第七章 地鏡(ちかがみ) ♯02
空蝉隊の開戦より約一週間前、綾瀬が三宅救出し帰還した頃のゼロ基地。
「私がゼロ基地の顧問付!?本日付けって、どういうことですご説明をーーー」
いつもの通信室。だが今に限っては小紫にとって白鷺へのやり取りがこれほど苦痛になったことは無い。
通信を開始して早々、上官である鷹取統括官は小紫への気遣いや労いの言葉一つ無く、顔を見るなり辞令を言い渡した。
「まあ落ち着きなさい小紫君。これは正式な辞令です、ただ勘違いしないでいただきたいのは決してーーー」
「左遷なのでは!!説明してください!大体私は先ほどまで人質だったのですよ?!それなのにこの」
小紫は柄にもなく怒りをあらわにした。
傍らにいる衛兵もその様相に思わず動揺している。
法さえ許せばもはや発砲すら辞さない様子だった。
「辞令よりも何よりも私は先ほどまで人質だったのですよ?”無事か”の一つもあってよかったのでは?
それに今、基地にはライフルを持った白鷺の人間で溢れかえっています。これについてもご説明を!」
「・・・・・・チッ!」
(?!!)
小紫は見逃さなかった。
鷹取はわずかに舌打ちをした、今まで知る小紫にとっての”鷹取先生”はそんな悪態をつくような人間では
断じてなかった。
「小紫君、ゼロ基地にあるカゲロウ全機は全て白鷺によってモニターされている」
「そんなことはわかっています!それと今回の一件が」
「---カゲロウリンクも”含めて”」
「・・・・・・・・え?」
鷹取はあるファイルを小紫に掲示した。
そこには柊機のMHD、データリンクしていた小紫のタブレットデータ”全て”に至るまですべて記録されていた。
つまりは全て筒抜け、盗聴されていたのである。
「君はずいぶんと綾瀬に協力的だったではないのかな?人質にもかかわらず。これでは協力関係と
言われても言い逃れできんな」
「そんな・・・」
小紫の中で何かがバラバラと崩れゆく、それは信頼なのか、それとも鷹取そのものなのか。
「とにかくだ、君は今日付けでそこの顧問だ。必要なものや私物は追って陳情するように、後の事は海堂司令官に
任せてある。今日は疲れたろう?ゆっくり休むといい」
鷹取のそっけない言葉を最後に通信室のモニターは切れた。
「・・・あの、小紫・・・監査、じゃないのか?元?ええと」
「顧問だ。小紫顧問、大丈夫ですか?気を確かに」
後ろに控えていた二人の衛兵が気を使って小紫を心配そうに見つめる。
「・・・ありがとう。もう用は済んだでしょ?もう現場に戻ったらどう?」
小紫は立ったまま机に両手を付き、うなだれて肩を落としていた。
「・・・わかりました。何かあれば遠慮なくお申し付けください。失礼します、おい行くぞ」
「・・・失礼します」
衛兵は小紫の背中に軽く敬礼をしてその場を離れた。
後に残った小紫はただ薄暗く、そして蒸し暑い通信室で帰ってきた頃の事を思い出していた。
重傷を負った三宅を無事基地まで救出できたところまではよかった。
しかしそこへ待ち受けていたのは意外な者たちであった。
「手を上げろ、ゆっくり降りてこい!操縦桿を再び握ったら発砲する」
柊機を取り囲み、コクピットに向けて銃を構える見慣れぬ集団。
見慣れぬ電子アサルトライフルを持ったいかにもゼロ基地の隊員たちとは系統の違う兵隊である。
彼らは白鷺防衛局。白鷺の人間がゼロ基地に緊急事態処置をとったのである。
単独行動をした綾瀬はもちろんのこと、他のパイロットや訓練員のホープ、少年少女たち。
更には工員や上官までもほぼ拘束され、自由を奪われる形となった。
「ちょっと、三宅をどこにやるつもりよ?!医務室の場所は全然違うでしょ!」
「黙れ!」パァン!
柊は近くにいた哨戒兵に問答無用の平手打ちを喰らい地面に伏せる。
「おい何すんだっ!俺達はパイロットだぞ!」
「だからどうした?!お前らの替えなど幾らでもいる、あそこにな!」
兵は銃の釼先でホープ達を指す。
まるで現場のことなど解ってないと神谷は怒り心頭で食って掛かろうとするがそれを春野が制止する。
一方、拘束され連行される綾瀬は見た事もないようなカプセルに入れられて連れていかれる三宅を目で追った。
(くそっ必ず連れ戻してあげるからっ)
「小紫監査官、お怪我はありませんか?」
現場の指揮を執っていると思われる上官が部下とともに小紫に駆け寄る。
「私は大丈夫です、それよりもこの状況は一体何事ですか?」
基地全体を取り巻く騒乱に小紫は問いただした。
「はっ、当ゼロ基地は白鷺防衛局、局長並びに統括室室長より重大違反事案発生と緊急指示を受け、ゼロ基地の権限を
一時的に掌握しております」
(そんなまさか・・・海堂司令官は白鷺に通報はしていないはず・・・)
小紫が怪訝に思う中、上官は小紫に詰め寄る。
「それよりもお怪我はございませんか?体調に異常は?必要であるなら医療班に連絡を取ります」
矢継ぎ早に質問攻めをする上官に小紫は思わず呆れるが軽く首を振っておいた。
「それはよかった。大変恐縮なのですが鷹取統括官より至急お伝えしたいことがあるとの事。ご一緒にご同行願います」
唖然とした。それが仮にも先ほどまで人質になっていた人間に対する対応なのかと。
「至急って・・・今すぐにですか?!仮にも私は人質に捕られていたのですよ?」
「今すぐにです。おい、小紫監査官を通信室にお連れしろ」
小紫はぐうの音も出なかった。
衛兵がすぐさま両脇に付き、小紫は連れられるように通信室へ向かわされたのである。
「いいか!これより当、第零区前哨基地は一時的に白鷺の管轄に入る、無断行動は処罰されると肝に銘じとけ!」
防衛局隊員が叫ぶ中、神谷の背後でレオンが背中をつついて合図する。
「ちょっと相談がある」
神谷はいつにないレオンの真剣なまなざしに本気を感じ、白鷺の人間に何も悟られぬよう耳だけ傾けた。
「・・・・・・ひよりが?」
通信室の暗がりの中、小紫は何とも言えない感情に襲われていた。
当然である、監査官から”外部”の基地に配属されるという事。
それがどういうことかという事は鷹取自身が良く知っているはず。
にもかかわらず、何食わぬ顔で捨てられたのだ。
失恋にも似て異なる、独特な感情が小紫の心の奥底から湧き上がってくる。
そんな感情に囚われかけていたその時、後ろからそっとか弱い声がかかった。
「ーーーねぇ?」
「誰?!」
小紫は怒鳴り声を上げながら振り返ると、そこには一人の少女がいた。
「貴方確か、そう、ひより、境整備長が面倒を見ていた女の子?」
「小紫さん、一緒に来てください」
ひよりは小紫の怒鳴り声にも何ら動じることもなくやわらかな笑顔を見せるとゆっくりとそういった。
「行くって・・・どこによ?!私はもう、私、そうだ・・・私は」
そうだ。鷹取はもう自分の上司でも何でもない。
小紫はもう、白鷺の人間では無くなったのだから。
「いいわ、何が待っているのか知らないけど案内しなさい」
小紫がそういうとひよりは小紫の手を取り、通信室を共に飛び出した。




