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第二章 白鷺 ♯03


「現在世界中で運用しているUAVは皆第16世代AI以降を搭載している。そのAIを搭載するための半導体は

当時から欧州の一部、中国、アメリカのみで生産されていた」

海堂は古いタブレットに目を通しながら誰に語り掛けるでもなく淡々と喋る。

「日本でもUAVを配備したいため独自で開発しようと試みたがどうしても生産に成功することが出来ない。

そこで日米安全保障条約を盾に一度アメリカに”なんとか融通してもらえないか”と外交ルートで尋ねたことがあってね。

するとアメリカはこう言ってきた」

「・・・・・・・・・・・なんとおっしゃったのです?」

司令官室の応接席で司令官と向かい合った小紫と榊原は朝食のパンのようなものを口にしながら訪ねた。

「ナイスジョークってな」

「はぁ・・・・」

気のない返事を小紫は口にした。

「いやビックリしたよ。これが本場のアメリカンジョークってやつかぁ~ってな」

海堂は笑いながらカンズメを開け始めた。

小紫が配給してもらったものと同じものである。

「しかし、日本だって負けちゃいないさ。カゲロウを始めとした生体技術を利用した兵器開発に成功した。

これはこっちがリードしている。アメリカも中国もこっちのカゲロウほどの代物は完成させちゃいない。

もっとも、医療関係者からは人権冒涜なんて言われてたがね」

榊原はそう言いながらパンのようなものに、ジャムのような異様な色のモノを塗り付け、口にした。

「ううぅ・・・相変わらずすごい味だ。この味はここでしか味わえないからな」

「榊原さん、なんですかそれ、その毒々しい色味の物体は」

小紫が怪訝な顔しながらそれを指さすと榊原はずいッとそれを目の前へと突き出した。

「小紫監査官もどうぞどうぞ、これ、ここでしか食べられない食用バッタのペーストですよ。意外と栄養価が高いんですよ、これ」

目の前に差し出されたモノを小紫は両手でやんわり押し返す。

頭の中には子供の頃見た異常繁殖したバッタの大群の教材映像がリフレインする。

高温環境の現在においてバッタはみごとに適応し、

異常なまでの繁殖力を見せて今や疲弊した人類の貴重な栄養源として重宝される。

が、それはあくまで地上を生きる者たちの話。小紫達のようなシェルターでの人間は大豆などを中心としたバイオロジー肉等を食すため

まだまだ縁遠い話だった。

「まあまあ、ところでそのUAVなのだがどうも日本でも開発に光明が見えて来たそうで来年にはプロトタイプを作るとかなんとか」

小紫はその言葉を聞いて目を輝かせ嬉々とした。

「素晴らしいじゃないですか!それが完成すれば此処の子供達も危険な目に合わせることも無くなります。

このゼロ基地だって予算さえ下りれば改修工事をして半無人化も―――」

「だと、思うでしょ小紫監査官?」

榊原はニヤリと笑みを浮かべてそう言い放ち、ジャムが付いた指を舐める。実に卑しい。

海堂はカンズメを空け終わると小皿にそれを取り分け小紫に差し出し、呆れた声で言う。

「だがゼロ基地の子供達は当面そのままだ。それどころかこのゼロ基地のシステムを他国が模倣したという情報が流れてきている。

つまり、ここでやっていることは案外理にかなっている、とね」

「どうしてですか?!国際的にも命を、子供を、軽視するこのゼロ基地のシステムは非難されてしかりなのに!」

小紫は海堂に食って掛かるがすぐに横槍が入る。

「それがあなたの恩師の構想設計であってもですか?小紫監査官、ククッ」

「それはっ・・・」

小紫は言葉に詰まる、それを海堂はやれやれと言った様子で再び話を戻す。

「まず、UAVってのは莫大な金がかかる。その機体のみならず、それを支援するためのシステムからクラウドコンピューティング。

バックアップ施設に製造工場、おまけに管轄する空母ないしは基地、しかもそれらはまだ不安要素や不確定要素を拭いきれていないと来て、挙句は人材不足だ」

海堂は指令席に深く腰掛け大きくため息をつく。

「今となってはアメリカを始めとした大国がどのような運用をしているのか見当もつかん。それに比べこのカゲロウはまだ救われる部分が

多いという事だ」

カゲロウと言うフレーズを聞いて小紫がハッとする。

そう、彼女には追求しなければならないことがあると。

「そうです海堂司令官。まだ不確定情報ですが、ここの隊員達の女性・・・つまりは女の子は妊娠すればシェルターに

戻れるという噂を聞きました。という事はつまりここでは法令違反にもなる不純な男女の交わりが陰ながら―――」

「―――容認しているんだよ、ウチも・・・そして国もね」

「なんですって・・・?!ちょ・・・ちょっと何なんですか一体、昨日からずっと、ここは人権や法律というものを軽視し過ぎなのでは?!

