第一章 陽炎 ♯02
焼け焦げたアスファルトに続く基地は人一人として見当たらなかった。
当然だった。現在の気温は46℃、例年に比べて幾分マシではあるがそれでもこの炎天下の中を
生身で歩くのは自殺行為である。
しかし、建物側からこちらに向かって駆けてくる人影が見える。
「・・・・・・・・・え?!」
「―――バーカ!またやられてやんの」
「ちょっと、あんたが勝手にしたんでしょ。いい加減に・・・何、この人」
子供。子供がいた。防護服を着てキャッキャとはしゃぐ子供が。
まだ十代そこら、下手すれば一桁代の・・・冗談でしょ?といった面持ちで小紫は唖然とした。
興味海堂司令官が興味津々で眼差しを向ける子供を”おい”と一喝すると子供達は
その怖さが知れているのか一目散へと消えて行った。
「あの、海堂司令官。ここには、その、託児所や児童保護施設が併設されているのでしょうか?
資料にはそれらの記述は何もなかったもので・・・前線基地なのに・・・」
小紫は先導するパイロットの綾瀬といい、先程の子供といい、目を疑う事ばかりだった、何故なら・・・。
「まあ、白鷺は子供たちの生活エリアは成人とは接点がほとんどないような場所にありますからね。
私もあの年代の子供たちを見るのは久しぶりですよ」
そうは言いつつも榊原は子供たちに目をくれることもなくメモを書いては何やら辺りを見回している。
「あー小紫監査官。貴殿はここへ来たことは初めてでしたね?まあ、追々その辺りにつきましては
塔に入ってからご説明いたしますから」
海堂司令官は何か歯切れの悪いような口ぶりで話を切った。
そのまま黙って一同は歩き、基地の中へと入る。
元々この基地はコンビナート跡を改装、増築したくだりから配管などがむき出しで張り巡らされるところが多数みられ
それらは増築した建物などと相まって皮肉なことにノスタルジックな芸術性を醸し出していた。
ベンチがいくつか置いてある木漏れ日の漏れる休憩所のようなところに青少年と思われる数名のグループがこちらをみている。
そしてウチの一人、小柄な奴がこっちに向かって走ってきた。
「おはようございます!小紫監査官。此度はこの”むさくるしく”も”汚らしい”ゼロ基地に足を運んでいただき誠に―――」
ゴスッ!!!
「三宅、蹴るよ?お客様に対して失礼だから」
「け、蹴った後に言うなし・・・」
綾瀬に凄まじい速さの蹴りを尻に喰らった、小柄な少年はその場にうずくまる。
「三宅、お前散々忠告したはずだが?」
「海堂、やめとけって。三宅さん、この人は大事な客人だからな。君の案内はまた今度頼むぜ」
鬼の形相で睨みつける海堂司令官を境整備士がやんわりなだめる。
その騒ぎに後ろの方から急いで駆けつけてきた背の高い青少年が三宅を無理やり立たせて敬礼した。
「大変失礼いたしました!海堂司令官並びに白鷺のお客様!この三宅には十分言って聞かせますので!」
この時代には似つかわしくないほど元気で覇気のある声で青少年は一同の前で謝罪する。
「ああ神谷、ちょうどいい。こちらは例の監査官の方だ。お前も用事が終わったんなら一緒に来い、
隊長が来ないと務まらんだろう。三宅、お前は来るなよ」
「隊長?彼がですか?!いやあの、失礼ですがその・・・どう見ても」
彼も年長ではあるが如何にも未成年だ、綾瀬と言い、とても戦闘機に乗れるとは思えない。
「申し遅れました、私はゼロ基地・播磨熱風隊隊長の命を受けております神谷 陽翔と申します」
隣の三宅という少年もイソイソとぎこちない敬礼をして例にならう。
「同じく、播磨熱風隊・自称ストライカー三宅 陸翔で、あります。お見知りおきを!あ、ちなみに
