真っ白になった。
争った?
死亡?
夢なのに?
でも、警察の言葉が、胸に突き刺さる。
その瞬間。
失っていた記憶が、洪水のように戻ってきた。
美咲の首がゆらゆら揺れる。
拓也の体が線路で砕ける。
住職の体が炎に包まれる。
俊輔が病室で苦しみながら死ぬ。
彩花の死が見せ物にされる。
弟の体がゴミ収集車で粉砕される。
翔平が自分の体を解体する。
すべてが、同時に頭に流れ込んだ。
大切な人たちの、最後の瞬間。
全員が、惨たらしく死んでいた。
残されたのは、自分だけ。
遥は絶叫した。
喉が裂けるような叫びをあげながら、狂った獣のように暴れる。
看護師が駆けつけ、遥を押さえつけた。
鎮静剤を打たれ、遥の意識は再び遠のいた。
その日から、遥は言葉を失った。
目を開いていても、何も見ていない。
食事を与えられても、口を開かない。
家族の死も、友人の死も、恋人の死も、弟の死も、翔平の死も。
すべてを、思い出し、すべてを、失った。
心を、閉ざした。
生きているけど、もう、何も感じない。
空っぽの、殻だけが、残った。




