プロローグ
遥か彼方を望めばそこは蜃気楼。
海は遠くまで枯れ果て、手前は瓦礫と朽ちた木々達。
吹き荒れる熱風、外気温は48℃余り。
ここ、播磨と呼ばれる地域はそれでも人々にとっては”恵まれている”と言う。
山々を望めばまだ緑が辛うじてその息吹を残していた。
古来より溜池が多かった土地の為か、自然はまだ”生きている”。
「白鷺シェルターより入電、貴公の旅の安全を祈願することの事です」
「大袈裟な・・・」
若いパイロットからの無線に彼女は深くため息をつく。
パリッとした白いスーツの上には外気から身を守るためのエアコンジャケット。
深々と被っていたそのフードを軽く取ると窓から眼下に広がる景色にただ目を奪われていた。
強烈な日差しと熱風にジリジリと焼かれる廃ビル群や枯れた木々。
幾度となく学んできたものの、実際それを目の当たりにし心を痛めても、やはり襲い掛かる気温にはかなわない。
小型輸送機オスプレイ改の中はエアコンが効いていても35℃越。
全身から噴き出る汗を拭い、また拭っても吹き出る汗に彼女は一瞬病気を疑った。
「まあ、そういうもんです。時期になれますよ」
彼女の真向いに座る背の高い痩せた白髪交じりの男は経口補水液を惜しげもなく口にした。
これは本来陳情品としてこれから行く場所に届けるものである。
「榊原さん、後で数が合わなくなっても困るのですが」
「はは、真面目ですね小紫監査官。これはほら、毒見ですよ毒見。
日本の為に戦っていらっしゃる彼らに何かあっても困りますからね」
見るからに全く反省の色のない榊原と呼ばれた男は、ペットボトルを床に置いて何かメモを取り始めた。
今では貴重な紙だが彼は昔からメモ帳を持ち歩き、事あるごとに何か書き込んでいる。
ある日尋ねると”こうすると気分が落ち着くんです”と言っていた。
相変わらず不可解な榊原にそっぽを向き、再び窓へと向き直りガラスに反射する自身の顔を見ながら
身だしなみを軽く整える。
胸に付ける身分証プレートには”白鷺・監査官:小紫 水蓮”。
モデルのようなスタイル、白磁のような肌、整った黒髪を後ろで束ねている。
瞳は灰青色で、その感情は読み取りづらい。
彼女は官公職用シェルター《白鷺区画》からきた国家査察庁・特別査察官である。
今日、彼女は人生で初めてシェルターを出て下界に出た。
永遠に終わる事のなくなった日本の業夏。
地球温暖化はその先を行き、ついに世界は灼熱へと到着する。
やがて世界は大きく衰退し生き残った人間もわずかに残った資源や水を求めてやがて争いに身を投じて行く。
それに国家や人種、血などの概念は存在しない。
只、生存するという純然たる本能のみであった。
その争いは皮肉を込めて純粋(純水)戦争などと呼ばれていた。
彼女の乗るオスプレイは今熱風を受けながらある場所へと向かっている。
「そろそろかしら?」
「まあ、そんなに遠くないですからね。ほら、見えてきましたよ、あれですあれ。懐かしいな・・・」
彼女達の窓からのぞく景色に今では珍しい緑の生い茂る森林と点在する大きな池、そして朽ちた工業地帯。
そしてそこに不釣り合いな管制塔のようなものが突如として現れる。
前哨拠点・第零区―――。
廃コンビナート跡に急造された外敵を迎え撃つための前線基地である。
彼女は今日、国からの命を受けここに監査に訪れた。