これが、国の機関ですよ?!世界が荒廃しても、コンプライアンスは順守されしかりであり、一昔前は」

小紫がこの件について噛みついてくるのは解っていたのか、海堂指はある資料を一枚提示した。

「これは、ここに来る子供達の契約書だ。大事なのはこの三項目、読んでみてみるといい」

小紫は眼前に突きつけられた誓約書をひったくる。

そこには、親子や見届け人のパーソナルデータ記入欄の他、読むにはルーペが必要不可欠な規約一覧、そして

下の方に大きな項目が三つ記載されていた。


――――又、国家奉仕ユースプログラムは以下の理由により即時修了となる。

1.外縁領域での支援活動が一時的に終了した時、またはそうみなした時。

2.本人の保護者、もしくは後見人等が本機関の支援金及び特別供託金(支援金の30%)の返納があった時

3.本人の年齢が任期満了の18歳に達した時。

  ※例外として、当該の女子に懐妊が認められた場合は国家財産保護プロジェクト特別法案により即時修了する。


「国家財産保護法案・・・!」

それはこの世がディストピアになり果てた頃、政府で取り急ぎ成立した法案である。

国家における財産的価値のある物(または者)を保護し、そして保全しなくてはならない事が全般に書いてあるのだが

そこにある項目が記載されている。

―――妊婦並びその胎児、そしてその新生児(5歳まで)は無条件で保護され、生活保全を約束されなければならない。

「監査官、人は資源である以前にまず、”財産”であるんですよ」

「国民を”国家の財産”であるというのは良いとしても、未成年者の姦淫を容認するなんて考えられない!」

「―――559人!」

三人のいる応接チェアーの後ろから突然突拍子もない声が掛けられた。

昼食を挟んでの3人の論争に待ったをかけたのはいつの間にかドアを開けて聞きいていた境だ。

「去年、この日本で生まれた人間の数です。しかもこれは地上生まれた人間の数は推定で含まれている。

あくまで申告制の為確認のしようもありませんからね。

つまりはこの数字は有る意味希望的数値でありこれを下回る事があっても上回ることは無い」

「でも、それでも―――」

「容認しているのはあくまでルールの上です。

1,両者の合意がある事。2,成人していない事。3,他者を絶対に配慮すること。4.満13歳以上である事。

大きく分けるとこんなもんですが、ちなみに大人が少しでも手を出すと特別懲罰が待ってますからね」

境はまるで他人事のように淡々と述べる。

小紫はこの基地の次から次へと飛び出る奇想天外な事実に思わずため息をついた。

境は段ボールを抱えながら中へ入ると先程は陰に隠れ見えなかった少女が続けて入ってくる。

見るからに幼き少女は何かを携えて部屋の中に入ってきた。

「境整備長・・・その子は?」

「ああこの子は”ひより”です。私の娘です、まあ飾りだと思って気にしないで」

ツインテールに少し油にまみれた服を着た幼き少女はその体躯には不釣り合いなバールを持っていた。

「まさか・・・ですよね?」

小紫は意味深な主語の無い疑問を投げかけ、境も流石に苦笑いする。

「当たり前でしょうに、この子は7歳ですよ」

「でも、早ければ8歳でも載せるのでは?」

「それは無いですね、この子はなんせまあ・・・置き土産みたいなもんですから」

境は何やら意味ありげな事を言いながら抱えていた段ボールを机の端に置いた。

「海堂さん、今月のカンズメです」

「ああ、ありがとな。お前も一個いるか?」

「あなたが食べなさいよ、いい加減それ以外も食べないと死ぬよ?」

段ボールに張られているシールを見る。

”フルーツ盛り合わせ200g”

「海堂司令官?!」

小紫は嫌な予感がして思わず裏返る。

「俺は省電力設計でね。それにお客人を少しでもおもてなししないと何報告されるか解ったもんじゃない」

「やめてください、それこそ報告案件ですよ!健康状態の維持、向上もコンプライアンスの一部でーーー」

「了解、了解です小紫監査官。ではそのカンズメは私が頂きましょう」

海堂はそう言うと小紫の前に差し出していたリンゴのようなものをひとつまみし、口に入れた。

「・・・・・・相変わらずまっずいなぁ、どんな事したらこんな味になるんだか」


夕刻。

ゼロ基地・本舎地下三階・レクルーム―――。

「ねぇ、やめてよ」

「何が?」

レクルームでは一日の訓練スケジュールを終えた数人の隊員達が険悪なムードを漂わせていた。

その中は生き残ったホープと数名の先輩隊員達が柊と一人と対立しているように見える。

見るからに一番勇ましいであろう女子隊員が開口一番を切る。

「いきなり男どもにあれこれ聞いてんなって言ってんの!海堂のおっさんに腕利きにされたからっていい気になんないで」

だが柊も負けてはいない。

迫ってきた手慣れの女子隊員を軽くあしらった後、先程のすました顔から一転、鬼のような形相で相手に噛みつく。

「そう言うあんたもどうせ色々”ヤッて”んでしょ?真新しいこっちに興味が向くのは当然だから焦ってんじゃないでしょうね?

