建国パレード Ⅰ
建国パレード当日。
ルクセリア・トレスに王位が受け継がれてから十年。
当時の王が十年前、ある事故によって王位を退いた真実を知る者はごく僅かだった。根も葉もない噂が瞬く間に飛び交い広がったのを覚えている。王城では火消しを行わず、真実を明るみに出来ない歯痒さに耐え続けたのが現女王ルクセリア・トレス──。
人生の伴侶を失い「託された」子を自身の子と同じ様に育て上げた彼女。十年間一人で戦い続けていた彼女のその過去を知るものは王城内で玖我音ただ一人。
人々の思いというのは、移ろいゆく──。例えそれがどんなに悲劇だったとしても、各々の方法で前を見て歩き出さないといけない。前へ進むために必要な儀式を執り行い、ようやく過去のものとする為に。
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俺たち三人は建国パレードが執り行われる中央の広場へと足を運んでいる。行き交う人々は口々にルクセリア女王を称え、十年の節目である今日という日を祝福した。
国中が──「今日」という日を盛大に祝い、前に進もうとしている。
「あーっ!ソウナあれ美味しそうだよ!」
「ソワレ…さっきたらふく奏梛と飯食ってただろ」
「はいはい、ゴズ君は黙ってくださーい」
「俺の分まで全部食べてたのにまだ足りねえのか…」
私達のやり取りを見て彼は微笑み、それを見てはつられて笑顔が連鎖していく。
何も高望みなんてしていない。
こんな日が続いて欲しい。それが私とゴズの願いだった。
こういう時、誰にこの気持ちを預け、願えば良いの──?
「──ソワレの手料理が美味しいのは自分が美味しいもの食べたいから…だもんな?」
「そう!そうなのっ!やっぱ食事って大事だし!どうせ食べるなら美味しく食べる為の勉強はなんだってするんだから」
「あんなに食べる割には身体は華奢なんだよな──」
「ソウナっ!流石良い事言ってくれるー。それに加えてゴズ君は私の美貌にも努力があると言うのをもっと理解してほしいものだよ」
彼女は一人前を歩きながら俺たちを先導している。
ステップを踏む様にクルクルとロングスカートを靡かせてご機嫌だ。「ちゃんと前見ねえと危ねえぞ」とゴズが注意するものの、ソワレは止まらない。足取りの軽さが、そのまま今のルクセリアを表している様な気がした。靴の底が鳴らすステップは妙にこの人混みでも心地よく響く。
ゆっくりと歩みを進めていくと、人の波がだんだんと大きく形を成して、広場へ向かう道が遅々として進まなくなる。
「──全然進まなくなってきたね…うーん、此処からだともう下手に戻っても人の流れに逆らうだけで時間かかりそう──そういえば、今日、志弦ちゃんってパレードに参加するのかな?」
「…どうだろうな。この国に長く住んでる者でも人前に居るのを見た事があるのはごく少数しかいない。今日位は奏梛も居るんだ。顔を見せて欲しいんだがなぁ」
ゴズの言葉に奏梛は何処か心ここに在らずと言った様子で──。
「…ソウナ?」
「────」
「え、あ、ちょっと待って!ソウナ!逸れないようにしないと!」
ギリギリの所でソワレの指先が服の袖を掴むと、大きな流れの中に飲み込まれそうだった俺を引き戻してくれた。
「──済まない。考え事をしていた。ダメだな。この人混みで逸れたら暫く合流できそうにないし──気をつけるよ」
「んもーそうだよっ。一度逸れたら夕方位までこんな感じなんだし──そうだ、今日はソウナ演奏するんでしょ?何時からなの?」
「あぁ、十三時に王城の広間で行われるらしい」
「らしいって──ソウナ演奏するのにそんな他人事で大丈夫なの?」
「それがな──事前の連絡は昨日、兵達を通じて書簡を受け取ったんだが、肝心の入城許可証が無くてな…」
「ええっ?!それじゃお城に入れないよ!どうしよう──」
自分の事のように慌てるソワレにゴズが頭をポン、と叩きながら続けた。
