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第二章 白鷺 ♯02


一階・旧コンビナート工場中央作業場(現・訓練場)。

開かれたままの観音開きの大きな金網製の扉を潜り抜けるとそこは強烈な熱気に包まれていた。

当然だ、ここは地上なのだから。

小紫はたまらずエアコンジャケットのレベルを上げる。

まるで工場のような作業場には所狭しと球体上の機械が点在しており、それはチューブに繋がれて終点には巨大なファンが幾つも唸りを上げて回転している。

その機械はカゲロウのシミュレーションマシンなのか、見るからに先輩・後輩といったような感じで少年少女が乗り込み、騒がしくしている。

「ほらっ!グズグズするな!常に駆け足、脇目もくれるなっ、熱中しろ!そうすればつらい時間なんかすぐ終わるんだ!」

球体の機械が点在する広場の中央で仁王立ちして天井から垂れさがる数多くのモニターを瞬きもせず凝視している人間が怒号を上げる。荒々しい語気の割に美しい女性の声だ。

すると突然声色を変えて丁寧に小紫に向けて声と駆けてきた。

「・・・どうぞお入りください、そこで突っ立っていても見えるものも見えないでしょう」

(何なの・・・コレだけの熱気と人の喧騒の中入ってきた人間に気付くわけなの?)

近づきながらマジマジと観察すると、それは小紫もため息を漏らすほど長身の凛々しく、そしてたくましい女性であった。

「失礼するわ・・・ええと、あなたは・・・」

横に並ぶ小紫に解らない程度に会釈して再びモニターに向き直って自己紹介する。

「失礼します。このゼロ基地でコイツらの教官を務めています如月きさらぎ みおと申します。

本来は昨日、私がお出迎えする予定でしたが病床で伏せておりましたので綾瀬が代わりを務めてくれていたと思います。

改めて短い期間ではございますが以後お見知りおきを」

如月教官は何ら表情を変えることなく厳しい眼差しをモニターから離さない。

「そうだったのですね、ご丁寧な自己紹介痛み入ります。私は白鷺シェルターから参りました監査官、小紫水蓮です。

後、もう一人榊原という監査官と共に先日より着任しております、どうぞよろしく」

小紫も簡単に自己紹介するが如月教官は無反応である。

アポイントも取らずに見学に来て気を悪くしたのだろうかと小紫は少し気まずく感じる。

その時すぐ前方のマシンからひゅっと顔が出てはこちらを見つけて笑顔で大きく手を振る人物。

三宅だ。

「うらぁ!三宅!弛んでんじゃねーぞ!てめーのようなガキが小紫監査官に色目使うなんて五億年早えーんだよ!」

「す、すみません!小紫監査官~ゆっくりしていってくださいね~!」

三宅はなんら臆することなくのろけ声を出しながら再びマシンに戻る。

「ったくここの奴らは毎日毎日肝だけが据わってゆく・・・すみませんね小紫監査官、アイツら外から来た人間が珍しいんですよ。気を悪くしないでください、ちょっかいかけている訳では無いので」

「いえ、別に構いませんよ。訓練中とはいえ余念がありませんね。流石”鬼”と言われるだけはあります」

すると如月教官は初めてギョッとした顔をする。

「今月は”鬼”とは・・・先月は”悪魔教官”・・・先々月は”サタン”呼ばわり。来月はなんと呼ばれるのやら」

如月教官は軽くため息をつくと手に持っていたタブレットを小紫に手渡した。

「どうぞ、監査官。これが今期の訓練関係における報告書一覧になります。物品関係に関しても別データが入っていると思います。ご確認を」

「・・・仕事が早いですね如月教官、というより、これも教官の仕事になるのですか?」

小紫はてっきり海堂司令官や他の管理職からデータが上がってくると思っていたので驚いたが

如月教官の次の一言で絶句する。

「前はもう一人教官が居てそいつが管理を兼任していたんですが、基地の少女に手を出したんで”ドライブ”に出しました。

ですから私が被る羽目になってしまって、全く面目もない」

「はい?・・・・・・ドライブ?・・・手を?ちょ、ちょっと待ってください教官。その、突然の事で情報が整理できなくて・・・」

その時、一台のマシンから警告音が鳴る。

ビー、ビー、ビー!

