第三章 雛鳥 ♯02
それから暫くは脅威の発現も無く、訓練といざこざの忙しい毎日が続いた。
そして小紫監査官任務終了当日ーーー。
それは起こった。
ウウウウウウゥゥ!
ウウウウウウウウゥゥゥゥゥ!
ゼロ基地にけたたましいサイレンが鳴り響く。
”総員、第三等級臨戦態勢および緊急スクランブル!パイロットは所定の手続きを省略し、至急機体に搭乗せよ”
「これが海堂司令官なりの”お別れ会”ですか?」
小紫は管制室で顔を強張らせる海堂の隣であえてイヤミったらしく呟く。
「すまない小紫司令官、どうやらお別れの秘蔵酒はまた次の機会になりそうです。
後、貴方のお迎えを何としても死守しなければ当面ゼロ基地に縛り付ける羽目になってしまう」
それを聞いた小紫が驚愕した。
「まさか、白鷺シェルターが狙われているの?!」
「いえ、白鷺シェルターの盾になっているのはこのゼロ基地ですからまず矢面に立つのはこちらです。
ですがちょうど白鷺からの連絡便が基地に到着間際、こちらに向かい急速接近中の一団が瀬戸内観測所をより
報告がありました。数が多いのもさることながら・・・」
そう言うと海堂はコンソールを叩いて観測所から送られて機体映像とそれに基づくデータを映し出した。
小紫はそれを凝視して思わず海堂と顔を見合わせた。
「これって・・・!?」
「そうです、これは純水戦争時に脅威であったーーーー」
「Su-57?!」
綾瀬は作戦要綱を聞いて柄にもなく素っ頓狂な声をコクピットで上げた。
「どうもそうらしい、映像解析では間違いないそうだ。しかも二機、あとUAVがオプションのように多数」
神谷は機体のチェックをしながら緊張した面持ちで伝えた。
「Suごじゅうななってなんです?」
あまり、兵器などに詳しくかつ興味のない柊が事の重要性も解らず皆に尋ねる。
「柊ちゃん、その戦闘機って多分戦争のときすごく強かった奴だよ、なんかここに来る前に事前資料で見た事ある」
最近、成績を上げてホープからめでたく格上げとなった春野こよみがフォローを入れる。
「さすが主人公、勉強熱心だな!まあ、どのみち俺達カゲロウの方が小回りが利くし地の利もある。お嬢さんたちは
俺が守ってやるって」
三宅はそう言って二の腕の筋肉を上げてポンポンたたいた。
「・・・今度はちゃんとしてよね。まただらけていたら後ろから撃つから」
綾瀬は相変わらずの調子の三宅に釘を刺し、神谷がご愁傷さまとつぶやく声が聞こえた。
「綾瀬先輩は相変わらず容赦ないですね」
春野がおびえた様子でヘルメットを取り急ぎ被る。
「言わせておけばいいのよ、フンだっ」
柊は綾瀬の言うことなど気にも留めずふてくされた様子でヘルメットをかぶりベルトの調節をする。
そこに海堂司令官よりパイロット一堂に無線がかかる。
「全員、準備は完了したな?いいか、本状況は今極めてシビアな状態にある。
現在こちらへ向かっている連絡便のオスプレイ二機も今更引き返すわけにもいかず取り急ぎこちらへ向かっているが
このままでは例の強襲団とかち合う可能性もある。しかし先ほど連絡便からの申し出があり内の一機が囮を申し出た」
「冗談でしょ・・・?」
一同がざわめく。
海堂の予想外のセリフに神谷は驚き慌てて連絡便の情報を見る。
しかし搭乗者は岸本さん以下いつもの面子である。
神谷は懐疑的に思い海堂に尋ねた。
「本当ですか?ひょっとして白鷺側から内の一機は囮にしてもいいって打診があったんじゃないんですか?
そのほら・・・例の小紫さんの・・・」
神谷の問いかけにすぐ傍らにいたのか小紫が無線に出てそれを否定した。
”神谷隊長、たぶんそれはないわ。先生は基本的に作戦の状況や現場に口を出すような事はしないはず、あの人は
インテリですもの”
「大人って色々あるなぁ、ある意味こっちは気楽なのかも」
三宅は小紫の含みのある言い方に呆れた様子だった。
”いいか!状況は筒にして桜桜にならず。囮だろうが何だろうがお前らが死守しなけらばならないことには変わりない。
それ事実は頭に叩き込んでおけ。オペレーター発射準備は?!・・・・よしカタパルトエレベータースタンバイだ!”
”カタパルト発射5秒前・・・・3・・2・・1・・今!”
ゼロ基地の大きく開いた大地の射出口よりカゲロウたちが一機、二機と次々に飛び出してくる。
今状況で戦場に羽ばたいたのは神谷機・綾瀬機・三宅機・柊機・春野機そしてホープとである3機である。
”全機発進を確認、そのまま通常飛行を続け待機せよ”
管制塔よりオペレーターの無線が入る。
”・・・・・・・・・・よし、白鷺にはその旨を・・・・・・・・・伝えろ”
無線に他と話しているであろう海堂の声が聞こえる。
”――待たせたな、全機傾聴しろ。現在北東十数キロより二機の定期便、いつものオスプレイがこちらに向かっている。
が、それと真向いの海上方面から向かってきているのが所属不明機Su-57が率いるUAV小隊だ。
現在確認されたのはおよそ10機。貴様ら熱風隊はこれを迎え撃つような形となる。”
「ついに身内からも熱風隊呼ばわりとはね。まあ悪い気はしないけど」
「ただでさえクソ暑いのにな。名前までこう暑苦しいと」
”私語をするな、傾聴しろ”
三宅や柊が無駄口を叩くのをオペレーターがたしなめる。
”今状況は敵の脅威を鑑みて特別に隊長機並びに副隊長機にデコイバルーン射出機を搭載している。
例のSuはXSAMを搭載している可能性が極めて高いがデコイで落ち着いて対処すれば問題ないはずだ。
あと柊機、春野機、お前ら境からなんか買ったろう?こっちに報告が上がっていない、今報告しろ、何を装備した?”
