特訓。
「嘉隆っ。朝ごはんは何が食べたい?」
(何なんだ・・・そんな顔で、そんな話し方されたら・・・。)
破壊力バツグンな零の言動に、嘉隆はドキドキさせられている。
「れ、零。」
「なぁに?」
零は、微笑みながら首を傾ける。
「そ、その・・・その話し方は?」
「だから〜、可愛く話す練習。」
「そ、そうか。・・・で、でも何でまた突然?学校で誰かに嫌味でも言われたか?」
「違うよ・・・バカ。」
零は、小さく呟くと、照れた様に俯いた。
(私は嫌味を言われたくらいでは、話し方を変える努力をしないのくらい分かるだろ。)
「じゃぁ何で?」
嘉隆は、このまま可愛く話されると、色々まずいと焦っている。
なんとか理由を突き止め、辞めさせようと必死に考える。
「秘密。」
顔を赤くして、俯き、膝を抱えながら言う零を見て、嘉隆はドキドキが止まらない。
「そ、そうか。」
「・・・変?嫌?」
零は、嘉隆に向き直り、少し寂しそうに問いかけた。
「・・・変・・・じゃない。嫌・・じゃない。」
「良かったー。」
零はニコッと微笑んだ。
「朝ご飯作るね。何がいい?」
「零、疲れてそうだし、すぐできるのでいいよ。」
「そ、そうか。」
零は思考をめぐらす。
「話し方が戻ってるけど?」
「ゔっ。考え事をしようとすると、話し方まで気が回らなかった。」
「あはははっ!」
嘉隆は、元に戻った零を見て、安堵の表情を浮かべる。
「わ、笑うなよ。」
零は、少し寂しそうに俯いた。
「わ、悪い。」
嘉隆は、戸惑っから解放された安心感で、つい笑ってしまった自分に反省した。
「そ、その。元に戻ったら言ってほしい。私、頑張ってみたいから。」
「お、おぅ。」
嘉隆は、また可愛いモードに入った零に、ドキドキしながらぎこちなく答えた。
「じゃぁ、朝ご飯、作るね。」
零は、嘉隆に微笑むと、立ち上がりキッチンに向かった。
(零・・・どうしたんだ・・・このままでは非常にまずい。この心の中の気持ちに気付いてしまった上に、突然あんなに可愛く振る舞われてしまったら・・・抱きしめたい・・・抱きしめて、頭を撫でたい・・・あー!!!頭がおかしくなりそうだ!)
嘉隆は、目を見開き、零を見つめている。
振り向いた零は、嘉隆の様子がおかしくなっているのに気づいた。
「よ、嘉隆?どうしたの?顔が少し恐いよ?」
不思議そうに、嘉隆を見つめる。
嘉隆は、我に返ると顔を伏せた。
「い、いや。何でもない。」
顔を伏せたまま、嘉隆の混乱した頭の中は、ぐるぐると渦を巻く台風の様に荒れている。
(ダメだ。零の全てが可愛い。可愛いすぎる!見られない。目を合わせられない・・・いやっ、ダメだ。零の性格上、やると決めたら辞めないだろう・・・慣れなければ。)
嘉隆は俯きながら覚悟を決める。
カタっ。
テーブルにものを置く音で、嘉隆は顔を上げた。
「・・・わぁ!」
顔を上げると、零の顔が至近距離にあり、嘉隆が思わず叫ぶと、零も少し驚いた様子で、距離を取った。
「ど、どおした?」
嘉隆は、ごまかす様に問いかけた。
「ずっと下向いてるから、どうしたのかと思って。体調悪いの?」
「だ、大丈夫。いたって健康だ。」
「・・・そう。」
零は少し顔を赤くして、呟いた。
ハッとした様に、零はテーブルに視線を移した。
「そうだった。ご飯できたよ?
お茶漬けにしてみた。」
「あ、ありがとう。」
変な空気の中、二人はいただきますをして、食べ始める。
「えっ?!何だこれ!」
嘉隆は目を輝かせながら零を見た。
「お茶漬けだけど・・・美味しくなかった?」
零は不安そうに問いかける。
「うまい!お茶漬けってお茶かけるだけじゃないのか?!」
「・・・良かった。」
嘉隆が喜んでいるのを見て、零は嬉しそうだ。
「出汁茶漬けだよ?お茶の代わりに出汁をかけたの。」
「なるほどな〜。」
嘉隆は、目を輝かせて器の中を見つめる。
出汁をかけたご飯の上に、皮がパリッと焼かれた鮭がのっている。
「おかわりあるよ。」
零は、嬉しそうに微笑む。
「本当か?!」
嘉隆は、嬉しそうにお茶漬けを流し込んだ。
「ごちそうさま。」
嘉隆は満足気に立ち上がり、キッチンで洗い物をしている零に食器を手渡した。
「うまかった。」
嘉隆が笑いかけると、零は嬉しそうにする。
「良かった。」
微笑む零を見て、嘉隆はまた、ドキッとさせられた。
朝食の後、二人はベッドに背をもたれに、並んで読書をしている。
英語で書かれた、論文の様な本。
二人の通う学校で、理解できるのはこの二人くらいだろうか。
「なぁ、零。」
「この仮説、面白くないか?」
嘉隆は、呼んでいた本を零に差し出した。
零は、自分の読んでいた本を閉じ、嘉隆の本に目を移した。
零は、本を持たずに、嘉隆の持つ本に顔を近づけている。
自然に距離が近づく。
「・・・。」
嘉隆は、零の髪の香りにドキッとしている。
「確かに。面白いな。」
零が嘉隆の顔の方を向くと、顔と顔の距離がものすごく近い。
「・・・。」
二人は見つめ合ったまましばらく固まった。
「は、話し方が戻ってたぞ。」
嘉隆は、顔を赤くして、零と反対側に顔を向けた。
「そ、そうだね。考え事をすると元に戻っちゃう。」
零も顔を赤くして俯いた。
幸せで甘酸っぱい様な空気に耐えかねた嘉隆は、立ち上がり零を見た。
「零、買物行こうか。」
「うん。」
(うんって言って微笑むなよ・・・可愛い・・・耐えられずに「買物」というカードを早くも切ってしまったが、まだ午前中。俺の精神は今日1日持つだろうか・・・。)
いつもと変わらない週末。
二人は毎週、買い出しに一緒に出かけている。
変わったのは、二人の心。
それから、零の振る舞い。
近づいた様な離れた様な二人は、
可愛く話す特訓と可愛く話す零に耐える特訓に1日中励むのだった。




