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第三章 雛鳥 ♯01

「この野郎っ!」

ゴスっ!

小紫が作戦室に顔を出した時、眼前の光景に驚愕した。

綾瀬が三宅の顔面を殴り、神谷がそれを必死に止めているのである。

「綾瀬っ!もうやめろ!」

女性とは思えない腕力で三宅は吹っ飛び、それを柊が急いで介抱する。

「ちょっと、隊長もうやめてよ!別に駄目だって決まりはないじゃない!」

「決まりはなくともルールは有るわ、柊、あなたも聞いてるはずよ」

小紫は壁にもたれかかって冷ややかに眺める海堂へ小走りに寄って行った。

「海堂司令官、じっと見ていてよろしいのですか?このままでは三宅君が」

「ああ、良いんだよ小紫監査官。久しぶりのいいガス抜きになる。元々俺が指導してやろうかと思ったんだがな、

ホープの一人を失ってかなりキレてる。あれは止められん」

海堂はそういうと傍らの椅子に腰かけると何かを書き始めた。

「だからって・・・口から血も。あ、如月教官!もう停めてやってください、これでは大事になりかねません」

小紫は今度は疲れた表情で部屋に入ってきた如月教官に懇願する。

「小紫監査官、今日訓練中にもお伝えしたはずですよ?”深くかかわらない方がいい”と。

この子達は隊員とはいえ未成年で有り、まだ子供です。つまり学ばなくてはならないのです、それが

どのような方法であれど、ね」

如月はそういうと海堂の隣の席にドカッと腰を下ろしてペットボトルの水をあおった。

「なんでも夜通し”ヤッて”たんですって?子供とはいえ流石体力あるわ、羨ましい・・・こっちはもう生きるのすら辛いっていうのに」

「その図体でよく言う・・・お前も整備班の宿直室によく顔出してんじゃないか?」

海堂はペンを走らせながら卑しく如月に問う。

「何言ってんだがこのムッツリーニがっ」

如月は女性とは思えないような品のない笑い方をした。

その間も綾瀬の三宅に対する粛清は続く。

「ふ、二人ともほおっておいて良いんですかっ。もういい加減やめてください!規則違反でもこのような体罰による行為は

監査官として見逃すわけには行きません」

小紫はのんきに談笑する二人に必死に制止するよう呼びかけるがまるで相手にされない。

その時、綾瀬が叫ぶ。

「いいわ来なさいよ!三宅、あんた男なんでしょ!やられてばかりいないでかかって来なさいよ、それともあんたがやるのは

裸の女だけなの?!」

綾瀬が三宅を挑発し、周りの野次馬も一斉に沸き立つ。

”いいぞ副隊!!やっちまえ!”

”おい三宅、副隊もひん剥けよ!本人公認だぜ”

”ハハハ!頑張れベースの兄貴!”

流石に殴られっぱなしの三宅もいい加減頭に来たのか逆切れしてよろよろ起き上がると傍らの柊を押しのけファイティングポーズを取った。

「おい綾瀬、もうやめとけ!三宅もっ!もうお前も十分禊をした!十分だ!」

神谷が二人の間に割って入るがお互い目もくれない。

「しゃあねーなぁ・・・副隊、覚悟しろよ・・・裸になっても泣きわめくんじゃねーぞオラぁ!」

「こいよ、○○〇野郎!」

ダァーーーーーーーーーン!!!

雷でも落ちたような轟音が鳴り響き、作戦室は一斉に静寂し、空気は凍り付いた。

全員がその音源の先を見る。小紫である。

天井に向かって拳銃を発射して凄まじい目つきで辺りを睨みつけていた。

銃口から煙が上がり、硝煙が鼻孔をくすぐり全員が息を呑む。

海堂はその拳銃を見て驚愕した。最新の小型低反動12口径拳銃である。

携行を重視したため小ぶりで弾数も少ないがその威力は当然、大柄の男も一撃である。

銃を高らかに上げる小紫を見て海堂は目を丸くした。

(流石は白鷺の監査官、一級は伊達じゃない)

「怒らせないで・・・私がその気になればここにいる全員餓死寸前まで追い込めるわよ。司令官、なぜこんなことをするのか説明して」

海堂は小紫の意外な一面を見て一瞬身がたじろぐがその間に事態を重く見た隣の如月がシュッと起立し、小紫に敬礼すると

急ぎ事の経緯を説明する。

「説明いたします。当基地内では不測の有事に備え22時以降の隊員の行動活動を一切禁止して休息に専念するようにしており、違反したものに限っては処罰の対象となります。ただし、その対象者が未成年者の隊員に限っては隊の責任者にその処罰の内容を

一任しております。その小紫監査官にいたりましては、報告連絡が遅れましたことをここに深くお詫び申し上げます!」

そう高らかに宣言すると力強く敬礼した。

「なんてこと・・・直ぐに止めなさい、監査部の人間としてこれからの処罰内容はどのような対象者で有れ司令官を始めとした管理権限の持った人間のみに指導します。良いですね、これは指導命令です。拒否したいのなら所定の手順を踏みなさい」

