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魔法少女 シャイニングスター  作者: 妖精56号 北緯36度東経140度担当
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魔法少女の作成

「報酬の件だが、基本的には成功報酬と、勤続年数に応じたボーナスポイントの二本立てになる。ポイントは後でまとめてカタログギフトのように好きな技術や奇跡と交換できる仕組みだよ」


妖精は空中に光の粒子でグラフのようなものを描き出しながら、流暢に説明を続けていた。


「重要なのは継続性だ。活躍の期間が長く、貢献度が高いほど、こちらの世界の上層部への申請が通りやすくなる。

つまり、若返りや健康といった高コストな願いを叶えるには、それなりの実績が必要になるということさ」

「……どこの世界も、世知辛いね」


私は呆れたように溜息をつき、空になったココアのカップを指先で弾いた。

実績、貢献度、上層部の承認。ファンタジーの住人の口から飛び出す単語がいちいち生々しい。この小さな生物は、おとぎ話の住人のくせに、こちらの社会構造や人事評価システムを驚くほどよく理解しているらしい。

あるいは、高度に発達した文明というのは、魔法だろうが科学だろうが、結局は似たような官僚主義に行き着くという証明なのだろうか。

私は頬杖をつき、少し意地悪な質問を投げかけた。


「入社条件はわかった。じゃあ、退職については?ブラック企業みたいに、一度入ったら死ぬまで抜けられない、なんてことはないんでしょうね」


妖精は心外だと言わんばかりに両手を広げた。

「まさか! 私たちはコンプライアンスを重視している。辞めたくなったら、希望日のひと月前には申告してほしい。急な欠員は防衛網に穴を開けることになるからね。

 できれば、後任の候補が見つかって、業務の引き継ぎが済んでからの方が、円満退社としてポイントの精算もスムーズにいくよ」


私は、思わず乾いた笑い声を漏らしてしまった。

ひと月前の申告。引き継ぎ。円満退社。まるで、どこかの一般企業の就業規則を読み上げられているようだ。世界の命運をかけた防壁としての役割を全うする「仕事」と、そのための「採用」。

そして、その後の「キャリアプラン」と「退職金」。私が引き受けたのは、愛と勇気の冒険などではなく、紛れもなく、そういう類の実務契約だったのだ。

しかし、そのドライさが、今の私にはむしろ心地よかった。熱血や根性論で縛られるよりも、契約と利害の一致で動く方が、余程信頼できる。


「わかった。条件は悪くない。いや、今の私の職場より余程ホワイトかもしれないな」


私は立ち上がり、凝り固まった肩を回した。ゴリ、と鈍い音が鳴る。


「さて、いよいよだ。始めようか」


私は覚悟を決めた。  退屈な日常から抜け出すために。そして、将来の安泰という確実な利益を得るために、この少々面倒で特殊な「副業」をこなす。動機はそれだけの、ごくシンプルなものだ。


妖精は嬉しそうに宙返りをし、私の目の高さで静止した。


「契約成立だね! では、早速アストラル体から魔法少女のボディを生成しよう。これが君の戦闘用アバターとなる」

「アバター、ね」

「そうだ。個人の魂の特性、深層心理、そして潜在能力。それらを解析して、最もパフォーマンスを発揮できる姿が自動生成される。あまり元の性質からかけ離れ過ぎた姿を作ると、同調率が下がって性能を十全に発揮できないからだ」


妖精は、私の手のひらに乗せるように指示した。

私が右手を差し出すと、妖精はその真ん中にちょこんと座り、小さな身体から眩い光を放ち始めた。

温かい、というよりは、少し痺れるような感覚だ。静電気が身体の内側を走り抜けるような、不思議な違和感が指先から腕へ、そして心臓へと流れ込んでくる。


「そうだ、一つだけ君が決めていいことがある。魔法少女としての登録名、コードネームだ。本名で活動する必要はないからね」


光の中で、妖精の声が響く。 コードネーム。私は少し考えた。

凝った名前にする気はない。中二病じみたカタカナ名前を名乗るのは恥ずかしいし、可愛らしい名前をつける年齢でもない。


「……名前」


私の本名は、諸星ヒカリ。諸々の星。光。

親がどんな願いを込めてつけたのかは知らないが、今の私の薄暗い人生には、皮肉なほど似合わない名前だ。


「じゃあ、本名の意味そのままでいいや。『シャイニングスター』で」


私がそう呟くと、妖精は満足げに頷いた。


「シャイニングスター! 輝く星! 素晴らしい名前だ。君の魂の輝きにぴったりだよ!」


私は鼻で笑った。私に最も縁遠い言葉を選んだつもりだったが、この能天気な妖精には通じなかったらしい。まあいい。それはただの識別記号だ。


「では、いくよ。展開!」


妖精の掛け声と共に、光が一気に強くなった。視界が白く染まる。

次の瞬間、私の身体から、何かが「引き抜かれる」感覚があった。痛みはない。ただ、自分の重心が二つに分裂したような、奇妙な浮遊感。


光が収束していく。


私は、リビングの真ん中に立ち尽くしたまま、目の前に現れた「それ」を見ていた。

私の身体から抜け出し、実体化した、もう一人の私。それは、私の姿をベースにしながらも、明らかに非現実的な存在感を放っていた。輪郭が微かに発光し、重力を無視してふわりと浮いている。


