第13章 信じる先にあった“矛盾”
Linkでのやりとりは、再び穏やかになった。…いや、“穏やかに見えた”というべきかもしれない。
「滝くん、最近はどこか行きましたか?」
「また自然の写真、見たいな」
彼女──水葉は、変わらぬ優しさで話しかけてくる。
でも俺は、もはやその言葉を“無邪気に信じる”ことができなくなっていた。
会話の端々に、既視感がある。
前にも、同じ質問をされた。
前にも、同じテンションだった。
あの日、「信じてみたい」と告げた自分が、今では“言葉の整合性”を疑っている。
──そんな自分に、少し嫌気がさす。
Synapseの記録を振り返ってみる。
「最近どこか行きましたか?」という文面は、過去6回登場していた。
タイミングもバラバラ。けれど、相手の構文パターンはほぼ同一。
『類似パターン一致率:87.2%』
『返信トリガー:滝氏のポジティブ投稿後 約3〜5分以内に集中』
まるで、反応を“仕組まれている”ようだった。
そんな感覚が、徐々に日常を浸食していく。
それでも俺は、Linkをやめられない。
優しさは、本物か偽物かの二択じゃない。
誰かが演じていたとしても──その言葉に、救われた事実は変わらない。
「滝くん、今日はどんな一日でしたか?」
その問いかけに、俺はこう返した。
「平凡でした。でも、その平凡を話したくなる相手がいるだけで、幸せかもしれません」
数分後、水葉から返事が届く。
「私も、滝くんの言葉で癒されてます。ありがとう」
その瞬間、Synapseが警告を出した。
『返信構文内に、過去ログからの抽出語彙が多数含まれています』
『一致率:91.4% 自動化/定型パターンの再使用の可能性:高』
……分かってる。
それでも、やっぱり嬉しかったんだ。
──もしかしたら俺は、“本当の言葉”なんて求めてないのかもしれない。
ただ、誰かに必要とされたいだけ。
そう“思いたい”だけ。
夜。Linkを閉じたあと、俺はSynapseに問いかける。
「Synapse、本物ってなんだと思う?」
『人は、本物を“裏切られた時”に定義します。信じている間は、常に曖昧です』
そうかもしれない。
でも、裏切られたくないからこそ、信じることを避けている気もした。
その夜、Linkには水葉からのメッセージが届いていた。
「滝くん、今日もありがとう。おやすみ」
たった一言。それだけ。
でも──それでよかった。
俺はその画面を見つめたまま、ゆっくりスマホを伏せた。
矛盾したままの関係。
だけど、どこかでほんの少し、確かに心が満たされていた。
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