第六章 空蝉 ♯02
現場で半時間ほど経った頃、敵の一団は帰投を始めた。
三宅は前方の小型トラックの荷台に寝かされ、護衛が二人付いている。
敵影は後方、大破したカゲロウ機に集中しており、彼らにとっての重要性が伺われる。
「どうするの?どうやって助ける?!」
小紫は綾瀬に問いただすが綾瀬は三宅の変わりようがショックの様で意気消沈している。
すっかり弱気になっている綾瀬に小紫はいら立ちを隠し切れずに思わず胸ぐらをつかんで耳に向かって語気を荒げる。
「どうするのかって聞いてるの?!解る?!あなた三宅君の仲間でしょ」
「わ、わかってるわよ」
小紫は少しでも状況を打開すべく双眼鏡を使っては目を凝らし索敵に努めた。
そんな中荷台の三宅がライトに照らし出され、否が応でも目に入れざるを得ない。
「・・・あの様子では三宅君は完全に重傷だわ、失明してる。医者じゃなくても解る。ねえ、どうやって救い出す?」
「それは・・・人が少なくなったら全員殺して、奪い返す」
綾瀬は自分を振る経たせるつもりで強がりを言ったがそれが逆に自分の私信の無さを露呈するような形になってしまった。
思わず小紫も皮肉を込めてせせら笑った。
「正気?!そんなノンプランではこっちが殺されるのが関の山ね。・・・いい事、こういう時は出来るだけチャンスを伺うの。
焦ってはダメ。後は出来るだけ人がいないタイミングを見計らう。絶対に気付かれたり見つかったりしてはダメよ」
綾瀬は驚いていた。
カゲロウの複座に乗せたときはすぐさま目を回し、気絶したとは思えない凛とした小紫の態度。
その時初めて綾瀬は適材適所というものを感じた。
彼女は戦闘機に乗れずとも、明らかに訓練を受けた立派な防衛兵なのである。
綾瀬は思わず小紫にその強さを問おうと声をかけようとする。
「なんでそんな・・・」
「少しは信用しなさい、これでも防衛局はトップの成績で入ってんのよ」
解っていてあえて答えず、ただ引っ張る。
小紫がいつも白鷺で後輩への教育でやって来たスタンスである。
「でももし・・・そのチャンスが訪れなかったら?」
「無かったらは考えないで、後は神やら仏やらに祈るといいわ」
そして、根拠のない自信も小紫の十八番であった。
トラックのやトレーラーの地響きを立て、地を這う敵の一団が何か指示があったのか
途端に動きを止め、喧騒をしだす。
「動きが止まったわ・・・あ、カゲロウを止めているワイヤーの一部が外れて機体の一部が外れかかってる。
他にも、上官らしき人間が何人か人を集め出したわ」
双眼鏡を覗き見ると三宅の乗せたトラックも運転手を残して護衛も応援に向かいだす。
「今なら!」
綾瀬も小紫とともに観察していたがその様子をすぐさま好機とみて急に駆け出す。
「え、嘘でしょ!」
小紫が止める暇もなく、猪突猛進に突っ込んでゆく。
これで中腰でなければもうほぼ特攻しているようなものである。
(哨戒兵がまだ近くにいるのに・・・くそっ早すぎる、こうなったらなるようになれだわ)
小紫は仕方なく銃を強く握りしめ綾瀬の後を追う。
火事場になることは想像にたやすく、覚悟を決めていた。
闇夜のおかげもあり、トラックには誰一人目撃される事無く接近することが出来た。
綾瀬がいそいそ荷台に上がる中、小紫は銃を構えてゆっくりと音を立てることなく運転席の窓へと近づく。
奇跡ともいうべきか運転手はハンドルにうつ伏せ、よほど疲れているのか身動き一つとらなかった。
(助かる、お願いだからそのまま休憩してて頂戴)
小紫は安全を確認すると、そのまま荷台の三宅と綾瀬のもとへと向かう。
綾瀬が三宅をちょうど抱きかかえているのが目に入った小紫は綾瀬へと急いで近づき耳打ちする。
「綾瀬、騒いだら駄目よ。まずは耳元で囁いて私たちを理解させて、あと優しく手を握って安心させるの」
