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魔法少女 シャイニングスター  作者: 妖精56号 北緯36度東経140度担当
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本物の映像

私の狭いワンルームマンションが、これほど狭苦しく感じられたことはなかった。部屋の空気は淀み、甘ったるい香水の匂いと、微かな静電気のようなピリピリとした不快感が充満している。

私は腕組みをして、壁に背を預けていた。視線の先には、私の担当である妖精が、しなしなになった野菜のようにテーブルの端で萎縮している。その顔色は土気色で、見ているだけで胃が痛くなりそうだ。


そして、その周囲を取り囲むように、見慣れない三匹の妖精が浮遊していた。彼らは、私の担当妖精よりも一回り体が大きく、身につけている装飾品も派手だった。光り輝く羽衣のようなものを纏い、手にはクリスタルのような記録媒体を持っている。彼らの表情には、現場を知らないエリート特有の傲慢さと、歪んだ使命感が張り付いていた。

彼らは口々に、甲高い声で議論を交わしている。


「報告書は見せてもらいましたが、これは由々しき事態ですよ。毒? 不意打ち? そんなものは魔法少女の戦いとは言えません!」

「そうですとも! 我々妖精界の広報部としては、もっとこう、夢と希望に溢れる映像が必要なんです。これではニュースにもなりませんし、子供たちの情操教育にも悪い」

「敵の人権……いえ、敵性アストラル体の尊厳というものを考慮すべきです。彼らにも家族がいるかもしれない。そういった背景を想像させるような、ドラマチックな展開こそが求められているのです」


私は、あくびを噛み殺しながら、その茶番劇を眺めていた。


なるほど。


私の担当妖精が「上層部の視察団が来る」と震えていた理由はこれか。私は、担当妖精に向かって顎をしゃくった。


「へぇ。敵の人権や戦いの正統性を、安全な場所から高らかに語るわけか。随分と立派な肩書きをお持ちのようだが、要するにメディア関係者さんってことだね?」


私の皮肉のこもった言葉に、担当妖精は泣きそうな顔で小さく頷いた。


「……本部の、広報局と監査部の視察団だ。君の戦闘スタイルがあまりにも……その、過激すぎるという噂を聞きつけて、直接指導に来たんだ」

「指導、ね」


私は鼻で笑った。

現場で血反吐を吐いたこともない連中が、冷暖房完備のオフィスで考えた理想論を押し付けに来たわけだ。どこの世界でも、組織の構造的欠陥というのは変わらないらしい。

リーダー格と思われる、鼻眼鏡をかけた妖精が、私の前に進み出てきた。


「シャイニングスター君。君の実績は認めるが、やり方が美しくない。我々が求めているのは、単なる害虫駆除ではないのだよ。『正義の執行』というパフォーマンスなのだ。君には、もっと正統な魔法少女としての振る舞いを要求する」


彼は、私のモーニングスターを軽蔑するような目で見やりながら言った。


「まずは名乗りを上げること。そして、敵と正々堂々と対峙し、技と技をぶつけ合い、最後は浄化の光で美しくフィニッシュする。これこそが、我々や民衆の望む『絵』なのだよ」


