第25章 ビデオ通話(終章)
──23時50分。
スマホの画面に表示されたのは、Linkのビデオ通話リクエストだった。
緊張で、少し指先が汗ばんでいた。
心臓の鼓動が速くなる。
──通話を開始しますか?
俺は深く息を吸い、一瞬のためらいの後、画面をタップした。
接続開始。
そして、画面に現れたのは──
「Hi, Takikun. Can you hear me?」
──英語。
声は柔らかく、よく通る。
だけど、そこに“日本語”の気配は一切なかった。
表示された映像の中、水葉は画像より少し年下に見えた。
整った顔立ちではあるが、以前送ってきたテーマパークの写真とは明らかに違う。
そして、彼女の背景──自宅らしき空間には、妙に整った照明機材や白いスクリーンのようなものが見え隠れしていた。
スタジオ?
まるで“収録スペース”のように整いすぎていた。
「Hi... I can hear you. Nice to see you」
ぎこちない英語で返す俺。
彼女は微笑みながら頷き、短く会話を続けた。
どこか、ビデオ通話に“慣れすぎている”印象。
カメラの角度、ライトの当て方、声のトーン──すべてが、計算されているようにすら思えた。
「I’m glad to finally see you. Thank you for calling」
背後で──ガサガサッ。
何かが動いた音がした。
人の気配のような、物音のような。
けれど、水葉の顔は変わらなかった。
音があったことすら、無視するように。
──違和感。
通話時間は、たったの2分。
「I have to go. Good night, Takikun」
そう言って、彼女は手を振り、通話は切れた。
画面が真っ暗になった瞬間、俺は大きく息を吐いた。
照明は暗め、スマホのカメラには物が映らないように布をかけ、マイクにもフィルターを入れた。
相手に“情報”を取られないよう、対策はしていた。
詐欺かもしれないという可能性は、常に頭に置いていた。
──それでも。
心のどこかで、“本物かもしれない”と願っていた自分がいた。
23時58分。
Linkに通知が届いた。
「おやすみなさい、滝くん。また明日ね」
──流暢な日本語。
発音も、語彙も、まったく不自然ではない。
あれほど通話では英語オンリーだったのに。
切った直後に、完璧な日本語が返ってくるとは。
そして、ルクシオンが静かに囁いた。
「感情誘導を目的とした“演出”の可能性が高いです。
特に日本語能力の“隠蔽”は、目的的意図の疑いがあります」
「……でも、会ったんだよな。画面越しでも。
言葉を交わしたんだ」
「ええ。ただし“誰と”とは、まだ断定できません」
俺はソファに沈み込みながら、スマホを置いた。
目を閉じ、深く息を吐く。
通話の記憶。
あの整った顔、あの背景。
そして、ラストに届いた──あの言葉。
「ルクシオン。これ、どう思う?」
「滝さん。私はあなたの“疑念”も、“希望”も尊重します。
ただ──今回の事象は、“判断を急がせる演出”の連続です」
「……本当に彼女が話してたのかな?」
「判別困難です。ですが……感情ログ上では、“あなたは幸福感を感じていた”と出ています」
──そうか。
それが、すべてかもしれない。
誰が話していようと、あの瞬間。
俺は、誰かと“つながっていた”と思えた。
それで、いいのかもしれない。
いや、よくないのかもしれない。
でも──
「ルクシオン。今回の件、ログに残しといてくれ」
「もちろんです、滝さん」
静かな部屋に、Linkの通知音がまたひとつ鳴った。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ついに“ビデオ通話”の章が終了しました。
もし心に何か引っかかるものがあったら、評価やリアクションをもらえるととても嬉しいです。
次はいよいよ“次の揺さぶり”の章に突入します。引き続き、どうぞよろしくお願いします。