綾瀬は声を出さずに頷き、三宅の耳元に顔を寄せる。
「三宅、私、解る、綾瀬!」
「・・・うう、ううっ」
意識が朦朧としていた様子だったが聞きなれた仲間の声に三宅は喉から唸り声をあげる。
小紫は綾瀬が持ってきた救急箱から圧着式注射器を取り出す。
「しっかりしてちょっと待って今モルヒネを注射するわ」
「あーあーあー、ああああ・・・あやせ」
注射器を打つ。一瞬身もだえするが強張った三宅の身体の緊張が解けていくのが綾瀬には伝わった。
「良い?引きずり下ろすよ。そこの担架ごと持っていくわ」
二人は手際よく三宅を担架に載せると荷台からゆっくりとおろして元居た高低差のある丘の方へと下ってゆく。
少し距離をとれたのを確認すると急いで担架を下ろして三宅の身体を確認する。
数か所骨折している様子だったが応急処置が施してある。
敵兵の温情だろうか、なんにせよ綾瀬は胸を撫でおろした。
綾瀬は小紫が三宅の身体をチェックしている間、綾瀬は三宅を胸に抱いていた。
何時にないやさしい声で綾瀬がつぶやく。
「大丈夫よ、迎えに来た」
「あ、あやせ・・・あやせぇえええええ」
頭部は目の辺りを包帯でかなりグルグル巻きにされているがそれでも血や薬液などの色が滲み出ている。
目は見えていないだろうが三宅は震えた手で綾瀬の身体をゆっくり摩る。
「お、お前、意外と胸デカいんだな・・・これでケガしてなけりゃ最高なのに・・・」
綾瀬は三宅のいつもの調子に思わずクスリと笑う、小紫もそれを見て少し安心した様子だった。
「上半身は悲惨なものだけど、下半身は奇跡と言わんばかりに軽い切傷だけね。
三宅君、歩ける?」
「な、なんとかな、でも、途中でくたばるかも知れん・・・そんときゃ・・・」
小紫は三宅の頬を軽く叩く。
「わざわざ迎えに来てやった人間に弱音吐かない、いいわね?」
「おいおい・・・うちの基地はバイオレンスお嬢様だらけかよ・・・」
三宅は重傷を負っているにも関わらず何故か面白おかしくなりせせら笑った。
「さ、綾瀬さん、早く!三宅君もっ私がポイントマンになるから綾瀬さんは三宅さんのに肩を貸してあげて」
綾瀬と小紫は三宅を両脇に抱え、ゆっくり立たせる。
そんな中、三宅はふと呟く。
「でも小紫さん・・・あんた、ここに来ちゃダメなんだよ」
「あいにく様ね。ここへ連れてきたのは副隊長さんよ。さ、早く」
「そうじゃなく・・・ここには・・・ショックが・・・」
三宅が何か口にしようとしたとき、丘の上の方からサーチライトを浴びせられる。
(敵が来たっ・・・!)
「その木陰に隠れてっ、早く」
わずかに残っている林の枯れた木々の中に三宅を担いで急いで隠れる。
しかし、敵に感づかれたのか応援を読んでいる様子だった。
小紫は逃げながらも振り返り、敵の様子を伺う。
「敵の姿が今ならはっきりわかるわ。大陸・・・アジア系ね、しかもかなり若いわ。
武装は、こっちとそう大差ないコピー品かしら?他にもこちらと酷似してる部分が多い、今のうちに写真も撮ってーーー」
その時だ。
「いた、いましたっ!怪我した人」
追手の方からかわいらしい女の子の声がした。
「え、日本語っ?しかも女の子の声?!」
小紫の動揺は痛いほど綾瀬や三宅に伝わっていた。
しかし、二人は動じることなく小紫を制止する。
「小紫さん、落ち着いて聞いて」
「落ち着けって言われてもっ」
「私や神谷、三宅が敵機と交戦中にーーー」
三宅機の墜落より遡るほど五分ほど前の交戦中。
「解るか、この既知感」
神谷はあえて綾瀬機にのみ向けてコールする。
(解るも何も、相手の戦闘機はこちらとほぼ同型機。同じような戦術、防衛展開、そして何よりーーー)
「相手の無線をカゲロウリンクが拾い上げたんだ」
「おい神谷、もしかして敵機のこと話してんのか?」
三宅が無線に割って入って来た。恐らく綾瀬や神谷と同じような気持であったのであろう。
