報復は諦めない。
「う〜ん!ちゃんとした晩御飯を食べると朝が清々しい!」
嘉隆は、玄関の前で大きく伸びをした。
ガチャ。
向かいのドアがあき、零が顔を出した。
「玄関前でうるさいぞ。」
「あっ、すまん。
零、おはよう!お前のおかげで朝が清々しい!」
「そ、それは良かった。」
零は照れた表情で、小さなカバンを差し出した。
「あー、荷物だな。」
嘉隆は、手を伸ばして受け取ろうとする。
「ち、違う!」
零は顔を赤くしている。
「じゃあ何だ?」
「べ、弁当だ。」
「あー!ありがとう!本当に作ってくれたんだな!」
嘉隆は嬉しそうに受け取った。
「わ、忘れていた。」
荷物持ちの事を思い出した零は、カバンと自分の弁当も差し出した。
「任せろ!」
嘉隆はなんだか嬉しそうだ。
二人は学校へ向かって歩き出した。
「嘉隆。」
「何だ〜?」
「お前は荷物を持たされているのに、何でそんなに嬉しそうなんだ?」
「えっ?別に荷物くらいいつでも持ってやるよ。それより、弁当が嬉しい!」
嘉隆はまた、いつもの笑顔を零に向ける。
「そ、そうか。」
「何だろうな〜。確かに、今考えると、この荷物が例えばクラスの他の女子のだと思ったら、不愉快だ。」
「そ、そうか。」
零は、少し嬉しそうだ。
「さっきからそうかばっかりだぞ?」
「そうかしか出てこないだけだ。」
「あはははっ。そうか。」
「おはよー!」
「おはよう!」
学校に着くと、おはよう地獄が二人を襲う。
やっとの思いで教室に着くと、今度は
クラスメイト達が二人を囲む。
二人は疲れていたが、王子様と姫を演じる。
そして、一人の生徒が嘉隆の持つ弁当に気付いた。
「あー!本当に弁当だ!」
「いいだろ〜。」
嘉隆は嬉しそうにする。
「羨ましぃ〜。そうだ、晩御飯の写真は?」
嘉隆は晩御飯の写真を撮り忘れた事に気付いた。
「あっ。」
「九鬼、まさか写真撮り忘れたのか?」
「・・・すまん。」
「えー!見たかったー!」
女子生徒達も残念そうだ。
「別に見るほどのものじゃない。
ただの肉じゃがだ。」
零は恥ずかしそうにしている。
「うまかったなー!」
嘉隆は思い出した様に呟く。
朝から二人はクラスメイトに囲まれ、ぐったりとして授業にのぞんだ。
キーンコーンカーンコーン。
そして長い授業が終わり、昼になる。
嘉隆は念願の弁当の蓋を開ける。
「おー!うまそう!」
嘉隆は無邪気に喜んでいる。
「すごーい!これ全部手作りじゃないの?」
女子生徒達は、嘉隆の弁当を覗き込む。
「一応、手作りだ。」
「すごいねー。」
褒め称えられて、零は恥ずかしそうにしている。
嘉隆と零は、並んで同じ弁当を食べる。
零は、チラチラと嘉隆を見ている。
(私の作った弁当をこんなに嬉しそうに食べてくれている・・・なぜだろう、すごく嬉しいのは。)
零は不思議な気持ちが何なのか考えていた。そして思い出した。
(そんな事はどうでもいい!今日こそ嘉隆に一泡吹かせる。精々油断していろ嘉隆。)
嬉しそうに弁当を食べる嘉隆を見ながら、零は報復を決意したのだった。
そして、玄関の前。
「嘉隆、今日は少ししたら来てくれ。」
「分かった。今日も楽しみだ!」
(ふっふっふ。その無邪気な笑顔もどこまで持つかな?)
