表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

プロローグ 白いページの誘い

1月の終わりの土曜日、街外れの公民館で開かれていた小さな古本市は、もう片付けの時間だった。

人影はまばらで、折りたたみテーブルには売れ残った本が山積みになり、値札のシールが半分剥がれかけている。外は薄暗く、風が吹き抜けるたびにビニールシートがはためいた。

佐藤遥は、帰り道にふと立ち寄っただけだった。

イラストの仕事が上手くいかず、気分転換にでもなればと思って入った。

コートを羽織ったまま、テーブルの間をゆっくり歩く。

文庫本の山、専門書の束、古い漫画雑誌。

どれも埃っぽくて、特別なものは何もない。

一番奥のテーブルは、100円コーナーだった。

他のテーブルが次々と片付けられていく中で、そのコーナーには段ボールの箱が三つ、無造作に置かれていた。

中身の本はごちゃごちゃに混ざっており、きちんと並べられているものは一つもない。

遥は、そのうちの一番手前の箱に目をやった。

箱の上に、ポツンと一冊だけが乗っていた。

厚紙の表紙に、金色の文字が薄く浮かんでいる。

背表紙はなく、角が少し擦り切れている。

他の本に紛れていたわけでもなく、ただ箱の上に置かれていた。

他の本と違い、埃が全く積もっていない。

遥は手を伸ばし、そっと持ち上げた。

「あなたのための絵本」

ただそれだけ。作者名も、出版社も、何もない。

表紙を開くと、最初の1ページ目に、美しい水彩の挿絵があった。

柔らかな陽光が差し込む森の奥、小さな家。

屋根には蔦が絡まり、窓辺には見たことのない優しい花が咲いている。

家の前には穏やかな動物たちが集まり、空は淡い青とピンクに染まっている。

遥の胸が、突然締めつけられた。

これは、自分が子どもの頃からずっと描きたかった世界そのものだった。

挿絵の下に、小さな文字で文章が書かれていた。

「これは、あなただけの物語。

次のページからは、あなたが埋めてね」

遥は息を飲んだ。

次のページは、真っ白。

その次も、その次も。

残り12ページ、すべてが雪のように白く、触れると少し冷たい。

「いくらですか?」

遥が声をかけると、片付けをしていた老人が顔を上げた。

白髪交じりの、無愛想な男だった。

老人は箱の上にあった絵本を見て、軽く首を傾げた。

「……あ、それ? 見覚えないけど、100円でいいよ」

老人は特に気にした様子もなく、すぐに別の箱を運び始めた。

遥は財布から小銭を取り出し、黙って差し出した。

外に出ると、風が強くなっていた。

遥は絵本を胸に抱え、急ぎ足で家に向かった。

背中に、誰かの視線を感じながら。

家に着くと、すぐに机に向かった。

絵本を開き、筆を握る。

この続きを、自分が描ける。

そう思った瞬間、指先が小さく震えた。

それは、喜びではなかった。

もっと深い、底知れぬ衝動だった。

外の街灯が、静かに灯り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