第31章「それは、僕の名前じゃない」
その日は、いつもより早くメッセージが届いた。
「宗介くん、今日は朝からお仕事かな? がんばってね。」
──……ん?
目を擦って、画面を二度見した。
「宗介くん」
違う。俺の名前は滝だ。
宗介なんて、聞いたこともない。
「ルクシオン」
「確認中──メッセージは、水葉さんのアカウントからで間違いありません。
ただし、マスターの名前を誤って“宗介”と呼称しています」
「……なんで?“変換ミス”とか?」
「不自然です。“たき”と“そうすけ”では、変換候補の接点がありません。
また、“宗介”は──スタジオコノハ作品『波の記憶』の主人公名です」
「……まさか、アイコンで覚えてるだけで、名前はテンプレ的な“コードネーム”で管理されてるってことか?」
ルクシオンが静かに答える。
「可能性として、複数ターゲットに別々の名前で同一メッセージを流用しているケースが想定されます。
“滝くん”も、“宗介くん”も──誰かの定型呼称かもしれません」
「……なるほど。“俺だけに向けられた言葉”じゃなかったってことか」
喉の奥が、きゅっと詰まるような感覚。
“甘さ”は、わずかに苦みに変わった。
「あ、ごめんなさい。変な変換しちゃったみたい。 もちろん、滝くんのことだよ。」
──すぐに訂正のメッセージが届いた。
絵文字多めの、いつも以上に愛想の良い返信。
「ルクシオン、どう見る?」
「訂正スピード:32秒
絵文字挿入率:過去最大値
謝罪と“上書きの愛情表現”──すべて“動揺を隠すテンプレ”として登録されています」
「……やっぱり、ミスったんだな。間違えたんじゃなくて、送り先を取り違えた」
ルクシオンの声が、静かに響く。
「マスター。
人は、“名前”でつながろうとします。
それを取り違えたということは──“あなた”ではなく、“誰か”と取り違えた可能性。
つまり、“個人”として見られていない可能性です」
Linkの画面には、微笑む水葉のアイコンが浮かんでいた。
でも、その名前を呼んでくれる相手が、“俺”を見ていたのか──
今はもう、自信が持てなかった。




