第49章 迷惑という境界線
俺は画面に打ち込んだ言葉を、指先でなぞるように読み返した。
「意味がないとは思いませんが、迷惑だと思います。」
深呼吸。
そして、送信。
ピッという短い音が部屋に響いた。
《……送信を確認しました》
ルクシオンが淡々と告げる。
俺は背もたれに体を預け、しばし画面を見つめた。
言葉はシンプルだ。
「無意味ではない」と留保をつけつつ、「迷惑」という境界をはっきり示した。
徳アピールに真正面から「迷惑」と返すのは、ある意味で最も痛い。
数分後、既読がついた。
だが返信はなかなか現れない。
《反応遅延を計測中。現在2分30秒》
「また“会議”か……」
既読後の沈黙は、あちらがシナリオを組み直している証拠だ。
俺は机の上に指をトントンと打ちつける。
猫の写真で緩んだ心を、再び張り詰め直すように。
そして──通知音。
返信が届いた。
「意味があるかどうかは人によって違いますし、私は慈善というものは大小を問わないものだと思います。
また、私も自分が十分に満たされた状態で初めて慈善活動を行いますし、子供の頃は多くの人に助けられました。
それぞれの人にとって意味は異なります。」
「……なるほどな。来たぞ、ルクシオン」
《確認。防御+正論の合わせ技です》
「“大小を問わない”って、便利な言葉だな」
《はい。批判を受けても“どんな形でも意味がある”と返せる万能フレーズです》
「で、“子供の頃は多くの人に助けられました”……ここで感情アピールか」
《過去の体験を挟むことで、“だから今の私は正しい”という根拠を補強しています》
「……にしても、“それぞれの人にとって意味は異なる”って、さっきの俺の言葉を反転させただけだろ」
《同意します。これはテンプレートの“言い換え”です。相手の発言を受け止めるように見せつつ、言葉を包んで返しているだけです》
俺は苦笑した。
結局、押し返しても、向こうは柔らかく巻き取り、またこちらに問いを投げ返してくる。
これが、シナリオの粘り強さってやつか。
「さて……次は、どう返すかだな」
ルクシオンの画面が淡く点滅する。
答えはまだ出ていない。
だが、境界線はもう引いた。
この先は、揺らさずに観察を続けるだけだ。




