あとがき
この物語を最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
主人公、諸星ヒカリ「魔王」の行動は、多くの読者に困惑をもたらしたことでしょう。彼女が実行した「敵文明の生物兵器による完全な機能停止」は、確かに世界を救いました。しかし、その手段は、一般的な「魔法少女」や「ヒーロー」の枠組みからあまりにもかけ離れたものでした。
ここに、ヒカリと、彼女を取り巻く魔法少女・妖精たちの間に生じた、深く埋めがたい断絶があります。
☆平時倫理と戦時倫理の断絶☆
通常の魔法少女たちが拠り所にしていたのは、「平時の倫理」です。彼女たちは、市民生活の延長線上で、正々堂々と、ルールと手続きに従って敵を撃退することを美徳としました。彼らにとって、戦いとは一時的な試練であり、勝利の後には必ず清浄な日常が戻ってくるはずでした。だからこそ、彼女たちは敵を浄化し、元の世界へ送り返すという、甘い処理を許容していたのです。
対して、諸星ヒカリが体現したのは、「戦時の倫理」です。
彼女にとって、戦争は生存競争であり、負ければすべてが失われます。ゆえに勝利こそが唯一の正義であり、そのための効率こそが最高の美徳となります。彼女は、トラップ、毒、魔法のお薬、そして生物兵器の転用という「平時ならば犯罪」となる手段を躊躇なく実行しました。
最終的に、ヒカリが完全な勝利を収めた後、彼女が他の魔法少女たちから「魔王」として恐れられ、避けられたのは、この倫理観のギャップが原因です。
他の魔法少女たちらは、自分たちの美しい理想論や正義の剣が、ヒカリの非情な効率の前では無力であったという現実に直面しました。彼女たちが求めた「綺麗な勝利」ではなく、ヒカリの汚れた手による「完全な勝利」によって平和がもたらされたという事実は、彼らの拠り所を崩壊させました。彼らがヒカリを「魔王」と呼ぶことで、自分たちの理想を守ろうとしたのです。
ヒカリは平時倫理の遵守が敵に再起の機会を与えるという非効率につながることを知っていました。彼女にとって、人類の未来のために敵文明の根絶という「必要悪」を実行することは、最も合理的な選択であり、それこそが最高の守護者の仕事でした。担当妖精や妖精界はその手段に戦慄しながらも、その結果としての恒久的な平和を否定することはできませんでした。
この物語は目的を達成するため、どこまで自身の倫理を犠牲にできるのか?という問いを投げかけています。
ヒカリは、その問いに対する最も冷徹な答えを示したのです。
彼女が永遠の監視者として選んだ道は、人間としての真っ当な幸福を捨て、概念としての「魔王」となることで世界を守り続けるという、過酷な結末でした。
魔王少女シャイニングスターの物語は、ひとまずここで完結となります。
簡単に言うと ヒカリちゃん悪くないもん!
ルールの無い戦争仕掛けてきたのが悪いんだもん!