うっとーしい!そこのホープの子も、あんまり関わんない方がいいわよ。明日死ぬかも解らない連中なんだし」

「わ、わたしは、その・・・」

「こいつっイきりやがってっ!!」

手慣れの女子隊員は顔を真っ赤にさせて柊に迫り、その胸ぐらを思い切り掴む。

その勢いの余り、シャツは破れ、下着まで露わになった。

「あんたそっちの”ケ”でもあんの?私、ユリじゃないんだけど」

「うるさい!!」

隊員が柊を近くの机に勢いよく押し倒した時、激しくドアが開かれる音がした。

「おい、そこまでだ!」

怒号のような制止声が部屋中響き渡る。

一同が驚いて見つめた先に立っていたのは神谷と綾瀬、だった。

「お前らもうやめろ、これ以上やると報告するからな!全員連帯責任で一日の配給水が半分になってもいいのか?

半分になったら幻覚を見るぐらいに追い詰められることもあるんだぞ!

おい柊、綾瀬副隊から聞いた、ちょっと残れ。後の奴は部屋で自習かゲームでもしてろ!

そこで遠巻きで笑ってる男共、お前らもだ!今度野次馬のままで傍観してたらぶっ飛ばすからな」

「後、ホープを連れてこないで。次同じことやったらタダじゃ置かないからね」

神谷の叱責に続き、そこに綾瀬が念を押す。

各々がため息やら、笑い声を出しながら部屋を後にし、中には笑顔で柊に手を振る男子の姿もあった。

それを見て神谷は呆れ、深いため息をついた。

「―――私は、基地で一番長いわ。ここに来て5年になる。その間、あなたと同じような考え方をした奴に今まで二回ほど

部隊を全滅させられそうになった」

綾瀬は淡々と喋りながら柊に視線を移すことなく自分の着ていたUVジャケットを脱いで無造作に投げ渡した。

渋々柊はそれを着る。

「男ってやつはね、一度そういうの経験するとあっという間に腑抜けになるの。しばらく頭ン中それしか考えないし、

作戦が始まって言葉は威勢が良くても頭は上の空。まさに餌食になるわ」

綾瀬の台詞に神谷も続く。

「まあなんだ。男の俺が言うのもなんだけどさ、やっぱり良くないんだよこういうのは。そんな考え方するより、みんなで協力し合った方が

絶対生き残れる、だから―――」

「でも基地で禁止されている訳じゃない!むしろ国は黙認して・・・いや、奨励までしてるじゃない!」

柊の涙ながらの訴えに神谷は言葉を詰まらせる。

「私は・・・生き残りたい。こんなところで、死にたくない。帰りたい、白鷺に、シェルターに・・・」

泣いてうずくまる柊。神谷も綾瀬もなまじ気持ちが解らない訳では無いのでそれを憐れんでみることしかできなかった。

そこに、先程のホープの女の子の一人が戻ってきた。跪いてうずくまる柊の方にそっと手を添える。

「あの柊さん。その・・・」

「・・・」

「わたし・・・春野 こよみ(はるの こよみ)っていいます。柊さんの生きたいって気持ち、凄くわかる。私もその点では同じ。

だからせめて―――」

柊はおもむろに春野の手を払いのけ、立ち上がった。

「五月蠅いこの”主人公”気取り!ちょっと生き残ったからってイキってんじゃないわよ!」

「・・・それはあなたの事よ」

めったにノリツッコミなどしない綾瀬の言葉など耳に届かないのか、柊は大股でズカズカと部屋を後にした。

「こりゃ前途多難だな。腕はいいのは良いけど、あれじゃ先が思いやられる」

神谷はやれやれと言った様子でレクルームの散らかった机や椅子を片付け始めた。

「柊は陰湿じゃないからまだいいわ、陰でコソコソされるのが一番ヤバいから。

実戦になれば体力を温存するのが一番の生存方法だってわかってくるはずよ。

私達ももう戻りましょう・・・ええと”主人公”さん?」

尻もちを着いている春野へ綾瀬は手を差し伸べた。

「は、はい・・・ありがとうございます、副・・・隊長・・・どの?」

”どの”という素っ頓狂な語尾に久しぶりに綾瀬は笑うのであった。


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