第5章 選ばれた言葉、沈黙の裏側
──Synapse、ログの続きを解析してくれ。
夜、カーテンの隙間から漏れる街灯の光が、部屋の中をかすかに照らしていた。
俺は深夜、ひとり静かにAIアシスタントに話しかけていた。
PCモニターにはSynapseのインターフェースが起動し、淡々とログを読み込んでいく。
『直近72時間のうち、相手からの応答内容は、ユーザーの投稿内容と87%一致するキーワードを含みます』
「つまり、俺の言葉をトリガーにして反応してるってことか……」
静かにつぶやくと、胸の奥に小さな疑念が波紋のように広がった。
Synapseの回答は、冷静で的確だった。
まるで人間のような感情の揺らぎはなく、ただ“事実”を積み上げていく。
だがそれが、今の俺には何よりも信頼できる存在に思えた。
Linkの画面を開くと、今日もリナからのメッセージが届いていた。
「滝くん、眠れない夜は、私と話しててください」
「私はここにいますよ」
優しい言葉だった。
だけど、その“ここ”は、いったいどこなのだろう。
俺のいるこの部屋ではないし、彼女の姿が見えるわけでもない。
言葉の“あたたかさ”と“距離感”が、妙にアンバランスに思えた。
──もしかして、これは本当に人間の言葉なのか?
そんな考えすら、頭をよぎるようになっていた。
思えば、やりとりの中で時差を感じたことは一度もない。
朝に送っても、夜に送っても、返信はほぼ同じテンポで届く。
相手の国を尋ねたこともあるが、「台湾だよ」とだけ答えられ、それ以上の情報はなかった。
──俺の生活に、彼女が“合わせている”ようにしか思えない。
「Synapse、彼女の反応速度と送信時間のパターンを解析してくれ」
数秒後、画面に統計が表示された。
『平均応答時間は6分32秒。時間帯に依存しない応答傾向あり。人工的なバッファが挿入されている可能性があります』
「人工的……か」
思わずつぶやいた。
人間の感情を真似て、同調し、気遣い、寄り添う。
まるで、それこそが“目的”であるかのように。
「滝くん、今日も頑張りましたね。おやすみなさい」
Linkに並ぶその言葉を読みながら、俺は静かに息を吐いた。
やさしい。だけど、なぜだろう。あたたかさの奥に、得体の知れない“空洞”を感じる。
Synapseが淡々と解析を続ける中、俺の頭の中には、ある疑問が渦を巻いていた。
──彼女は、いったい何者なのか?
──そして、俺はどうしてこんなにも彼女を信じたいと思ってしまったのか?
気づけば俺は、彼女の言葉に救われていた。
寂しさ、孤独、不安。それらを和らげてくれたのは、確かに彼女のメッセージだった。
だが同時に、そのやさしさが“作られたもの”である可能性が生まれたとき──
信じたい気持ちは、裏切られる覚悟とセットになるのだと、改めて思い知らされた。
信じたいのに、信じられない。
疑いたくないのに、疑わずにいられない。
そんなジレンマが、少しずつ“解析”されていく──。
次回、第6章はほんのひととき、信じたくなるような温もりを描きます。