抜け目のないのか整備班の人間から写真を入手していた海堂は特に柊に強く尋ねた。
「・・・・・・前に使ったマイクロミサイルってやつ。あれがあればイチコロでしょ?皆、私が撃墜したらミサイル代カンパしてよね」
”全く今度は装備したなら直前でもいいから報告をしろ。
春野、お前は?だがお前は言うほどペイカードを持ってなかったんじゃないか?”
「私が譲渡したの。レールガン。あれ、3発しか撃てないし」
綾瀬は淡々と告げてるとそれを聞いた春野が何故か慌てふためいた様子で弁明する。
「あ、あのその、くれって言ったわけじゃないんですっ。そのレールガンの話してて訓練の最中―――」
「誰も責めてなんかいないぜ。それよか副隊がモノくれるなんて珍しいな」
「それだけ腕を見込まれているんだ、ターゲットトレーニングはほぼ満点だったしな。流石は主人公、隊長の座も明け渡す時が来たか」
神谷たちが茶化すので春野はヘルメットに隠れて見えないが顔を真っ赤にさせて何やら喚く。
”わかった。まあ、それで状況達成が上がるのであるなら今更口を挟む気は全くない。ホープ機の諸君は珍しく泣いている奴が
一人もいないな。いいかホープ機、操縦桿を握って落ち着いて神谷隊長や綾瀬副隊の事を聞いていれば何も怖くない。
頭ン中楽しい事でも考えてるんだ、それでは健闘を祈る”
それだけ言うと無線はプツリと途絶えた。
「良し、皆作戦は前もって聞いていた通りだ。俺と綾瀬と三宅がSuを相手する、向こうが迫ってきても応戦しようとするなよ。
相手の方がスピードは上だが旋回性はこっちの方がはるかに上だ。UAVは柊と春野、ホープたちに任せる。
うまく基地の対空砲が届くところまで導いてやってくれ」
「へぇ、任されちゃっていいの?まあ私は全然かまわないけどね」
神谷の台詞に柊は嬉々として答えた。
”敵機、会敵まで約20秒。熱風隊、速度及び高度制限を解除、状況を開始せよ”
「よし行くぞ・・・熱風!状況開始!」
「・・・・・・・・・何それ?」
「神谷は変な所が暑苦しいからな・・・まあ本人が言いたいなら言わせておこうぜ」
「さあいくわよ。ホープ達、私達について来なさい!」
先発の三機は高度を上げ、レーダー上に捉えられたSu-57率いる敵機群と高度を合わせる。
「最大出力で。綾瀬、相手が撃ってきたらすかさずデコイを」
「対応するわ。三宅、撃ち漏らさないでよ」
「任せとけって、これでも昨日の訓練は自己ベスト更新したんだからな!」
「春野の下だけどな・・・」
三人は流石に場数を踏んでることもあり、適度な緊張感で隊形を取る。
その後方では柊機と春野機がホープ達を率いて訓練中であった隊形を試みている。
「・・・・・・大丈夫かしら?」
「柊と春野なら大丈夫だろう。案外、あの性格が真逆さが良いコンビになるのかもしれん」
「漫才かよ・・・」
ヘルメット上に映し出されるぎこちない動きの映像を見て、三宅は苦笑いをしていた。
「来たわ・・・敵機を目視確認」
僅か点であるが、空に不釣り合いな黒き点が無数に現れた。
「・・・・・・早いな、相手も速度を上げた?」
「二機が先行してる、SU・・・・・・・・・・・これって?!」
黒き小さな無数の点は瞬く間に大きくなり、やがて風圧を持って迫ってくるのがモニター越しでも分かった。
「ターゲット圏内!隊長良いか?!向こうが撃ってこないならこっちが撃つぞ!」
三宅がターゲットマーカーをSuー57に合わせアラート音が鳴るなら痺れを切らせながら操縦桿を握る。
「・・・クソ、仕方ない。行け三宅!」
「ミサイル発射ぁああああ!」
”三宅機コード:Three、実行”
三宅機から二発のミサイルが発射され、先行する二機のSu-57へと尾を引きながら一直線へと向かって行く。
だが。
ヒュンッ!
「か、交わされたっ!?」
一直線に向かってくるミサイルに臆することなく敵機は着弾間際に縦に機体を傾かせミサイルをあしらう。
しかもSu-57は進路を何ら変えることなくそのまま一直線に突入に、神谷たちの真上をすさまじいスピードで通り過ぎた。
「ちょっっ、ガン無視かよ!!野郎ふざけやがって」
三宅がまるで眼中にもないようなSu-57の行動に怒りを露わにする。
「待って。すぐUAVがっ、対処をっ!」
綾瀬が目前に迫ったUAVに急ぎ対応する。
「これは・・・そうか、そういう事か。ゼロ!応答しろ。敵機の目的は基地や白鷺、俺達でもない。
オスプレイだ!最初から定期便を目標にしている!」
”・・・・!・・・・・・!・・・先行三機、至急旋回し対応にあたれ。柊機以下、君達はSuに対応してはならない。
散開し、攪乱行動に入れ!”
管制室の様子も慌ただしくなるのが無線越しでも解った。
UAVを撒きながら急いで基地方面へと戻る三機、その中綾瀬は焦る中にもある疑問が頭の中を渦巻いていた。
(何故?今まで定期便が狙われるなんてこと一度も無かった・・・何があるというの?)




