第12章 望みを捨てた静かな暮らし
24日目の夜、遥はアパートの部屋で膝を抱えていた。
部屋は暗く、ストーブの赤い光だけがぼんやりと壁を照らしている。
外は雨が降り続いていて、窓を叩く音が絶え間ない。
弟の死から数日。
実家に戻っても、母の泣き声が耳に残り、父の無言の背中が胸を締めつける。
食事が喉を通らず、体重が減った。
鏡を見ると、自分の顔が他人に見える瞬間が増えていた。
創作欲は、恐怖に押しつぶされ、ほとんど残っていない。
スマホを握りしめ、翔平にメッセージを送った。
「何か進展はあった?」
返事はすぐに来た。
「少し、調査が進んだ。話そう」
電話がかかってきた。
翔平の声は、興奮していた。
「遥さん、聞いて。
この数日、過去の事件を徹底的に調べた。
日記の女性の件は、氷山の一角だったよ。
似たような死の連鎖が、何件もあった。
どれも、創作欲の強い人が中心で、周囲が次々死んでいく。
そして、持ち主が最後に自殺して終わる」
翔平の声が、低くなった。
「でも、一件だけ例外があった。
死の連鎖が半端なところで止まって、本の持ち主と思われる人も生き残ったケースだ」
遥は息を飲んだ。
「生きてる……?」
翔平はうなずいたような間を置いた。
「生物的には、ね。
所有していた人が、事故にあったんだ。
結果、遷延性意識障害……いわゆる植物状態になった。
その後、周囲の死の連鎖が止まっている」
「それって……」
遥の声が震える。
翔平は、言いにくそうに言葉を続けた。
「ここからは俺の仮説だ。
あの本は、持ち主の欲求をエネルギーにして、人間を操り、取り込んでいく。
そして、持ち主が利用価値のない状態になると、次の持ち主を探して移動するんだ。
死ぬか、欲求を感じなくなるか。
ほとんどの場合は、持ち主の自殺によって移動する。
でも、事故にあった人は、植物状態になる事で、欲求がゼロになった。
だから、本は途中で次の人に移った」
翔平の声に、興奮が混じった。
「つまり、君が創作欲を完全に捨てれば、本は移動する。
生きて、逃れられる」
「欲求を……捨てる?」
翔平は静かに言った。
「利き腕を、潰す。
完全に使えなくする。
君はイラストレーターだ。
描けなくなれば、欲求は失われるだろう?
植物人間よりマシだ。
家族も、俺も、君自身も、助かる可能性がある」
遥は言葉を失った。
右手を、潰す?
もう絵を描けなくなる……?
でも、家族が。
翔平が。
自分が、生きられる……かも。
遥は震える声で言った。
「……わかった。
やります……。
家族のためなら。
翔平のためなら」
強い抵抗感はあったが、この状況から逃れられるなら……。
希望が、胸に灯った。




