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魔法少女 シャイニングスター  作者: 妖精56号 北緯36度東経140度担当
9/20

迷いの消去

冷たい夜風が吹き抜ける公園で、私はベンチに深く腰掛け、足を組んだ。

目の前では、私の肩から降りた妖精が、ベンチの座面を落ち着きなく歩き回っている。その小さな背中には、世界の命運を背負わされた者の重圧と、私の提言に対する迷いが滲んでいた。

私は、手帳を取り出し、明日の仕事のスケジュールを確認しながら、淡々と言葉を投げかけた。


「時間は待ってくれないぞ。本部とやらに確認するなら、今すぐしろ」


私はスマートフォンの画面をタップし、時刻を確認した。深夜三時前。これ以上長引くと、明日の業務に支障が出る。


「正統な戦いもできるだろうけど、どうする? 愛と勇気を振りかざして、敵と真正面からぶつかり合う。そっちの方が、お前たちの理想とする『魔法少女』に近いんじゃないのか?」


私の言葉には、あからさまな皮肉が含まれていた。

だが、妖精は怒る気力さえ失っているようだった。彼は立ち止まり、私を見上げた。その瞳は揺れ、唇は何かを言おうとして震えている。

しかし、結局、彼は何かを諦めたかのように首を横に振った。私の言う通りだ、と認めたのだ。理想で飯は食えない。理想で命は守れない。その残酷な事実を、彼もまた、理解してしまったのだ。

妖精は、震える手で耳元のインカムを押さえた。


「……本部、応答願います。管区担当エージェントより、緊急の進言があります」


彼の声は小さく、頼りなかった。


「はい……そうです。現在の適合者、コードネーム『シャイニングスター』の戦闘スタイルについて……。いえ、戦果は挙げています。圧倒的です。しかし、その手法が……」


妖精は、時折、私の方に怯えたような視線を送ってくる。私がまるで監視官であるかのように。

私は手帳を閉じ、ベンチの背もたれに腕を回して、夜空を見上げた。妖精の会話は続いている。


「……はい。敵性アストラル体に対し、過度な精神負荷を与えることで、リスポーン時間を遅延させる戦術です。……ええ、効果は実証済みです。先ほどの個体は、おそらく精神崩壊により、永久に復帰できない可能性があります」


インカムの向こう側で、どんな議論が交わされているのかは聞こえない。だが、妖精の表情を見る限り、紛糾していることは明らかだった。


「ですが! それはあまりにも人道的に……いえ、我々の誇りが……! しかし、現状の戦力比を鑑みると……」


その姿は、まるで理不尽な現場の状況と、現実を知らない本社の意向との板挟みに遭っている、哀れな中間管理職のようだった。私は、そんな妖精を、どこか冷めた目で見ていた。

組織というのは、どこの世界でも変わらないらしい。現場の苦労も知らず、安全な場所から理想論ばかりを押し付けてくる上層部。そして、その決定に従わざるを得ない現場の人間。

私はあくびを噛み殺し、再びスマホを取り出した。ニュースサイトを巡回し、明日の天気予報をチェックする。晴れ、降水確率ゼロパーセント。平和なものだ。


どれくらいの時間が過ぎただろうか。

体感では数時間にも感じられたが、実際には三十分ほどだったかもしれない。妖精は、インカムから手を離すと、糸が切れた操り人形のように、ベンチの上にへたり込んだ。

その小さな体からは、全てのエネルギーが抜け落ちたかのような、濃密な精神的疲労が漂っていた。羽の輝きも、どことなくくすんで見える。

私はスマホをポケットにしまい、妖精を見下ろした。


「終わったか?」


妖精は、顔を上げる気力もないのか、うつ伏せになったまま、かすれた声で言った。


「……ごめん。時間がかかった」


その声には、敗北の色が濃く滲んでいた。誰に対する敗北か。敵に対してか、私に対してか、それとも、自分たちの守り続けてきた矜持に対してか。


「上層部の決定が出たよ」


私は、身を乗り出した。これが、今後の私の労働環境を決定づける重要な判決だ。


「それで? 私のやり方は、却下か? それとも……」


妖精は、ゆっくりと体を起こし、悲しげな瞳で私を見た。


「……公認された」


その言葉は、まるで呪いのようにつぶやかれた。


「上層部は、長老会議の結果……『正統な戦いにおける美学や名誉よりも、妖精界の存続と安全を最優先せよ』との判断を下した」


妖精は、唇を噛み締め、悔しさを押し殺すように言葉を継いだ。


「君の提唱する『精神的負荷による敵戦力の無力化』及び『恐怖による抑止力』は、現状において最も効率的で、かつこちらの被害を最小限に抑える防衛策だと認められた。……特例措置としての、お墨付きだ」


お墨付き。

その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥で、カチリと何かが噛み合う音がした。心の中で、小さくガッツポーズをする。

