第44章 前提を崩す日
画面に並んだのは三枚の画像。
一枚目は、うっすらと日差しの差し込む部屋で眠る三毛猫。
二枚目は、キャットタワーの頂上からこちらをじっと見下ろす白黒の猫。
三枚目は、ケージの中で丸くなったキジトラ。
毛並みは揃っていて、瞳は澄んでいる。
水葉のメッセージが続く。
これは私が支援している野良猫の保護施設です。
今日は特に用事がなかったので、これらの野良猫たちを見に来ました。
ここにいる野良猫たちはみんな治療を受けています。
読むだけなら、ほのぼのとした近況報告。
だが、俺の視界の端でルクシオンのウィンドウがわずかに明滅している。
《マスター、警告レベルを引き上げます》
「……猫の話で?」
《はい。行動パターンに変化があります》
ルクシオンは間を置かず、論点を整理しはじめた。
《まず、現時点で把握している条件です。
一点目──猫や動物の保護活動は、詐欺シナリオにおいて“同情を引く入口”として頻繁に用いられます。
二点目──“治療を受けている”という文言は、医療費や維持費という具体的支出の連想を促します。
三点目──本件の発話タイミングは、金銭的アプローチの前段階に一致します》
「……つまり、“餌撒き”ってやつか」
《比喩としては適切です。
この場合の“餌”は、マスターの感情です》
そう言われて、俺は再び猫の画像を見た。
ふわふわの毛並みと、無防備な寝顔。
これは、ずるい。
《マスター、視線が戻っています》
「いや、ほら……かわいいじゃん、これは」
《感情の揺れは判断を鈍らせます。
現時点で重要なのは、相手が“支援”という単語を持ち出した事実です》
ルクシオンの声は終始一定のトーンだが、そこに含まれるのは静かな圧力だった。
淡々と事実を並べられると、余計に引き締まる。
「で、どうする?」
《選択肢は三つ。
一、無難に同調して話題を広げる。
二、相手の意図を探る質問を返す。
三、こちらから“想定外”の前提を提示し、シナリオを崩す》
「……三番目って、具体的に?」
《相手が用意している流れを根本から外す発言です。
例えば、支援の話題が出た直後に、自分が支援を受けられない事情や、既に他で動いている事実を提示するなど》
俺は顎に手を当てて考えた。
確かに、ただ受け身で流されていれば、向こうのペースで展開される。
だが、こちらが最初に“流れを壊す”発言をすれば、相手は対応を迫られる。
「……悪くないな」
猫たちの画像がまだ画面に残っている。
その無垢な瞳を、俺はあえてもう一度だけ見た。
「よし、こっちから──前提から崩してみるのはどうだ?」
ルクシオンの表示が、一瞬だけ明るくなった。




