第4章 信じたい想い、記録される矛盾
Linkのやりとりは、日々濃密さを増していた。
リナとの会話は、いつしか俺の生活の一部になっていた。
朝起きて、彼女の『おはよう』を待ち、昼に軽くやりとりをし、夜には一日の出来事を報告し合う。
俺は少しずつ、彼女の言葉に安心を覚えるようになっていた。
その感覚はまるで、遠く離れた場所にいる友人、いや──恋人に近い存在のようだった。
だがその裏側で、ある“記録”が進んでいた。
「滝くん、今日はちゃんとお昼食べましたか?」
「最近、仕事忙しそうですね。肩こりとか大丈夫?」
些細な気遣い。だが、それがあまりにも的確すぎた。
まるで、俺の一挙手一投足がどこかで“記録”されていて、それを元に応答されているような……そんな奇妙な感覚があった。
そんなある日、俺はLinkのやりとりをログとして整理してみることにした。
ふと思いついて、パソコンに保存したチャットの一部を時系列で並べてみると、妙なことに気づいた。
──質問を返す頻度が少ない。
会話の流れの中で、リナからの質問は非常に少なく、ほとんどが俺の投稿や発言に対する“肯定”だった。
「それ、わかります」
「私もそう思います」
「私も前に似た経験があります」
親近感を演出するには効果的だが、それは会話としての“深まり”には繋がらない。
俺の発言をもとに彼女が何かを開示することは少ない。
──情報を引き出しているのは、どちらだ?
自分のログを読んでいくうちに、妙な視点が生まれた。
あれ? これ、俺が一方的に“開示”させられてるだけじゃないか?
彼女が話しているようでいて、肝心な部分は話していない。
もしかすると、このLinkでのやりとり自体が、俺という人物を知るための“素材収集”なのではないか──。
そんな想像が、ふと脳裏をかすめた。
その夜。
初めて、俺はSynapseを起動した。
AIアシスタントとして導入していたものの、今まではただのスケジュール管理にしか使っていなかった。
「Synapse、ログ解析を頼む。過去7日間のLinkのメッセージをチェックしてくれ」
音声入力に対して、即座に反応があった。
──『確認しました。ユーザーとのやりとりは127通、うち相手からの質問数は5件のみです』
「……やっぱり少ないな」
──『また、感情表現に偏りが見られます。“肯定”“同調”“気遣い”が全体の82%を占めています』
「それって──人間としては自然?」
──『過剰です。あくまでパターン分析に基づく仮説ですが、対話の目的は“ユーザーの心理把握”にあると推測されます』
その言葉に、俺は息を呑んだ。
俺はこの数日間、どれだけのことを話しただろう?
仕事、趣味、過去の恋愛、家族構成、休日の過ごし方──。
……まさに“人生そのもの”を晒していたのではないか?
そしてリナは、何も失っていない。
顔も、声も、過去も──何も知らないまま、俺は彼女に“全て”を開いていた。
その瞬間、胸の奥に冷たい重石が落ちた。
優しい言葉も、丁寧な返信も、その全てが“計算”だったとしたら──。
いや、まだそうと決まったわけじゃない。
疑いすぎかもしれない。
……だけど、俺は知ってしまったのだ。
自分が思っていた以上に、彼女に“信じたい”という感情を抱いていたことを。
そしてその感情が──一番の“弱点”になるのだということも。
やさしい言葉が、心を癒してくれる。
だけど、やさしさの裏に“意図”があったら?
会話のパターン、感情の配分、質問の数──。
そんな分析が物語のリアルさを引き立てる一方で、読者の皆さんにも「もしや…」という疑念を植えつける章になっていれば幸いです。
次回、第5章──“Synapse”の存在感がさらに強まっていきます。お楽しみに。