私は、彼らの言葉を静かに聞いていた。

反論は簡単だ。効率が悪い、リスクが高い、そんなことをしていたらお前たちの世界が滅びるぞ、と。

だが、言葉で説明して理解できるような連中なら、最初からこんな視察には来ないだろう。彼らは、自分の頭の中にある「美しい物語」に酔っているだけだ。


ならば。


私は、ゆっくりと腕を解き、口元に薄い笑みを浮かべた。


「……分かった、いいよ」


私の急な態度の軟化に、視察団の妖精たちは一瞬キョトンとした。


「お望み通りにしてあげる。今回は、毒も不意打ちもなしだ。君たちが理想とする、正統な魔法少女の戦いをしようじゃないか」


リーダー格の妖精が、パッと顔を輝かせた。


「おお! 分かってくれたか! やはり君も、心の底では正義を愛する乙女だったのだね!」

「ああ、もちろんさ」


私は、にこやかに頷いた。聴覚の隅で敵の出現を知らせるノイズがかすかに聞こえる。


「ただし」


私は一歩踏み出し、リーダー格の妖精の目の前に顔を近づけた。


「せっかくの『美しい戦い』だ。広報担当の君には、特等席で見せてあげるよ。臨場感あふれるレポートを期待しているからね」

「えっ?」


妖精が困惑の声を上げるのと同時に、私は動いた。

目にも留まらぬ早業で、自分のドレスの腰に巻かれていた黒いリボンを解く。そして、空中に浮いていた妖精を素手で鷲掴みにした。


「な、なにを……!?」

「特等席だよ」


私は、妖精を自分の胸元、ちょうど心臓のあたりのドレスの装飾に押し付け、リボンでぐるぐると巻き付けて固定した。

それはまるで、赤ん坊を抱っこ紐で固定するような、あるいは人質を盾にするような格好だった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私は記録係で……!」

「記録するなら、一番近くが良いに決まってるだろう?」


私はリボンをきつく結び上げ、ニヤリと笑った。


「離れるなよ。振り落とされたら死ぬからな」


私の胸元で、妖精がジタバタともがくが、私の拘束は解けない。他の二匹の視察団は、あまりの事態に言葉を失い、担当妖精だけが「あぁ……」と顔を覆っていた。

私は、インカムを装着した。


「さあ、出撃だ。正統派魔法少女シャイニングスター、行きます」


その夜のターゲットは、湾岸エリアの建設予定地に現れた。

埋め立て地の荒涼とした大地に、冷たい海風が吹き荒れている。そこに立っていたのは、巨体だった。


熊だ。


グリズリーを二倍の大きさにして、全身に鋼鉄のような剛毛を生やした怪物。身長は四メートル近いだろうか。

その太い腕は丸太のようで、鋭い爪はショベルカーのバケットほどもある。口からは灼熱の蒸気を吐き出し、その咆哮だけで周囲の空気がビリビリと震えていた。


アストラル体の視界で見ると、その怪物の周囲には、赤黒い怒りのオーラが渦巻いている。純粋なパワータイプ。物理攻撃力の塊だ。

普段の私なら、迷わず遠距離から毒矢を撃ち込み、動けなくなったところを背後からタコ殴りにしていただろう。所要時間三分、ノーダメージで終わる案件だ。


だが、今夜は違う。


私は、怪物の正面、十メートルほどの距離に降り立った。

胸元に縛り付けられた妖精が、ヒッと息を呑む気配が伝わってくる。怪物の巨大さと、放たれる殺気に圧倒されているのだろう。


「さあ、見ていろ。これが君たちの望んだ『正々堂々』だ」


私は、モーニングスターを構えた。鎖は伸ばさない。接近戦用モードだ。私は大きく息を吸い込み、腹の底から声を張り上げた。


「そこまでよ! 愛と正義の魔法少女、シャイニングスターが相手になるわ!」


夜の埋め立て地に、私の白々しい名乗りが響き渡る。怪物が、ゆっくりとこちらを向いた。

その瞳が赤く輝き、獲物を見つけた喜悦に歪む。


「グオオオオオオオッ!!」


鼓膜を破らんばかりの咆哮。胸元の妖精が「ひぃぃ!」と悲鳴を上げ、私の服を必死に掴んだ。

怪人が、地響きを立てて突進してくる。その質量は、走るダンプカーそのものだ。


「来るぞ」


私は逃げなかった。隠れなかった。真正面から、迎え撃つ。

怪人が、その巨大な腕を振り上げた。風を切り裂く音。私は、モーニングスターを盾のように掲げ、その一撃を受け止めた。


ドガアアアアッ!!