報復を目論む零に気付かず、嘉隆はまた着替えたいのだろうと、一旦家に帰った。
ピンポーン。
「入って大丈夫だ。」
嘉隆は、ドアを開け零の部屋に入り、昨日座っていた所に座る。
「今日はちゃんと着てるな。」
嘉隆は安心した様子だ。
「今日は、カッターシャツにしてみた。
どうだ?」
「可愛いと思う。」
「うっ。」
零は、照れて普通とか言われると思って聞いたのに、褒められて照れている。
(しまった。私としたことが・・・こいつはこう言う奴だった。)
「うっ、て何だよ。似合ってるけど?」
「ありがとう。」
嘉隆は、やけに素直に照れる零に、少しドキッとした。
二人は零の作った晩御飯を食べて、ぼーっとしている。
「零、今日もうまかったー。ありがとう。」
「それは良かった。」
「じゃあ明日も学校だし、帰るかな。」
「嘉隆。」
「ん?」
「そ、その。お願いがある。」
「何だ?こんなに幸せな気分にしてもらったんだ、できる事はするぞ?」
「肩をもんで欲しい。」
「お前、肩こりするのか?」
「む、胸が重くて。」
「そ、そうか。」
嘉隆は、顔を赤くして、俯いた。
その姿を見て、零はニヤッとする。
「嘉隆。」
「な、何だ?」
「昨日の事なんだが。」
「き、昨日?」
「お前が私を辱めようとした件だ。」
「あれは・・・」
「反省しているか?」
「・・・反省してる。」
「な、なら。」
零はカッターシャツのボタンを外しだした。
「お、おぃ!」
嘉隆は焦っている。
「心配するな。肩を出すだけだ。」
「な、なんで?」
冷静さを無くした嘉隆は、知的に接してきた仮面が剥がれかけている。
「肩、もんでくれるんだろ?」
カッターシャツをめくり、肩をはだけた零は、恥ずかしそうやな表情で嘉隆を見た。
(こ、こいつ・・・これは報復なのか?それとも切実に肩をもんで欲しいのか、どっちだ!)
嘉隆は戸惑っていた。
零は、カッターシャツの下は下着の様だ。
はだけた肩には、下着がかかり、隠しているつもりなのか、そうでないのか、胸元が見え隠れしている。
(ダメだ!これは・・・いや、頑張って晩御飯も弁当も作ってくれたんだ!恩返ししないとな。)
嘉隆は、立ち上がり零の後ろに絶った。
(こ、ここからの景色は・・・非常に不味い。)
「れ、零。」
「何だ?」
(焦ってる、焦ってる。楽しいー!)
嘉隆から見えない所で、零はニヤニヤとしている。
「髪、前にしろ。」
「あぁ。」
髪を束ねる様にして、背中から髪を避けた。
「い、いくぞ。」
「あぁ、頼む。」
「・・・あっ。」
(こ、こいつ。変な声出しやがって!きつい!きつすぎる!これは男にとって拷問だ!零の肌・・・白くて綺麗で手触りが・・いかん、いかん。集中、集中。)
10分程たっただろか。
嘉隆は、もう限界を迎えていた。
「れ、零。」
「手、疲れた?」
零は振り返って、横目で嘉隆を見ると、申し訳なさそうにする。
「手は大丈夫だ。ただ。」
「ただ?」
「その。煩悩が。」
「肩を揉んでいるだけだろ?」
「い、いや。男には色々あるんだ。」
「具体的には?」
零は内心楽しみながら、気づかないふりをして、嘉隆に報復し続ける。
「いや、その、まず肩と言えども、お前の肌に俺は触れている。既にきつい。
そして、ここからはお前の胸元が・・・しかも、下着だし。」
少し黙って考えている風を装い、零は、わざとらしく胸元を隠す。
「す、すまない。」
零の言葉は棒読みにも関わらず、平常心を失った嘉隆は、報復である事に気づかない。
「い、いや。どうだ?少しは楽になったか?」
「・・・あぁ。ありがとう。」
零のありがとうには、もちろんかなりこっていた肩をもんでもらえたことも含まれていたが、一番は、報復成功!楽しい時間をありがとう!だった。
「そ、それなら良かった。
俺はそろそろ帰るぞ。」
「うん。ありがとう。」
零は恥ずかしそうに嘉隆を見た。
「じゃ、じゃあまた明日。」
「また明日。」
零は、微笑みながら手を振り玄関で嘉隆を見送った。
(やった!やったぞ!今日は!今日こそは私の勝ちだ!見たかあの焦った顔を!あー!勝利の味とはこの事なのだな!
私は気付いたのだ!報復宣言をするから気付かれるんだと。
気付かれる事なく報復を楽しむ・・・我ながら中々の作戦だった。)
一瞬喜びが溢れ出した後、零は冷静になった。
(まて、私は何故こんな事をしているんだ?・・・風呂に入って寝よう。)
零は、自分の事が分からなくなっていた。
報復は成功したが、何だが不思議な気分だった。
「私は・・・何がしたいんだ?」
ベッドに横になり考え込む零だった。




