表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/17

第9章 触れられない紙

アパートに着くと、翔平はすぐにバッグから道具を取り出した。

ライター、ナイフ、大きめのボウル。

部屋は薄暗く、ストーブの赤い光だけがテーブルをぼんやり照らしていた。

「できる事を、全部試してみよう」

翔平の声は落ち着いていたが、目には焦りが浮かんでいた。

「何もせずに死ぬのは、嫌だろ?」

遥は絵本をテーブルに置き、震える手で見守った。

翔平はまず、ライターで絵本の角に火を近づけた。

炎がゆらゆらと揺れ、本に触れそうになった瞬間──

火が不自然に曲がり、本を避けて消えた。

風はないのに。

部屋の空気が、わずかに冷たくなった気がした。

翔平は眉を寄せ、次にナイフを取り出した。

ページを一枚めくり、角に刃を当てた。

深呼吸をし、力を込めると──

ポキッと小さな音がして、刃が折れた。

薄い紙は傷一つなく、冷たいままだった。

翔平の指が切れ、血が一滴、紙に落ちた。

でも、紙は血を吸い込まず、ただ弾いた。

血がテーブルに落ち、ゆっくりと小さな染みを作った。

翔平は無言で絵本を風呂場に運び、ボウルに沈めた。

蛇口をひねり、勢いよく水を注ぐ。

完全に水没しても、本は水気を帯びる気配がない。

水面が静かに揺れるだけ。

引き上げると、ページは乾いたままだった。

翔平は苛立ちを抑えきれず、シャンプーをかけ、ブラシで乱暴に擦った。

泡が立ち、音が響く。

遥は耐えかねて絵本を奪い返し、ページを開いた。

美しい挿絵は、何の傷もついていなかった。

どの絵も、変わらず穏やかに微笑んでいる。

翔平は首を振り、座り込んだ。

「……壊せない」

翔平は立ち上がり、玄関に向かった。

「引き続き調べてみる。

何かあったら、すぐに連絡してくれ。

残り6ページ。タイムリミットが近い」

遥は、ぼんやりと指で数えはじめた。

「残り……6ページで、完成なのね」

翔平はメモを閉じ、静かに言った。

「そうだ、君を含めて、あと6人。

家族がいるなら、その人達も多分、死ぬ」

遥の指が、止まった。

意識が、甘く朦朧とした世界から、一気に現実に引き戻される。

あと6人。

家族は、まだ生きている。

翔平も、私も。

でも、あと6ページ。

ぼんやりとした意識化では、ページが増えるのは喜びだった。

自分の物語が広がっていく興奮。

その幸福な気持ちが、泡が弾けたように消えた。

残り6枚のページは、自分の物語が、終わるまでのカウントダウン。

偽りの喜びが、胸の奥でまだ息をしている。

でも、その隣で、冷たい恐怖が、静かに広がり始めた。

家族の人生が、終わる。

自分の人生が、終わる。

外の雨が、いっそう強くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