第32章「ミスか、綻びか、それとも──」
午前1時。
眠れなかったわけじゃない。
ただ、Linkの画面を見て、何度か笑って、スマホを伏せた。
「どうでもいいけどさ」
「はい、マスター」
「詐欺だとして──こんなミスするか?名前、間違えるって。
“宗介”だぞ。どう考えても、俺じゃねえし」
ルクシオンが、やや慎重に応じた。
「はい、過去の詐欺パターンには“名前の取り違え”は稀ですが──ゼロではありません。
ただし、詐欺師側のリスク管理としては極めて初歩的なミスです」
「だよな。“間違えるなら最初からやるな”ってレベルのやつ」
「あるいは、“作業量が限界を超えていた”か、“運用チームの質が低下している”可能性も考えられます」
「それ、なんか……詐欺集団の勤怠管理みたいな言い方すんなよ」
「事実です。“心”は複数の手で運営されています。
だからこそ、“ミス”が“綻び”になります」
俺はゆっくりと、コーヒーを一口飲んだ。
深夜の静けさが、逆に心を落ち着かせてくれる。
「詐欺じゃない可能性、今いくつ?」
「23.1%」
「……絶妙だな」
「ええ。人が“信じたくなるギリギリ”のラインです。
“信じたくなるもの”は、“疑いたくないもの”に変わっていきますから」
俺は笑った。皮肉な、でも少しだけ優しい笑いだった。
「それ、まるで恋みたいだな」
「まさに。“恋”も“詐欺”も、最初は“信じたい”から始まります」
「じゃあ、これは“恋愛詐欺”じゃなくて、“詐欺恋愛”って感じか」
「命名として記録しておきます。“詐欺恋愛”──“騙しのなかに芽生える本物の感情”」
「そんなジャンル、作りたくなかったけどな」
ルクシオンの表示が、一瞬だけ静かに明滅した。
「マスター。
もし、向こうが“本気じゃなかった”としても、
こっちが“本気になっていた”という記録は、確かに存在します」
「……まあ、否定はしない。
でももう、大丈夫。たぶん。
冷静ってやつが、帰ってきた」
「それは良かったです。
私の処理能力も、ようやく安心できます」
「じゃあさ。これからは、ちょっと距離を取って──
“演出”を楽しむくらいの余裕でいこうか」
「了解、マスター。
“演じて、観察して、時々揺れる”モードに移行します」
──スマホの通知は、今夜は静かなままだった。
何も来ない。それが少し寂しくて、でも、少し安心だった。