その身体は、私の目の前で、高速で形を変えていく。

光の粒子が糸のように絡み合い、衣装を織り上げていく。ベースとなるボディの上に、戦闘服という名のドレスが構築されていく様は、SF映画のワンシーンのようだった。

しかし。細部がはっきりとしてくるにつれ、私の眉間の皺は深くなっていった。


「……おい」


私は低い声で妖精に呼びかけた。


「なんだい? 素晴らしい仕上がりだろう?」

「ま、魔法少女っぽいヒラヒラ感はあるけどさ……なんで色が真っ黒なんだ?」


私が指差したその姿は、確かにドレスを着ていた。フリルもあれば、リボンもあしらわれている。スカートはふわりと広がり、パフスリーブの袖も可愛らしい。

だが、その全てが、漆黒だった。艶消しの黒、光沢のある黒、透け感のある黒。異なる素材感の黒が幾重にも重ねられ、差し色として使われているのは、血のような深い真紅だけ。


「どちらかと言うと、これ……悪の女幹部カラーじゃないか?」


正義の味方が着る色ではない。日曜朝の番組なら、間違いなく物語の中盤で登場して主人公たちを苦しめる、冷酷な敵役の衣装だ。

さらに、顔の造作も多少変化していた。メイクも黒を基調としている。目の周りは黒いアイラインで太く縁取られ、唇には紫がかったルージュが引かれている。

そして、何よりも衝撃的だったのは、その目つきの悪さだった。私の分身体である「シャイニングスター」は、私の方を見つめ返していたのだが、その瞳は鋭く吊り上がり、まるでゴミを見るような冷徹な光を宿していた。


「……ああ、そうか」


私は一人で納得した。私は普段、コンタクトレンズをしている。家では眼鏡だ。

裸眼だと視力が悪く、物を見る時に無意識に目を細めてピントを合わせようとする癖がある。どうやら、このアバターは視力の悪さまで再現しているらしい。その結果、ただでさえ愛想のない顔が、眉間に皺を寄せ、獲物を睨みつける猛禽類のような凶悪な面構えになってしまっているのだ。


「これは……威圧感がありすぎるだろう」


妖精は少し困ったように頭をかいた。


「うーん、個人の深層心理が反映されるからね。君の内面には、意外と攻撃的な部分や、社会に対する反骨心が強くあるのかもしれない……」

「失礼な分析だな」


私は否定しきれない自分を感じながら、さらに視線を下に移した。そして、決定的な違和感に気づき、声を上げた。


「いや、服やメイクは百歩譲っていいとしよう。趣味の問題で片付けられる。でも、あの手に持っている『魔法のステッキ』的な物は、あからさまにおかしいだろ!」


私が指差したその物体。

それは、魔法少女が持つような、ピンク色のハートや、キラキラと輝く星のついた可愛らしい棒では断じてなかった。

分身体の右手には、黒い革の手袋が嵌められており、それが握りしめているのは、太く、武骨な鉄の柄だった。そして、その柄の先には、長い鎖がジャラリと垂れ下がり、その先端には、子供の頭ほどの大きさがある巨大な鉄球が繋がれている。

鉄球の表面には、鋭利なトゲが無数に生えており、部屋の照明を受けて鈍く光っていた。


モーニングスター。その単語が、私の頭の中で閃いた。日本語で言えば、明星。


「……シャイニングスターって、そっちの意味かよ」


私は呆然と呟いた。

それは、魔法を使うための媒体ではない。ファンシーな装飾など一切なく、黒と金の塗装が施されたその質量兵器は、物理で相手の頭蓋を粉砕するためだけに作られた、中世のメイスの親戚だ。

その威圧感は半端ではなかった。まるで、誰かを殺すためだけに存在しているかのような、純粋な暴力の結晶。


「なんだ、これ。これが、私の魔法少女……?」


私は、まじまじとその光景を見ていた。

想像していたような、愛と平和を守る正義の魔法少女ではない。漆黒のドレスに身を包み、凶悪な目つきで周囲を睨みつけ、手には棘だらけの鉄球をぶら下げている。

それは、まるで私の心の奥底に沈殿していた澱、社会への鬱屈、他者への拒絶、そういった「心の闇」を具現化して煮詰めたような、異端の存在だった。


シャイニングスター。輝く星。

だが、その光は、誰かを優しく照らす光ではなく、誰かの希望を打ち砕き、絶望の淵へと叩き落とすための、冷たく硬質な金属の光だった。


「どうやら、私は、とんでもないものを生み出してしまったようだ」


私は、自分の手で顔を覆った。

指の隙間から、もう一人の自分を見る。しかし、不思議と嫌悪感はなかった。むしろ、腹の底からこみ上げてくる笑いを抑えるのに必死だった。

ククッ、と喉の奥が鳴る。「最高じゃないか」私は小さく笑った。

ピンク色のフリルなんて着せられたら、羞恥心で死んでいたかもしれない。だが、これならいい。


この悪役然とした姿なら、何の躊躇いもなく力を振るえる気がする。

この退屈な日常から抜け出すために選んだ道は、私が思っていたよりも、ずっとダークで、ずっと皮肉が効いていて、そして、ずっと面白くなりそうだった。

分身体のシャイニングスターが、私に合わせてニヤリと口角を上げた気がした。その笑顔は、背筋が凍るほどに美しく、そして凶悪だった。


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