金属と肉体が衝突したとは思えない、爆発のような衝撃音が炸裂した。私の足元の地面が、衝撃でクレーターのように陥没する。

アストラル体である私の肉体に、きしみのような負荷がかかる。痛みは鈍いが、脳が揺さぶられるような強烈な衝撃が全身を駆け巡った。


「ぐっ……!」


私は歯を食いしばり、踏ん張った。 胸元の妖精は、衝撃で目を回しかけている。だが、まだ終わらない。

これが「受け止める」ということだ。回避すればノーリスクだが、真正面から戦うということは、敵の質量とエネルギーを全て自分の体で処理するということだ。

私は、衝撃を逃がしながら、モーニングスターを押し返した。


「はあっ!」


怪人の腕を弾き返し、懐に飛び込む。モーニングスターを振り抜き、怪人の脇腹を殴打する。


ゴッ!!


手応えはある。だが、怪人の筋肉は分厚いゴムのように衝撃を吸収してしまう。一撃では倒れない。

怪人は痛みに唸り声を上げながらも、即座に反撃してきた。反対側の腕による、横薙ぎの一撃。私は、それを紙一重でかわさなかった。

あえて、肩で受けるような動きを見せつつ、最小限のダメージでいなす。


バシィッ!


衝撃で体が吹き飛ばされそうになるのを、気合いで堪える。胸元の妖精が、絶叫した。


「あ、危ない! 避けて! もっと距離を取って!」

「馬鹿を言うな! 逃げ回っていたら『絵』にならないだろう!?」


私は叫び返し、血の味のする唾を吐き捨てたアストラル体で構成された血混じりの唾は空気に溶け込むようにして消えてゆく。


殴り合いだ。泥臭く、非効率で、野蛮な殴り合い。


私は再び突っ込んだ。  怪人の爪が私のドレスを切り裂く。頬をかすめ、視界が明滅する。

私はお返しとばかりに、鉄球を怪人の顔面に叩き込む。


ゴシャッ!


怪人の鼻が潰れ、黒い体液が噴き出す。その飛沫が、私と、そして胸元の妖精に降り注ぐ。

熱い。生臭い。そして、おぞましい粘度を持った、敵が死ぬまで消えはしないアストラル体の血液。


「いやぁぁぁあ! 汚い! 何これ、何これぇぇ!!」


妖精が半狂乱になって叫ぶ。だが、私は止まらない。

怪人は発狂したように暴れまわる。爪を振り回し、噛みつき、体を押し付けてくる。私はその全てを、正面から受け止め、ねじ伏せていく。


ゴッ、ガッ、ズドン。


鈍い音が延々と続く。一撃で急所を突けば終わる戦いを、わざと長引かせているわけではない。正面から「正々堂々」と戦うというのは、こういうことなのだ。敵の体力を削り切り、心を折るのではなく、肉体を破壊し尽くす消耗戦。

私の体も限界に近い。アストラル体の維持魔力が、激しく減少していくアラートが脳内で鳴り響いている。

だが、私は笑っていた。口元を歪め、凶悪な笑みを浮かべながら、モーニングスターを振るう。


「どうした! もっと良いアングルで撮れよ! これが感動のスペクタクルだろ!?」


私は、怪人の腕を鎖で絡め取り、強引にねじ切った。


ブチブチブチッ!!


筋肉繊維が断裂する嫌な音が、妖精の耳元で響く。


「ギャアアアアアッ!!」


怪人の絶叫。妖精の悲鳴。それらが混ざり合い、戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

私は、怯んだ怪人の頭を蹴り飛ばし、仰向けに倒れ込ませた。そして、その腹の上に飛び乗る。


「終わりだ!」


私は、モーニングスターを高く振り上げた。何度も。何度も。何度も。


ゴッ! グシャッ! ベチャッ!


