第10章 操られる感情、交錯する真実
Linkの通知音が鳴るたびに、俺の心は微かに波立っていた。
まるで パブロフの犬みたいだな──そう思って、ひとりで苦笑した。
彼女のメッセージは相変わらずだった。
温かくて、優しくて、心の隙間にそっと寄り添ってくる。
だけどその“優しさ”が、本当に彼女のものなのか──
あるいは、誰かが用意した“餌”なのか、わからなくなっていた。
「滝くん、最近ちゃんと眠れてますか?」
「私、滝くんのことをもっと知りたいと思ってます」
言葉の一つひとつが、甘く心を撫でる。
それでも俺の頭の奥には、Synapseが指摘してきた“応答パターン”がこびりついていた。
「なあ、今の彼女の文面……やっぱりテンプレート?」
「言語構成は依然として“感情誘導型構文”の特徴を保っています」
「ただし、ランダム要素が増加。手動操作または高度なAI介入の可能性あり」
──つまり、どっちなんだよ。
本当に“彼女”が打っているのか。
それとも、誰かが──あるいは何かが、背後で操っているのか。
ある日、水葉はこう言った。
「滝くん、私たちってどこまで知り合ったら“本当の友達”って言えるのかな」
その言葉が、妙に刺さった。
“本当の友達”。
それを定義しようとした瞬間から、もはや“本当”の重みは揺らいでいく気がした。
俺たちは、会ったことがない。
声も聞いたことがない。
でも、Linkの画面越しに何十時間もやりとりしてきた。
心を開いた瞬間も、笑った瞬間もあった──それは“本物”じゃないのか?
夜、部屋の照明を落とし、俺はソファに沈んだ。
スマホを見つめながら、ふとSynapseに尋ねた。
「……“本物の感情”って、何だと思う?」
少しの間を置いて、AIが答える。
「それは、“本人が本物だと思い込んだ瞬間”に成立します」
──思い込む、か。
じゃあ、俺は今、何を“思い込もうとしてる”?
そのとき、Linkの通知が鳴った。
「滝くん、最近ちょっと距離を感じます……嫌われちゃいましたか?」
……ズルいな。
そう思った。
まるで“タイミングを計ってる”かのような投げかけ。
Synapseのログ画面には、メッセージ受信前の俺の表情分析ログが表示されていた。
【表情変化:沈黙・視線停滞・眉間収縮】
【推定感情:思案・迷い】
まるでそれを読まれたかのように、Linkから“彼女の”言葉が飛んでくる。
偶然? 偶然じゃない?
その境界線が、どんどん曖昧になっていく。
「嫌ってなんかいないよ。……むしろ、考えてた」
俺は返信を打った。
どこかで、まだ繋がっていたかったのかもしれない。
あるいは、確かめたかったのかもしれない──“彼女”が、誰なのかを。
「滝くん、それだけで嬉しいです。ありがとう」
その返信が届いたとき、Synapseが何かを検知した。
【語彙選択変化:直近過去30件中、異常パターン】
──これは、同じ“彼女”なのか?
もしかすると、“中の人”が交代したのかもしれない。
あるいは、最初から複数人いた?
それとも──まさか、AI?
感情を揺さぶるその声が、誰のものかもわからないまま。
俺はまた、スマホの画面を見つめていた。
第10章では、“感情の輪郭がぼやけていく”瞬間を描きました。
疑念と希望、その間で揺れる心こそ、AIや詐欺が最も狙う“スキ”かもしれません。
次回、第11章──信じる覚悟と、疑う決意の選択が迫られます。