「・・・またか。神谷、熱暴走オーバーヒートだ!直すの手伝ってくれ。お前らは奥の奴を使え、壊れたからって訓練が

終わるわけじゃないぞ!おい、冷却器回してこい。小紫監査官、まだ訓練は2時間ありますのでもし込み入った話があるのでしたら

その後に。見学はご自由にどうぞ、では」

「ちょ、ちょっと如月教官?!」

如月は脇に置いてあったスパナを持って肩をグルグル回すと奥のマシンに向かって行ってしまった。

小紫は先程の教官の台詞に山ほど質問したいことがあったが仕方なく見学しながら待つことにする。

ふと、モニターを見上げればみな暑苦しそうなヘルメットを被り、操縦桿を握る少年少女の姿があった。

皆シャツ一枚で汗で全身ずぶ濡れ。エアコンジャケットやスーツの類が見当たらない。

あちこちには大型ファンや冷媒配管はあるものの室温は45℃。

「嘘でしょ・・・」

小紫は目の前の光景に軽いめまいを覚えた。


時刻は正午を過ぎた頃―――。

訓練は終わり、隊員もとい訓練生達がみなやつれた顔で食堂に向かう中足早にどこかに向かう如月教官に小紫は声をかけた。

「お疲れ様です教官。ちょっといいかしら」

「失礼、これから”数少ない休憩”ですのでその後でも?」

小紫は鼻に着くようなセリフに少しムッとしたが感情でモノを言うなとついこの間指導を受けたばかりなのを思い出し、

瞬間心落ち着かせ、慌てて取り繕う。

「いえ、教官ではなく。綾瀬さん、副隊長の姿が見えなかったのですがどちらに?」

「ああ、綾瀬ですか。副隊長はトレーニングホールで体力プログラム受けてますよ。

大概此処の少年少女は大きく二班に分かれて行動しておりますから。地下三階です、じゃ」

如月はぶっきらぼうに言うとそのまま回れ右して食堂の方へ向かって行く。

小紫はやれやれと言った様子でその場を後にしようと背を向けエレベーターに向かおうとしたその時。

「あ、監査官!!」

「!?はい、なんでしょうか?」

教官らしく覇気のある声で呼び止められた為、思わず小紫は背筋がピンと伸びた。

「監査官の仕事がどのぐらいまでの調査なのかは解りかねますが、あまり此処の子供らの事を根ほり葉ほり探らない方がいいですよ。

それはきっと・・・あなたの”為に”なりますから、じゃ」

それだけ言うと、教官は去っていった。

(ん?どういう意味?私の為になるとはどういう事なの?)

小紫は教官に言われたことがイマイチ飲み込めず、とりあえず綾瀬の元に向かう事にした。


此処の隊員は基本的に有事以外は階段を使うようでエレベータを降りてからも子供たちにすれ違うことは無かった。

遠くの方で少し騒がしい声が聞こえる。

「しまったもう終わってる・・・行き違いになっちゃったかしら?」

そう思い、扉を解放されているトレーニングホールに差し掛かった時、ホールの中に綾瀬の姿を捉えた。

誰かと二人で話している。

小紫は綾瀬の怪訝そうな顔を見て何かあると思い、通路を回り込んで二人の近くのドア付近まで抜き足差し足で忍び寄り聞き耳を立てた。

「―――――だから綾瀬副隊長、私が白鷺シェルターに早く戻れるよう協力してほしいんです」

「そうはいっても、ここに来た以上は簡単にはシェルターに戻る事なんてできないわよ。

あなたも知ってるかもしれないけど、両親は少なくともあなたを”売った”と考えるのが普通なんだし」

(綾瀬さんと相手は・・・この声、きっと柊さんだわ。昨日のホープの子・・・)

小紫は何とか姿を捉えようとわずかなドアの隙間から二人の様子をうかがう。

わずかだが姿を捉えることが出来た。

「もちろんそれでも帰りたいって言うなら方法が無いわけじゃないわ。あなたがここで戦えば褒賞金が出る、その金で”売られた”以上の金を払えばここを出られるはずよ、教官や司令官に聞けば―――」

「まだありますよね?ここを出る方法」

「・・・・・・・・・・」

綾瀬は言葉を詰まらせる。

柊は長身の綾瀬に怯むことなく詰め寄った。

(そうよね・・・普通に考えたらそう、理由はどうあれ死ぬかもしれない明日や今日を迎えるなら何とかして逃げようと考えるはず

ましてやそれが子供なら尚更。綾瀬さんは昔からホープから幾度となくこんな質問を受けてきたのかしら?)

小紫は静寂と緊張感に包まれてゆく二人を静かに見守る。

「・・・基地を脱出するならやめた方がいいわ。カゲロウに乗って逃げようものならすぐさま遠隔でコントロールを掌握される。

自力でも白鷺シェルターまでは何キロもある。その間に干からびるのは関の山――――」

「違うわっ!」

柊は否定すると同時に勢いよく綾瀬の服を掴む。

(・・・・・!!)

「離して、ホープ。いきなり手馴れになったからってイキッた事してんじゃないわよ!」

綾瀬は柊を睨みつけ離そうとするが、柊の次の台詞に顔を強張らせる。


「妊娠すれば出られる・・・そうなんでしょ!」

「・・・いいから、まずはその手を離して」

(・・・・・・なんて事?!そんなまさか、でも神谷隊長や三宅君は年に数回転属する女の子がいるって・・・)

小紫は驚愕した。

確かに理解できない話ではない。

環境が劣悪に変わり果てたこの日本の出生率はもはやゼロコンマの領域。

特に男性機能が環境によってみな極限に低下し、人工授精に使われる精子核ですらロクに機能しない、もしくは受精後も大抵が流産してしまう。

それでも妊娠すれば、それはこの時代では凄い事であり政府から様々な恩恵を受けることが出来る。

なんせ、それは国にとってかけがえのない”財産”なのだから。

それがたとえ、このゼロ基地であってもだ。

「ねえ?副隊長は”やっても”妊娠しないから仕方なくあの戦闘機に力入れてるんでしょ?だからせめて元気な男子教えてよ!

それか、妊娠するにはやっぱりエロい男子がいいのかな?私そこらへん全然わかんなくてーーーー」

バシッ!

綾瀬は柊の頬に遠慮のない平手打ちをかました。

そのあまりの勢いに柊は尻もちを着く。

「ふざけんじゃないわよ!あんた・・・チッ」

綾瀬はそう吐き捨てると足早に去っていた。

(そう言う事だったのね・・・)

小紫は二人の予想外の喧騒の結果に呆然と立ちすくんた。

柊は打たれた頬を軽く摩りながら恨めしそうな眼差しで綾瀬の背を見つめる。

「私はやってやる・・・誰とでもヤッて、早く妊娠して、早くこの地獄を出て、早く白鷺に戻って・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

柊は体を起こして、誰に聞かせるわけでもなく叫んだ。


「私を売ったジジイとババアをぶっ殺してやる!!!」

「・・・・・・・・・・正にここは地獄だわ」


小紫はそう呟くも柊に合わせる顔もなく、その場からゆっくりと離れた。

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