怪人の顔が原型を留めなくなり、ただの黒い肉塊に変わっても、私は手を止めなかった。飛び散る体液が、私の黒いドレスを濡らし、胸元の妖精を真っ黒に染め上げていく。


開始から二時間後、戦いは終わった。

私は、息絶えて消滅しかけている怪人の残骸の上に、静かに立っていた。肩で息をしている。全身が鉛のように重い。アストラル体のダメージフィードバックで、現実の肉体に戻ったらひどい筋肉痛と倦怠感に襲われるだろう。

私のドレスはボロボロに裂け、全身が靄となって消えてゆく敵の黒い体液でコーティングされていた。モーニングスターのトゲの間には、肉片が詰まっている。


私は、ゆっくりと視線を落とした。胸元に縛り付けられたままの、メディア関係の妖精を見る。

彼は、もはや叫ぶ気力すら失っていた。顔面蒼白どころか、魂が抜けたように白目を剥きかけ、口からは泡を吹いている。美しい羽衣は黒い体液で汚泥のようになり、自慢のクリスタルもひび割れていた。

私は、彼を縛っていたリボンを解いた。妖精は、力なく私の手の中に落ちた。


「……おい」


私が声をかけると、妖精はビクリと痙攣し、虚ろな目で私を見上げた。


「どうしたの? 感想を聞かせてくれよ。これが、アンタが求めていた、命懸けの、正統で、美しい戦いだろう?」


妖精の唇がわなないた。彼の目に映っていたのは、正義のヒロインではない。返り血を浴び、ボロボロになりながら、敵を撲殺した修羅の姿だ。

魔法の光も、美しい奇跡もない。あるのは、暴力と、痛みと、死の臭いだけ。


「……あ……あ……」


妖精は、言葉にならない声を漏らした。その瞳には、根源的な恐怖と、そして、どうしようもない絶望が滲んでいた。

自分が安全な場所から要求していたものが、いかに残酷で、いかに無責任なものであったか。それを肌で理解したのだ。


「何を、平和ボケした甘さを持っていたんだ?」


私は、冷たく言い放った。


「毒を使えば三分で終わった。私も無傷、お前も汚れずに済んだ。敵も一瞬で意識を失った。だが、お前はそれを否定した。その結果がこれだ」


私は、周囲の惨状を指差した。アストラル体で構成された地面はえぐれ、周囲のコンテナはひしゃげ、あたりに消えつつある血と肉片が散らばっている。


「泥臭い殴り合いが美しいだって? 現場を知らない素人の妄言だ」


妖精は、ガタガタと震え出した。涙が、黒く汚れた頬を伝って落ちる。


「……ごめ……なさい……」


蚊の鳴くような声だった。


「……ごめんなさい……もう、言いません……」


私は、そんな妖精を、鼻で笑った。


「まあ、いいさ。実体験を通して、尚、私のやり方を批判するなら、好きにレポートを書けばいい」


私は、手の中の妖精を、空中に放り投げた。遠くで待機していた担当妖精が、慌てて飛んできて彼を受け止める。

担当妖精は、私に向かって深く一礼した。その顔には、「よくやってくれた」という感謝の色が見えた気がした。

私は、踵を返した。


「どうせ、お前たちのような温室育ちには、この戦いの真実なんて、一生かかっても理解できないんだからな」


私は、モーニングスターを肩に担ぎ、荒廃した埋め立て地を後にした。足取りは重いが、気分は悪くなかった。私は、この戦いで、目の前の敵だけでなく、背後から無責任な声を上げる「味方」にも勝利したのだ。

彼らはもう二度と、私のやり方に口を挟まないだろう。口では「正統性」を語りながらも、実際には、私の効率的な戦い方によって、その身が守られていたことに気づいたはずだ。


汚れるのは私だけでいい。その代わり、口出しはさせない。私は、夜風に吹かれながら、小さく呟いた。


「さて、本体に帰ってシャワーを浴びないと。……明日の仕事、休みたいなぁ」


それは、今日一番の本心からの言葉だった。

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