ゼロ基地ってのは私達が呼んでるこの基地の事で・・・」
「余計な事は言わんでいいぞ”ベースの兄貴”。自称ストライカーが聞いて呆れる」
「かぁ~、ベースってのは止めようよぉ」
三宅は肩を落としてうなだれている様子だった。
小紫は彼らを見て脳裏にある予感が渦巻いていた。
「大変失礼をいたしました。気を取り直して指令室までご案内します、この先のエレベーターで地下に下りれば直ぐですので」
綾瀬は呆れた様子で踵を返してすたすた歩きだす。
(まずいわ・・・さっきから子供から未成年しか出会っていない。もしかしてここは・・・いやでもデータには100名以上
在籍とあった。絶対に大人たちもいるはず・・・でも)
小紫が難しい顔をしながら思案を巡らせているのを榊原は一瞥してほくそ笑む。
まるで自分は何もかも知っているかのように。
第零区前線基地内、地下1F・司令室。
地下は意外にも広々としており、かつて盛況であった工場の名残を所々残していた。
「そこまで涼しいという訳でも無いわね・・・」
「ここはまだ地表の熱が僅かに届きますからね、最下層に行くとかなり涼しいですよ」
海堂が感情も無く淡々と述べる。
「そう言えばこの・・・通称、ゼロ基地でよろしいですね?このゼロ基地の地下についての記述が資料には無かったのですが」
「最下層は一応避難民のシェルターになっているのです。情報が無いのは暫く開発が滞っていたためでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
(・・・基地の人間は無反応ね。まるで関係なしの様な・・・何か反応があってもいいはずなのに)
歩くにつれ、一同の空気は重苦しく感じる。それは湿気と熱にまみれた地下の為か、基地の人間の緊張故なのか。
蓄光ライトが導くその一角の通路奥に指令室がある。
綾瀬はその扉を開けると、小紫の予想は裏切られた。
(え、嘘。これって・・・格納庫?!)
「どうです、この基地唯一の”売り”ですよ」
海堂は小紫の反応を見透かしていたのか、涼しい顔で奥のオーク調の机の席へと腰かける。
背後はガラス張りで地下の格納庫と思しき場所が一望で来た。中々圧巻である。
解体された戦闘機、鎖で宙づりにされた戦闘機、その他にも様々な形をした機体が目に飛び込む。
そしてそこにはここに来て初めて見るであろう大人たちの姿も見えた。
小紫は何故か胸をなでおろした。
きっと少年少女たちが勉学を他所に苛酷労働でも強制されているのではないかと思ったからである。
(でもパイロットというのはどう考えても若すぎるのでは・・・
それともこの子達だけ特別な?ほかの大人たちよりも群を抜いているのかしら?)
働いている人間の歳は30前後だろうか?比較的若い印象を受ける。
「久しぶりだねぇ、此処を見るのは。前来た時よりも少し機数が減ったかな?」
「まあ、だいぶね・・・。でももうじき補充も入りますので、ねえ小紫監査官?」
境が言いながら意味深な視線を小紫に向ける。
「私に期待しても無駄ですよ。意見することはできますが、陳情となると話は別です」
「こりゃ手厳しい」
境は軽いため息をつくと何やらタブレットを出して画面をなぞりだした。
おおかた今回の監査を機会に国に泣きつくつもりだったんだろうか。
「やめろ境・・・さあ、いつまでも立って見ているだけでは埒が明かないでしょう?応接席にお座りください。
澄玲、保管庫から水を持ってきてくれ。”俺の”やつでいい」
「はい」
「澄玲、俺も手伝うよ」
綾瀬の後を追い、神谷がいそいそと出て行く。
(・・・・・・俺の?自分の飲みかけの水でも差し出そうっていうの?)
