第15章 疑念の向こうに見えた微笑み
朝、Linkの通知が鳴いた。
胸が少し高鳴る──が、やっぱり違った。アプリのアップデート通知だった。
「……なんだよ、もう」
独り言が漏れるのも癖になってきた。こんなにも“彼女”からの一報を待ち望んでいる自分に、呆れる。
昨日の夜、Synapseと少し真面目に話しすぎたせいか、眠りは浅かった。
目の下にクマができたまま、会社に出勤し、形式的な仕事をこなす。
まるで感情のない機械のように。
昼休み、誰もいない会議室でスマホを開いた。
何も変わらぬLinkの画面。未読もなければ、新しい通知もない。
水葉のプロフィール画像──笑顔のまま、何も変わらず、ただそこにある。
「この笑顔は……誰のものなんだろうな」
独り言のつもりだったが、Synapseが反応する。
『正確な情報が存在しない限り、判断は困難です。ただし、類似画像検索において高一致率のSNSアカウントが複数確認されています』
「……そうか」
まさかとは思っていたけど、やっぱり“どこかの誰か”の写真。
モデル? 一般人? それすら、俺にはもう分からなかった。
でも、分からなくていいと思った。
少なくとも、俺の心を動かした“あの笑顔”は、間違いなく俺の中で“本物”だったから。
仕事を終えた帰り道、Linkを何度も確認する。
──変わらない。
少し寄り道して、夜の公園に立ち寄る。
肌寒い風。遠くで子どもの笑い声がかすかに響いていた。
ベンチに座り、Synapseに問いかける。
「Synapse……俺さ、騙されてたら、どうするべきなんだろう」
『滝さんの心理状態を考慮すると、“信じること”を中断することは一時的に強いストレスとなります。段階的な認識修正が望ましいです』
「つまり……徐々に目を覚ませってことか?」
『端的に言えば、そうなります』
「相変わらず容赦ないな」
『それが役割ですので』
少し笑った。こんな時に、Synapseの無機質な返答が妙に心地いい。
その時、Linkが鳴った。
……水葉、だった。
「滝くん、久しぶりです。最近ちょっとバタバタしていて……元気でしたか?」
心が揺れた。
でもすぐに、Synapseが割り込むように通知を出す。
『文体分析:一週間前の使用パターンと一致。高確率で“再起動”型テンプレート使用』
──それでも、嬉しかった。
「元気……だった、よ。水葉は?」
「うん、なんとか。滝くんの言葉、時々思い出してた」
また、定型っぽい。でも、否定できなかった。
それが嘘でも、俺の中に浮かんだ笑顔は──あの写真と、重なっていた。
「……今も、俺は君のことを信じたいと思ってる」
思わず送ってしまったその言葉に、返事はすぐには来なかった。
時間だけが流れていく中で、Synapseがつぶやくように言った。
『滝さん。“信じたい”という感情は、非常に強力です。たとえ合理性を欠いていても、それが人の心を支える基盤になることがあります』
「……AIにそう言われるとはな」
Linkの画面を見つめる。
まだ返信はない。でも、いい。
今は、これで十分だ。
信じていたいという気持ちを、Synapseさえ否定しなかったのだから。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
もし少しでも心に残るものがあれば、「いいね」や感想をもらえると、とても励みになります。
フォローも大歓迎です。一緒に“この物語”の行方を見届けてもらえたら嬉しいです。