「三宅あなたも感じた?」
「ああ、柊は聞いているかどうか知らないが俺もわずかだが聞いた、最初は信じられなかったが」
「間違いなくあれは」
一間が空き、それぞれ自然に口を合わせて言った。
「敵が日本語で喋っている」
小紫は向かってくる敵に銃を構えたまま独り言のようにつぶやく。
「もしかして、他の地域の基地が敵国に占領されたの?!・・・まさか買収?!」
綾瀬は小紫の動揺に呼応するかのように言う。
「どうかしら、少なくとも私や神谷が感じた限りでは脅されて戦っているようには感じなかったわ。
むしろ進んで戦いに臨んいる」
綾瀬の頭の中では既にある結論に達しているがあえて三宅に確認を取る。
「三宅、貴方はどう思う?」
「た、たぶんだけどさ。あいつら、俺達と同じだよ」
三宅は迫ってくる敵影を何となくだが感じ取っていた。
視覚を完全に奪われた半面、異様に聴覚が過敏になったのか敵影に混じる少女の声を拾い上げているようだった。
「同じってどういう意味よ?!」
実際のところ小紫もうすうす感じ取っている。
しかしながら防衛局での英才教育が染みついているためか、拒絶反応のように否定に入る。
「じ、じゃあなんで戦う必要があるのよ!?同じ国の人間よ!どうして敵なの?!なんでよ!
これにはきっと理由があるわ。もっと外交的な・・・」
小紫は目の前の事実がただただ信じられず錯乱しかけたその時、
サイレンが鳴り響き拡声器から現場リーダーと思しき人間の怒号が響き渡る。
「緊急事態!緊急事態発生!負傷したパイロットが消えた!探せ!絶対近くにいるぞ!」
「ほかにも敵兵がいるはずだ、二人以上で行動しろ!武器は必ず持っていけ!」
「探せ、相手は武装してるかもしれん。機体回収班は安全確認後はすばやく移動しろ」
目の前の敵影が上官に知らせたのか、既に敵の部隊は臨戦に入りつつあった。
「不味い、連中に知られてしまった。何とかしてカゲロウまでたどり着かないと」
「出来るだけはなれっーーー」
小紫がそう言って振り返った時、二人の兵士が三人に向けて銃を構えていた。
綾瀬が電光石火の速さで銃を構える。
そしてお互い、銃を構えたまま目が点になるが相手の敵兵が震えた声を張り上げる。
「動くなっ、あ、えと、ふ、フリーズ!」
それは紛れもなくただのやせこけた少女だった。
バカでかい無反動砲を持っている以外は。
「それはこっちの台詞よ、動かないで。その大砲じゃこっちの方が早いわ」
小紫の目がギラリと光る。
少女の横に立つ背の高い凛とした女性は恐れおののいた様子だったが、やがて口を開いた。
「あ、あの、その、嘘でしょ・・・日本人・・・ですよね?」
「ええ、そうよ。あなたたちは何なの?!」
女性は少し表情を柔らかくして自己紹介する。
「私たちも同じ日本です。防衛”庁”隷下前、第6区前哨基地。皆が良く言うロック基地の人間です、
聞いたことありませんか?」
「第6前哨基地?!そ、そんな聞いたこともないわ。
大体、防衛庁ってなによ?庁は遠い昔に廃止され防衛局が新設されて大分経つのよ。そんな昔の庁が」
やがて、こちらに向かってきた二人の敵兵も合流し、挟み撃ちとなる。
二人は男性だったがうち一人は少年。
やはりこちらも綾瀬たちを見て一様に動揺した。
「どうだ?!そっちにいたか?!」
上官と思われる人間が遠くから一同に声をかける。
すると男性が場の空気から何かを悟り、声を張り上げる。
「いいや、こっちにはいないようだ!逆だ!反対方面を探せ!!」
「?!」
小紫は驚いた。
敵の思惑はさておき、見れば後から来た男性も綾瀬達の姿を見てただただ驚きを隠せない様子だった。
「小紫さん、もしかして俺たちは・・・」
三宅が全てを悟ったのかその場にいた全員に向かって問いかける。
「そもそも前提が間違っているのかもしれないんじゃないか?」