小紫が怪訝な顔して海堂司令官を見ていると、海堂は何か勘違いしたのか引き出しからタブレットや帳簿表、出撃記録など基地に関する情報書類一式のファイルを応接席の机にドサッと置いた。
「まずは提出すべき資料一覧です。そっちのファイルは目録記載が・・・説明は我々が都度致します」
「ありがとうございます。それでは早速拝見、精査いたします。なお紙媒体もデータとしてスキャニング致しますので」
小紫は表情を硬化させ、仕事としての態度を取る。
「どうぞ、いくらでも」
「お待たせいたしました。お茶でございます」
綾瀬が無造作に机の隅に再利用可能な抗菌容器に入った水を渡す。
封は切られていないようなので飲みかけではないようだ。
「お茶・・・ではないようですが、ありがとう、頂くわね」
喉を潤しながら榊原と共に帳簿のチェックをする。
綾瀬と神谷は”それでは格納庫でお待ちしています”と言って部屋を後にした。
今回は数日宿泊しての監査になる。
当然そこには兵器・機器類が適切に運用されているか、私的流用していないか等の調査も入る。
(あの子達気になるわね・・・ひと段落したら少し話をしてみようかしら)
そんな興味を覚えながらも取り急ぎまずは資料精査から始まった。
なんせこれだけの量を立った二人で行わなければならない、急がなければあっという間に時間が過ぎる。
途中、用途不明品やあいまいな数の記載を見つけると海堂司令官や、境がいそいそと弁明していた。
そして半時間ほど経過した頃、小紫はたまった公的届け出に手を出して硬直した。
「・・・・・・なに、これ」
「?どうかなさいましたか監査官」
海堂司令官が不思議と小紫の顔を覗き込む。
「どうかなさいましたかって・・・これ・・・死亡・行方不明者届の記載は・・・本当・・・なの?」
「ああ、小紫監査官。それはざっと目を通すだけでいいと思うよ。細かい事は気にしない」
榊原は無表情で、まるで分り切ったかのように自身の手に持つ資料から目を外さなかった。
「・・・年齢・・・みんな・・・12歳や14歳・・・10歳の子までいる!皆未成年!な、何、なんなのコレ、それにこの数!」
枚数は軽く10枚を超える。
「ええ、何も間違いはありませんよ。そこに書かれている事はすべて事実です。嘘はありませんよ」
「間違いないって・・・問題だらけじゃないの?!大事よ!白鷺では子供が大怪我しただけで大騒ぎなのに!」
小紫は息を荒げ、思わず凄んだ。
「落ち着いてくださいよ。これから海堂が説明しますので、なあ海堂?」
境が困惑した顔で海堂司令官へ促す。
「・・・・・・榊原さん、小紫司令官にはこの零区前線基地についての”本質”は説明しているのですが」
「はは、あー、まいったなぁ。俺はてっきり先生に一通り聞いているとばかり思っていたもんだから」
話を振られた榊原は困惑した表情で思わずちょっとトイレと言って部屋を出て行ってしまった。
「?!え、何、何なの一体。それにこのーーーーーーー」
ファン!ファン!ファン!ファン!
小紫が捲し立てようをした矢先地下に電子サイレンの音が鳴り響く。
「何事?!」
小紫が叫ぶのを尻目に境は急ぎ部屋を飛び出し、海堂司令官が指令机のコンソールを叩く。
”エマージェンシー、エマージェンシー 瀬戸内観測所より入電。Bogey(所属不明機・敵機)・ADIZ(領空侵犯区域)・
侵入、ISR Drone(偵察無人機)が即座に追尾開始”
海堂司令官は自動音声の放送を聞いて即座に基地内にスクランブルを壁についている基地内マイクで呼びかける。
「スクランブルだ!即応形態迎撃準備!この間来た戦闘型UAV(無人航空機の総称)だ!急げ!」
司令官は叫ぶように放送すると”失礼”と言って部屋を飛び出した。
「エマージェンシーかぁー。どうするかい?外に出て空のドンパチ見学する?」
いつの間にか戻ってきた榊原はソファに再び腰かけ伸びをしながらのんきに問う。
「エマージェンシーって大変じゃないの?!ここも危ないんじゃないの?!」
「ま、大丈夫さ。いつも定期的に大陸の方からやってくるんだよ。誰が送ってんのか知らないけどね」
「知らないって・・・」
何ら緊張することが無い榊原に唖然としていると真っ先に飛び出した境が戻ってきた。
「ぜーぜーぜー・・・監査官さん、さっきいた女の子いたろ?綾瀬って子」
「境さん?ええ、あのお水をくれたパイロットの子でしょ」
肩で息をしながら汗を拭うと、小紫に面と向かって行った。
「あの子が呼んでる。格納庫に来てくれ」




