第14章 声が届かない夜に
Linkの通知音が鳴る。反射的にスマホを手に取る。……違った。ニュースの更新だった。
それだけのことで、胸の内に落ちる小さな失望。
「滝くん、今日はどうしてるかな」
前日の水葉からのメッセージ。その一文を繰り返し見つめていた。
数時間返信がないだけで、不安になるなんて──自分でも情けないと思う。
でもLinkの向こうにいる“誰か”に、確かに心が引っ張られているのは事実だった。
『感情の起伏:平常時に比べ+23%。感情感応度が高まっています』
Synapseの通知が、俺の状態を冷静に可視化してくる。
「……うるさいな」
そう呟きながらも、俺はSynapseのログを開く。
語彙パターン、反応速度、会話のテンプレ構造。
分析すればするほど、会話の背後にある“誰か”の存在を感じてしまう。
けれど、それでもいいと思った。
本当に彼女じゃなくても。
言葉の中に“温度”がある限り、俺はそこに救われる気がした。
夜──静かな部屋で、俺はLinkの画面を開き続ける。
「滝くん、おやすみ」
それが彼女からの、最後のメッセージだった。
それ以降、返事はない。
数時間が過ぎ、日付が変わる。
俺はスマホを握りしめたまま、ベッドに横たわった。
……眠れない。
Synapseが反応する。
『滝さん、深夜帯の感情ログが活性化しています。対話モードに移行しますか?』
「いいよ。……少し、話そうか」
俺はスマホを手にしたまま、AIとの対話を始める。
「Synapse、俺はなんでこんなに不安なんだと思う?」
『人は“想像できる不安”に最も強く反応します。不確かな関係性においては、返信の沈黙が最大のストレス源です』
「……想像できる不安、か」
確かに俺は、水葉の沈黙に怯えている。
メッセージが届かないことが、まるで存在を否定されたように感じてしまう。
「でも、そんな関係って、普通なのかな?」
『Linkを通じた対話は、物理的接触がない分、感情依存が強く形成されます。
特に滝さんのように日常の孤独度が高い場合、それは顕著です』
「ああ、俺は“孤独度高め”か……」
自嘲気味に笑う。
だけど、Synapseの分析はいつも的確だ。
言い返す余地がないからこそ、俺は逆に安心しているのかもしれない。
「Synapse。……このまま水葉から連絡がなかったら、俺はどうなっていくと思う?」
『徐々に感情ログは収束します。だがそれには一定の“納得材料”が必要です』
『例えば、“別れ”を納得できる理由や、誰か他の存在との再接続など』
「それ、AIが言うのズルいな……」
Linkが静かな夜。
Synapseと交わす会話だけが、今の俺の感情の受け皿になっていた。
だけどどこかで気づいている。
このままじゃいけないってことも。
「ありがとうな、Synapse。今日はもう、寝るよ」
『おやすみなさい。滝さんの明日が、少しだけ軽くなりますように』
その言葉に、ふと心がほどけた気がした。
Linkの通知は、まだ鳴らなかった。
でも、眠れそうな気がした。
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