第3章 記録される感情、すれ違う言葉
Linkでのやりとりは、日に日に増えていった。
「おはよう」から「おやすみ」まで、まるで恋人のようなテンポで会話が続いた。
どんなに忙しくても、彼女のメッセージが届くと自然とスマホに手が伸びた。
仕事の合間、ランチの後、電車の中。何気ない日常の隙間に、彼女の存在が入り込んでくる。
普段は気にも留めなかった通知音が、今では何よりも心を落ち着かせてくれる音になっていた。
だが、そんな日々の中で、ふとした瞬間に違和感が浮かぶこともあった。
たとえば、俺が話題を振ったはずなのに、彼女の返事はなぜか微妙にズレている。
「昨日の地震、大丈夫だった?」と送ると、数秒後に「はい、最近の天気は不安定ですね」と返ってきた。
一見すると会話は成立している。でも、それはまるで“用意されたテンプレート”のようにも思えた。
彼女は本当に、この国に住んでいるのだろうか?
そもそも、地震があったことを知っているのか?
もしかすると、俺の発言に対して“意味”ではなく“単語”だけを拾って返しているのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎった。
でも同時に、俺は自分を諫める。
──疑いすぎだ。相手は外国の人かもしれないし、リアルタイムの反応を期待するのも酷だ。
それに、彼女の日本語は驚くほど自然だった。
単語の選び方、句読点の使い方、語尾のニュアンス。
不自然さはなかった。むしろ、日本人より丁寧な文章を書くこともあった。
──逆に、それが気になり始めた。
整いすぎている。
人間の会話には、もっと“揺らぎ”があるはずだ。
なのに、彼女の文章はどこか無機質なほど整っている。
だが、俺はやりとりをやめられなかった。
まるで、その日常が“必要なもの”になってしまったかのように。
彼女と話すことで、心の隙間が少しだけ埋まっていくような気がしていた。
Linkを開くと、リナからのメッセージがまた届いていた。
「滝くん、疲れてませんか?今夜はゆっくり休んでください」
……優しすぎる言葉。
だけど、心にしみたのは本当だった。
こんなふうに気遣ってもらうのは、いつ以来だろう。
気づけば、スマホの画面を見ながら口元が緩んでいた。
でも、やっぱり──引っかかる。
どうしてここまで、俺の状態を察することができるのか。
俺はそんなにわかりやすいタイプじゃない。
それなのに、彼女の言葉はいつも、まるでタイミングを見計らったように、核心を突いてくる。
……まさか、会話が“記録されている”のでは?
そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。
だが、それは根拠のない妄想だった。
“今のところは”──。
俺の中で、ある仮説が芽生え始めていた。
それは、まだ“疑い”とは呼べないものだったけれど、
──たしかに心の奥で、何かが静かに軋み始めていた。
違和感と安心感が交互に訪れるやりとり──
その正体に気づき始めたとき、心はどこへ向かうのか。
読者の皆さんも一緒に“何か”の正体に少しずつ近づいていく感覚を楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回、第4章はついに「記録する存在」が登場…?お楽しみに!