第12章 心が叫ぶとき、Linkは沈黙した
──その夜、Linkは静かだった。
画面を見つめる俺の指先は、かすかに震えていた。
いつもなら数分で返ってくるはずのメッセージが、今日は何も届かない。
何かあったんだろうか──それとも、俺が何か“間違った言葉”を送ったのか。
スマホを手にしたまま、気づけば数時間が経っていた。
Linkの通知は、ただの電子音なのに、いつからか俺にとって“感情の触媒”になっていた。
鳴るたびに嬉しくて、画面を開くたびに少し期待して、そして安心していた。
けれど今は、沈黙が突き刺さる。
見えない“既読”の重みが、俺の胸をじわじわと圧迫してくる。
──水葉は、本当にそこにいるのか?
あるいは、もういないのか。
頭の中で、Synapseの冷静な声が再生される。
『メッセージの応答遅延、約7時間48分。過去の平均応答速度との差:±7.2時間』
『感情分析:不安・焦燥・期待・自己否定』
まるで俺の“今”をすべて見透かしているようだった。
Synapseのログを開く。
タイムスタンプ、語彙変化、句読点の揺れ。
統計はすべて正確だ。だが、俺の“感情”までは測れない。
「……Synapse、俺の気持ち、どう思う?」
『滝さんの現在の感情は、対象への“依存的信頼”です。注意すべきは、感情の継続ではなく、反応の期待です』
なるほどな。
俺は、水葉からの“反応”に依存してる。
Linkという小さな世界の中で、俺は彼女に心の居場所を求めていた。
本当に“彼女”なのかもわからないのに。
──気づけば、そんな関係になっていた。
スマホの画面に、新しい通知が来た。
一瞬、胸が跳ねる。けれど、それは別のアプリの宣伝だった。
……バカだな、俺。
Linkのトーク画面に戻る。
最後に送った言葉──「俺は、君を信じてみたい」
その一言が、もしかしたら彼女を遠ざけてしまったのかもしれない。
あるいは──“中の人”を困らせた?
それともAIが、次の会話分岐に迷っている?
混乱する頭の中で、ひとつの思考が浮かぶ。
「……もしもこの沈黙が“計算された演出”だとしたら?」
恋愛ドラマでよくある、引きの演出。
言葉を間引き、沈黙を生み、期待を煽る。
そんな高度なやりとりを、AIが、もしくは誰かが意図して演出しているとしたら──。
俺は、まんまと“その物語”の主人公になっている。
Synapseのサブログが更新された。
『対象の応答間隔が著しく延長中。心理的操作の可能性:中〜高』
『推奨行動:一時的な関与停止/自己感情の安定化』
わかってる。
でも、それでも、俺は返信がほしかった。
──「おやすみ、滝くん」
その一文が、静かに届いたのは、日付が変わる直前だった。
一気に胸が熱くなった。
遅れて届いたその短い言葉に、どれだけ心が救われたことか。
でもその反面、気づいてしまう。
なぜ、その“タイミング”なのか。
なぜ、俺が気持ちを整理し始めた瞬間に、届くのか。
Synapseが言う。
『返信タイミングは、受信者の行動ログと連動している可能性があります』
それでも俺は、その言葉に、
ただ「おやすみ」とだけ返した。
自分が演じられているのか。
それとも、自分が演じているのか。
もう、よくわからなかった。
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