小紫はそういうと拳銃を内股のホルスターにしまい込んだ。

軽く身なりを整えると拳銃はエアコンジャケットの裾で隠れる。

「・・・お、お前ら解ったか!今日はもう解散だ、ほら散れ!早く!」

神谷がふっと我に返ったかのように周りの野次馬を追い出しにかかり、隊員たちは顔を青ざめながら部屋を次々に後にしていった。

海堂は小紫に向き直ると、先程のなめてかかった態度を一転させた。

「大変申し訳ございませんでした小紫監査官。配慮が欠けておりました」

「配慮が欠けていたのは全員でしょうに。綾瀬副隊長、柊さん、少し事情をお伺いしたいわ、場所を移しましょう。

隊長、三宅君を医務室の運んだらあなたも来て頂戴。場所は食堂にしましょう」

神谷は初めて会ったときとはまるで違う側面の小紫を見て、

少し困惑したがすぐに気を取り直し三宅に肩を貸すと軽く礼をして部屋を後にした。

「司令官も、少し後でお話を・・・では、行きましょう二人とも」

小紫に促され、綾瀬も柊も押し黙ったままうつむき小紫についてゆく。

先程まで騒然としていた部屋には海堂と如月だけが取り残される。

「・・・・・・甘く見ていた。まさか12口径携帯とは、まあそうか、考えられることではあったか・・・」

緊張が解けた海堂は深くため息をついて腰を下ろす。

しかし如月は嬉々として小紫が出て行った方向を見つめて呟く。


「良いじゃん・・・いいじゃん・・・見直したよ、小紫さん。女はやっぱり度胸だよ、なあ司令官」

「何が度胸だ・・・生きた心地がせんよ、俺にとって女は永遠に謎だ」

それを聞いて如月はまた高らかに笑いだすのだった。


翌日、小紫は基地唯一の屋上展望台で青空の下すっかりうなだれていた。

摂氏は今日も48℃を超える中、エアコンジャケットの出力を全開にして遠くの白鷺の方角を見つめる。

「・・・小紫監査官、貴方のような芯の強い人間でも黄昏れる時があるのですね?」

小紫がゆっくり振り向く。うなだれる背に声をかけたのは境整備長と手に連れている少女だった。

少女の手には不釣り合いな無骨なカメラが掴まれていた。

「境ですか・・・そういえばその子、詳しい詳細を聞いていませんでしたね。資料には保護対象者としかかれていませんでしたが、ああ、もういいです。ここは私の常識を超えた奇想天外な事実ばかりです」

そういうと小紫はまた背を向けてしまった。

「ああ、大方綾瀬辺りから事情を聴いたのですね?まあそうもなるでしょう。・・・足元に気をつけろよ」

境はそう促すと少女は小走りに走って策に身を乗り出すとカメラのファインダーを覗き込んで写真を撮り始めた。

「しっかり紹介してませんでしたね、この子はひより、この基地の第一期生の忘れ形見ですよ。

今は俺が頼りなくも親代わりしてますよ」

「忘れ形見?ということはこの子は」

「そうです、カゲロウパイロット初期メンバーのうちの一人が母親です。ですがその時は妊娠してもお役御免になる制度など

無く、あの子もとい彼女はひよりを生んでからも自分の命が尽きる最後まで戦い続けました」

いつになく真面目に語る境に今までは少年少女相手に商売していた印象とはまるで違う違和感を覚えた。

「境・・・さん?」

「皆覚えてる、ここに来た奴は全員ね。一人も忘れない、たとえ一日しかいなくとも散っていった者たちの無念を俺たちが

晴らすために」

少女はひとしきり写真を撮ると小走りに小紫の前に現れてずいっとカメラを差し出した。

「ん、見て」

「え、わたし?」

小紫は恐る恐るカメラを受け取るとバックモニターの再生を押した。

どれも写真はきれいな入道雲をとらえた空や荒廃しつつも情景ある大地を映し出している。

「・・・どれも綺麗に撮れているわ、誰に教わったの?」

「綾瀬」

「・・・そう」

綾瀬と聞いて小紫の顔はとたんに陰りを見せた。

「昨日、綾瀬と柊に事情を聴いたんでしょう?まあ、どうせロクでもないような内容だったことと思いますが」

「ショックを通り越してただただ呆れたわ、まさか子供たちの、隊員の間でルールを設けているなんて。

しかも綾瀬は”やるなら時間内でやれ”って、柊は取り付く島もなし」

小紫はそう言うと境は高らかに笑いとばした。

「そりゃそうでしょうね。お互い手段は違えど、生きるために必死ですから・・・

綾瀬はホープとしてここに来た時、ひよりの母親に飛び方を教わったんですよ。

だからひよりにあのカメラを渡したのも綾瀬です、母の死を少しでも紛らわすために」

ひよりは小紫からカメラを受け取ると再び撮影に戻っていった。

「綾瀬さんが?」

「ええ、あの子はね。許せないんですよ、あの頃自分に実力が無かった事が。

そして作戦中にひよりの母が死んだのも自分に責任の一端があると。だからこそカゲロウで生き残る事を目標にして、

子供をもうけてここを出ようとする柊を毛嫌いする」

境はそういうとどこから持ち出したのか例の缶詰めを取り出すと蓋を開けて小紫に差し出す。

「どうです?落ち込んだ時こそ体力付けてみては?」

小紫はいったんは遠慮しつつも境の見透かしたかのようなにやついた顔に観念し、

大きくため息をついてその中身を一つまみした。


「うぇ!なにこの味、これでフルーツなの?!」

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