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第10章 どこか知らない暗い部屋

14日目の朝、遥は翔平のメッセージで目を覚ました。

スマホの画面が点灯し、通知が鳴る。

部屋はまだ暗く、カーテンの隙間から薄い光が漏れているだけだった。

ストーブはつけっぱなしだったが、体は冷えきっていた。

胸に、無数の穴があいているような感覚。

昨日の調査結果と破壊実験の記憶が、ぼんやりと浮かぶ。

本は壊せない。

ページが埋まるまで、止まらない。

翔平のメッセージはシンプルだった。

「昨日はお疲れ様だったね。

今日も調査のほう、進めていくよ」

遥は返信を打った。

「ありがとう……気分転換に、旅行に行こうかと思う」

翔平の返事はすぐに来た。

「旅行? 一人で?」

「親友の、彩花と。

何日も前から約束してたの」

翔平の電話が鳴った。

遥は出た。

「遥さん、危ないよ!

今、本の影響が強まってるだろう?

外出は控えた方が……」

遥は首を振った。

「翔平さん、ありがとう。

でも、毎日家に閉じこもってたら、心が壊れそうなの。

絵本から離れていたほうが安全な気がする。

少し、息抜きさせて」

翔平はため息をついた。

「わかった。

でも、本は絶対、持っていかないで。

何かあったら、すぐに連絡して」

遥は電話を切り、絵本を机の引き出しにしまい、鍵をかけた。

こんなものを、持っていくわけがない。

本のことは、ひと時でも忘れたかった。


彩花からメッセージが来ていた。

「遥、明日は楽しみ!

温泉でゆっくりしようね」

彩花──伊藤彩花。

大学時代からの親友で、太陽のような性格。遥が美大受験に失敗して泣いていた夜、一緒に泣いて「次があるよ!」と抱きしめてくれた。

遥の誕生日には手作りケーキを持ってきて、昔の写真を見ながら笑い転げる。

最近、遥の様子がおかしいと心配してくれていた。

旅行は、彩花の提案だった。

「気分転換に、山奥の温泉に行こうよ。

二人きりで温泉つかって、パーっとお酒飲んで、楽しい話しよう!」と、計画を立ててくれたのだ。

遥には、その心遣いが嬉しかった。

少し、胸の穴が埋まるような気がした。


15日目、遥は彩花と駅で待ち合わせした。

彩花は明るい笑顔で手を振った。

「遥! 久しぶり!

元気そう……じゃないけど、今日は思いっきり楽しんじゃおうね!」

遥は彩花を抱きしめた。

温かかった。

久しぶりの人間のぬくもり。

車で山道を登り、温泉宿に到着した。

森に囲まれた小さな宿。

旅行雑誌に載っているのを見た事があるが、写真よりもずっと、風情のある建物だった。

不意に、視界が奇妙にぼやける。

目の前の純和風の建物に、屋根に蔦が絡まった小さな家が、ぼんやりと重なって見えた。

だが、遙が目をこすると、そこには変わらず、和風の旅館だけがあった。

ストレスが相当溜まっている……。

遙は、ふらつく足取りで、館内へと入っていった。

背後で、動物たちの息遣いが聞こえた気がした。

部屋は木の香りがし、窓から緑が見える。

露天風呂に、2人で浸かった。

お湯が体に染み込むようで、心地よかった。

彩花の笑い声が響く。

「遥、最近どう?

仕事、うまく行ってる?」

遥はぼんやりと答えた。

「うん……ちょっと忙しくて」

本のことは、話せなかった。

彩花の笑顔が、とても眩しかった。

夜、部屋で酒を飲んだ。

彩花は昔の写真を取り出し、笑いながら話した。

「覚えてる?

大学でさ、二人で旅行した時。

あの時みたいに、楽しいよね!

旅はやっぱ、最高だよー!」

遥はうなずいた。

楽しい。

本のことを、忘れられる。

胸の穴が、埋まる。

彩花が寝静まった後、遥はそっとスマホをチェックした。

翔平からのメッセージはない。

少し、安堵した。

本は家に置いてきた。

離れていれば、ページは増えないかもしれない。


16日目。

遥は目を覚ました。

彩花のベッドが、空だった。

「彩花?」

部屋を捜したが、いない。

宿の人に聞くと、「朝早く散歩に出かけられました」といわれた。

遥は待った。

1時間、2時間、3時間。

彩花は戻らない。

遥は宿の人に相談し、警察を呼んだ。

捜索が始まったが、手がかりはない。

ただの失踪。

山奥の温泉地で、突然消えた。

遥は震えながら、アパートに戻った。

引き出しの鍵を開け、絵本を取り出した。

開く手が、震えていた。

7ページ目に、新たな絵が描かれていた。

美しい水彩の挿絵。

暗い部屋の中で、女性が優雅に座っている。

体から淡い赤い花がぱっと咲き乱れ、周囲を優しく彩っている。

顔は穏やかな笑みを浮かべ、瞳は輝くようにこちらを見つめている。

まるで、花に囲まれた夢のような部屋で休むような、美しい光景だった。


詩はこう書かれていた。

どこか知らない暗い部屋

白い光が集まって

真っ赤な花が咲き誇る

明るい声をかけられて

体はどんどん軽くなる

お空へ向かって軽くなる


遥はページを撫でようとして、

ビクリ、と手を止めた。

スマホを取り出し、撮影する。

画面に映ったのは、おぞましい絵だった。

暗い地下室のような部屋で、手足を縛られた女性が虚ろな目でこちらを見ている。

体のあちこちに、切られた跡があった。

周囲に人影が複数立ち、カメラを構えている。

女性の顔は、彩花だった。

歪んだ口から、血が滴っている。

背景は血の染みと闇、死を娯楽にしているような残酷な光景。

遥はスマホを落とし、吐き気がこみ上げた。

彩花。

彩花の顔だった。

失踪じゃなかった。

暗い部屋で、ショーとして、死を娯楽にされた。

体を切り裂かれ、笑われながら。

本は持っていなかったのに。

ページが増えた。

遥は絵本を壁に叩きつけた。

壊れない。

美しい挿絵が、パラパラとめくれる。

残り5ページ。

自分の物語が、終わるまで。

遥は膝を抱え、泣き続けた。

旅行中の彩花の笑顔が、頭を駆け巡る。

あの束の間の幸せが、すべて壊れた。

本から離れても、死が止まらない。

逃れられない。

翔平に電話した。

「彩花が……消えた」

翔平の声が、低くなった。

「……7ページ目か」

遥は叫んだ。

「本を持ってなかったのに!」

翔平は静かに言った。

「……これでまた一つ、明らかになったね。

持ち主が本から離れても、その距離に関係なく、物語は進んでいく。

つまり、破棄しても無駄という事か……」

遥は絶望した。

自分の物語が、終わるまで。

残り、5ページ。

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