第40章 テンプレは翻訳できるのか?
「よし、ランクルは無視だ。」
深呼吸ひとつ。
あの“急すぎる”ランドクルーザー宣言の余韻が、まだ胸にしこりのように残っていたが、俺はそれを脳内からポイッとゴミ箱に放り込んだ。
問題は、そこじゃない。
──口調の変化だ。
明らかに、別人レベルだった。
まるで、誰かが途中から台本を変えて読み始めたような違和感。俺の中では、今そっちのほうが深刻だ。
「ルクシオン、ログの準備は?」
《はい、マスター。水葉さんの直近20通分の発言ログ、照合完了しています。音声解析の代用として、語尾と句読点の使用傾向もデータ化済みです》
さすが俺の相棒、抜かりない。
俺はスマホの画面を開き、水葉とのトーク画面にメッセージを打ち始めた。
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「……あれれ〜、なんか話し方、急に変わってない?」
送信。
正直、ちょっとドキドキしている。
だが、いつものように──いや、いつも以上に早いレスポンスが返ってきた。
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「変わったかな?
さっき翻訳アプリを変えてみたんだよ〜」
……出たな、絵文字付き。
今までは一切なかったはずなのに、急に“ゆるふわ”なトーンが顔を出してくる。
《マスター、句読点の省略、語尾の波形変調、語調緩和の挿入など、8項目で明確な差異を検出しました》
「さすがだな」
俺は苦笑しながら返信を打つ。
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「ごめん!ちょっとキツイかな。
キャラと話し方が合ってないですね。」
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ここからが本番だ。水葉はどう返してくる?
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「えへへ〜滝くんがわかってくれたら嬉しいな。
まだまだ日本語はもっと勉強しないと、うまく話せないからね。」
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おおっと……これは……。
俺は思わずスマホを持つ手に力が入る。
「“えへへ〜”て……」
さっきまで「車の性能が~」って語ってた奴が「えへへ〜」……?
いやいや、キャラぶれにもほどがあるだろ。
さっきまでは“海外在住のしっかり者”、今は“ふわふわ天然女子”。
《マスター。彼女は現在、自己キャラを再構築中と思われます。詐欺的目的を前提とする場合──》
「ちょっと待った」
俺は指で画面を一時停止した。
「ルクシオン、今はまだ判断保留でいこう」
そう、まだ決めつけるには早い。
矛盾もあるが、確たる証拠もない。
なのに俺は、なぜだかこのやりとりが妙に気になって仕方なかった。
「ねえルクシオン。テンプレって、翻訳できると思うか?」
《テンプレートとは、本来ローカルに根差した文化的規範です。翻訳しても意味は保てません。ただし──演出可能です。》
「……だよな」
つまり、あの“ゆるふわ日本語”は、彼女が演じている──ってことになる。
俺はもう一度スマホの画面を見つめた。
水葉の言葉はそこに、柔らかく浮かんでいた。
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「まだまだ日本語はもっと勉強しないと、うまく話せないからね。」
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《マスター、返信をご希望ですか?テンプレ候補を10件ほど提案できます》
「……いや、今回は俺の言葉で返す」
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俺「そうだね。
ちょっとあざとい感じが出てるかな〜。
その言い回しは日本人だよ。」
⸻
送信。
これでどう返ってくるかで、少しは見えてくるかもしれない。
スマホを置き、俺は天井を見上げる。
(ルクシオン、テンプレは翻訳できるか?)
その問いは、どこか自分に向けたものだった。
──それから、数時間が経過した。
画面の中のLinkは、しんと静まり返っている。
返信は、来ない。
俺「……来ねえな」
《観測時刻:最後の発言から4時間27分経過中です》
俺「いや、あの“えへへ〜”からの沈黙って、どういうテンションの揺れだよ」
ルクシオンの画面がゆっくりと点滅する。まるで考え込んでいるかのように。
《仮説:翻訳アプリのアップデート中》
「それで会話止めるなよ」
《あるいは、“演出チーム”の交代を検討中かもしれません》
「何だよその業界感」
俺はため息をつきながら、ふと過去のやりとりを遡ってみる。
──なるほど、よく見ると。
返信のリズム。
テンプレの精度。
急なキャラの変更。
そして何より、「整いすぎてる文面」と「妙に間が空いた返事」。
俺「なあルクシオン、対応荒くないか?」
《はい。誤差あり、テンプレ混入あり、そして急激なトーン変更。
対応品質としては、詐欺業界でも中堅以下と考えられます》
「……詐欺業界にランクあんのかよ」
《あります。ちなみに現在の彼女は“雑コピペ型・エモ感先行系”と推定されます》
「エモ感先行……それ、わかる気がする」
──最初は優しかった。
でも今は、明らかに“雑”。
俺「最初に出てきた“私、料理好きだよ〜”とか、明らかに“女子の理想像AI”じゃん。で、途中から“車が好き”に切り替わってる」
《嗜好ジャンルの“セグメント跨ぎ”が発生しています》
「つまり?」
《設定がブレているということです》
「知ってるわ!」
俺は思わず吹き出した。
──もうここまで来たら、ある意味“応援したくなる”。
俺「なあ、逆にこのレベルの“雑さ”でやっていけてるなら……俺もいけるんじゃね?」
《マスター、まさかご自身も“エモ先行型”へ転職を──?》
「俺も“えへへ〜”って言えば、救われる未来があるのか?」
《……ご利用は計画的に》
ふたり(?)のやり取りが静かな夜に響く。
──まだ、返信は来ない。
でも、何だか楽しくなってきた。
考察は、まるで推理ゲーム。
違和感は、スパイス。
沈黙すら、ドラマの一部。
ルクシオンが静かに語る。
《“返信の遅延”は、“演出力の限界”か、“対応班の疲弊”か。
あるいは──“ただの寝落ち”》
俺「一周回って、それが一番リアルかもな」
俺はスマホを伏せた。
じゃあ今夜は、無理に追わずに終わろう。
次の一手は──返信が来てからでいい。




