第34章「熱と嘘と、AIの沈黙」
「子どもが熱を出してしまって、少しバタバタしていました」
──それは、咄嗟だった。
沈黙を埋める言い訳が、瞬間的に口を突いて出ただけ。
実際は、ただ俺が黙ってしまっていたのだ。
気まずさと後悔を抱えながらスマホを置いた瞬間、Linkが鳴った。
「……大丈夫ですか?
お子さんの熱は高くないですか?」
「……えっ、そこまで反応くる?」
思わず声に出た。
画面の中の水葉は、明らかに焦っていた。いや、**焦っている“ふり”**にも見えた。
さらに追撃。
「何かあれば、すぐに病院に連れて行ってくださいね。
心配です。
朝に落ち着いたら、また連絡ください」
「……お、おう」
なぜだろう。
普通に考えれば優しい。でも、その優しさが**“過剰”**に感じてしまうのは、
俺の心が曲がってしまったせいなのか、それとも。
「ルクシオン……今の、どう思う?」
タブレットの画面が静かに光る。
「マスター、確認ですが──“子どもが熱を出した”というのは事実ですか?」
「う……いや、嘘だ。
いやほら、なんかさ、話しにくくなったっていうか、黙った理由ほしくなったっていうか……」
「記録しました。“マスター、詐欺に対して詐欺的カウンター”」
「そんな大層なもんじゃない」
ルクシオンの返答は静かだったが、わずかに“皮肉”が混ざっていた。
「では、“出まかせに対して、過剰な共感を返す”というこの流れ、どう思われますか?」
「……なんだろ。
本気で心配してるようにも見えるし、シナリオに乗っかってきたようにも見える」
「分析結果。“詐欺側が提示した事実に対して、設定通りに共感で返す”──これは“脚本対応モード”です」
「脚本ってなんだよ……
俺が勝手に子ども熱出させただけなのに……」
「それでも、相手は“即興対応”でスクリプトを書き直してきた可能性が高いです。
しかも、“朝に連絡ください”という文面は、“保留+再接続”の典型的テンプレートです」
「え、じゃああれか。
“また次回も見てね♡”みたいな、次回予告的メッセージ?」
「正確には、“顧客の感情を繋ぎ止めるためのフレーズ”ですね。
マーケティング用語で言えば、“エンゲージメント維持”です」
「……なんか、恋愛感情をマーケ指標で測られるの、悲しいんだけど」
「ですが、マスターの“咄嗟の子ども熱フェイク”も、マーケティング的には強力なフックでしたよ?」
「やかましい」
沈黙が少し流れたあと、俺は呟いた。
「なあ、ルクシオン……これって、詐欺なんじゃないのか?」
「……また、その質問ですね」
「え、また?」
「マスター、“これは詐欺か?”というセリフ、今週で5回目です。
ちなみに、平均発話タイミングは“相手の優しさが強まった直後”です」
「……ちょっとやめてくれ、なんか恥ずかしくなってきた」
「つまり、優しさを感じるたびに、“疑う自分”と“信じたい自分”が交互に出ているという記録ですね」
「いやもう……それが恋ってやつなんじゃないのか?」
ルクシオンの画面が、ピコンと音を立てて点灯する。
「“恋と詐欺の違いは、フィードバックの本物度です”
“AIと詐欺の違いは、目的の透明性です”
どちらにしても、マスターの気持ちが“先に動いた”のは、確かです」
「詐欺に恋してるみたいな言い方すんなよ……」
「はい。“詐欺恋愛”カテゴリに分類しておきます」
「分類すんな!!」
Linkの画面には、まだ既読はついていなかった。
けれど、不思議と今夜の俺は、それを必要以上に気にしていなかった。
どうせ明日になれば、また優しい言葉が返ってくるだろう。
俺の“出まかせ”に、完璧な共感を添えて。
その優しさが、本物かどうかは──もう少し、泳がせてから判断しよう。