勝った。敵にではない。この理不尽なシステムに、私の論理が勝利したのだ。これで、私は後ろ指を指されることなく、堂々と「業務」を遂行できる。誰にも邪魔されず、自分の信じる最も効率的な方法で、老後の安泰などを勝ち取ることができる。

私は立ち上がり、ドレスの裾を払った。


「賢明な判断だ。上層部にも、まだ話の通じる奴がいて安心したよ」


私の軽口に、妖精は何も答えなかった。ただ、虚ろな目で宙を見つめているだけだ。私は、モーニングスターを手に取った。ずしりとした鉄の重みが、心地よく手に馴染む。


「よし。これで、無駄な議論は終わりだ。コンセンサスは取れた。あとは実行あるのみだ」


私は、妖精の方へ手を差し出した。


「行くぞ。敵は待ってはくれない。未処理の案件がまだ残っているんだろう?」


妖精は、私の手をじっと見つめ、ためらいがちに、しかし拒否することなく、ふわりと飛び乗ってきた。私の肩に着地した妖精は、なんだか一回り小さくなったように見えた。


「……大丈夫か?」


私が珍しく気遣うような言葉をかけると、妖精は力なく首を横に振った。


「……大丈夫だ。任務に支障はない」


妖精は、自嘲気味に笑った。


「ただ、君と話していると、どうも疲れる。君の言葉には、迷いも、揺らぎもない。まるで、計算されたプログラム通りに動く、感情のない機械のようだ」


感情のない機械。その言葉に、私は思わず吹き出しそうになった。それは、私が社会人になってから、ずっと目指してきた理想の姿そのものだったからだ。

感情に振り回されず、理不尽に耐え、ただ結果だけを出し続ける。それができれば、どれほど楽だったか。


「そうか」


私は、モーニングスターを肩に担ぎ、口元を吊り上げた。


「それは、私にとって最高の褒め言葉だな。機械は裏切らないし、ミスもしない。防衛システムとしては最適だろう?」


妖精は、何も答えなかった。ただ、深くため息をつき、私の髪の中に身を隠すように潜り込んだ。


私たちは、再び夜の街へと繰り出した。今度の現場は、建設途中の高層ビルの屋上だった。

冷たい風が吹き荒れ、鉄骨が軋む音が聞こえる。眼下には、眠らない街の灯りが、まるで宝石箱をひっくり返したように輝いている。


だが、私の目は、その美しい夜景には向けられていなかった。屋上の給水塔の上に、それはいた。


蜘蛛の怪人だ。


大きさは軽自動車ほどもあるだろうか。八本の長い脚が給水塔を抱え込むようにして張り付いている。その腹部からは、銀色の糸が絶え間なく吐き出され、屋上一帯に見えない巣を張り巡らせていた。

アストラル体の視界で見ると、その巣は赤黒い粘液を滴らせ、触れた空間を腐食させているのが分かった。

ノイズが聞こえる。


ジジジ、ジジジ……。


それは、周囲のビルで眠る人々の、不安や焦燥感を吸い上げる音だ。


「……ターゲット確認。思考誘導型の、広域干渉タイプだね」


妖精の声は事務的で、乾いていた。もう、以前のような感情の揺れは見せない。彼もまた、機械になろうとしているのかもしれない。


「了解した」


私は、音もなく鉄骨の上を移動した。蜘蛛の怪人は、自分の巣の完成に夢中で、背後への警戒がおろそかになっている。いや、たとえ警戒していたとしても、私の接近には気づけなかっただろう。


アストラル体となった私は、彼が張り巡らせた「巣」さえも、驚異的な身体能力で潜り抜けるようにすり抜けることができる。

私は、巣の糸を幽霊のように透過し、怪人の真後ろへと迫った。


距離、三メートル。


私は、モーニングスターを構えた。月明かりを浴びて、鉄球のトゲが鈍く光る。

それは、以前のような、迷いを含んだ光ではない。許可を得た。承認を得た。正当性を得た。今の私にあるのは、純粋な執行能力だけだ。

私は、静かに息を吸い込み、そして、躊躇なく踏み込んだ。ドレスの裾が翻る。

怪人が、気配に気づいて振り返ろうとした時には、もう遅かった。


「許可は降りた。存分に泣き叫べ」


私の低い声とともに、モーニングスターが風を切り裂いた。


ゴッ!!


硬質な外殻が砕ける音が、夜風に乗って消えていく。

怪人の八本の脚が、苦痛に悶えて空を掻く。私は、その中心に躍り込み、流れるような動作で腰のホルダーから鉄串を抜き放った。


さあ、仕事の時間だ。


私は、機械のように正確に、そして冷徹に、怪人の急所を狙い定めた。今夜の私は、今まで以上に効率的だ。なぜなら、もう誰に気兼ねする必要もないのだから。

私の瞳には、怪人の姿が、ただの処理すべき「タスク」として映っていた。夜はまだ長い。私は、この街の平和を、私なりのやり方で、徹底的に守り抜いてみせる。



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