「なんでソワレ、お前が慌ててるんだ。城の奴らの事だ──大方クガネでも使いに寄越すんじゃねえか?なぁソウナ」
「あぁ…だが今日は自分の脈は発現できないしこの人の量となると──」
「──ご心配には及びません、奏梛様」
「うわっ!クガネ!何処から出てきたのっ?!」
「本日奏梛様がいらっしゃる事は女王も把握済みです。許可証など奏梛様には必要ない──とのお達しです」
「それで──わざわざ迎えにきたのか玖我音」
「いえ…私はこれから暫くの間は城から抜け出す事ができません。志弦様も式典にはおそらく参加されません…ですので奏梛様、これを──」
「これは──?玖我音、俺は何も秘密裏に会うつもりは…それに二人は──」
「女王様がこちらで待機中です。一度お会いに──なって頂けませんか?もちろんソワレ様、ゴズ様も共に。奏梛様、演奏が終わってからでも構いません。王城にはまだ剣聖の来訪を良く思わない派閥もいるのです。パレード中のこの様な浮き足立つ時こそ、事を大きくしたくはない、とルクセリア・トレス様から言付かっています」
「───」
「ソワレ──顔に出し過ぎだ」
コツンとゴズのゲンコツがソワレの頭に優しく落ちた。
「女王陛下は…ルクセリア様はどうしてそんな隠れて会おうとするの…まだ、ソウナの事──」
「ソワレ──仕方ないさ。この国にとって俺は──時間が経とうと半分は国を滅ぼしかけた原因なんだ。公の場で謁見しようとはどちらにしろ考えていなかったが──向こうから先に打診してきたんだ。今は受け入れるしかない」
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俺たちはパレードから一度離れると、予定していたよりも随分早くに王城を訪れる事になった。
十年ぶりに見る王城──色々と複雑な感情が過らない、と言えば嘘になる。
「──じゃぁ一先ずこの先は俺一人でいくよ」
「ソウナ──一人で平気…?」
静かにまたゴズのゲンコツが優しくソワレの頭頂部を鳴らした。
「心配しすぎだ。ソウナとルクセリア女王二人で話した方が良いだろう。俺達はソウナの治療を行いはしたが──本来ならここには呼ばれない筈の人間だ。まぁ──女王様なりの配慮って事じゃねえか?」
「うん──わかった…」
「まぁ、ソウナ。俺達は城の中適当に見て回ってくるから。お前は早いとこ片付けて来な」
「あぁ、すぐ戻る」
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私とゴズはそのまま城を見て回ろう──とはソウナに言ったものの、だ。
私達は元々、当時王城への勤務を薦められていた。
十年前のあの時、彼の治療やその他にも──色々な功績が認められて、王城勤めを強く薦められたのを覚えている。私達の両親も共に王城で勤めていたのだ。自然な事ではあったのかもしれない。
けれども、私とゴズは断ったのだ。
どうしても、当時──ソウナを一人送り出した事に納得がいかなかったし、その対応は決して国を救った剣聖に対する扱いでは無かったからだ。そしてそれは玖我音に対しても、同様の感情を私は少なからず持っていた。
だから──私はこの城から、ソウナを追いやったこの城から距離を取った。志弦ちゃんの事を考えると本当に悩んだ。だけれども、あの時の私達はまだそこまで大人じゃなかったから──自分の心を優先してしまった。
それが心の何処かで、後ろ髪を引かれる理由でもあったと──後に気付いた。
△▼△▼
「言い辛い事?」
少しの沈黙の後、玖我音が続けた。
その目は何処か、今を見ていない──遠い過去に囚われた者の眼だ。
そう、私達と同じ。彼女もまた、苦しみながら前進しているのだ。
そんなわたしの気持ちとは裏腹に、彼女は優しく微笑む。
「──ソワレ様、ご立派になられましたね」
「ええっ…?どうしたの玖我音、いきなりそんな事言って」
「いえ…十年も経っているのです。当然ですね」
私は今王城の大きな中央の広間でゴズを待っている。
「城勤めの兵達に楽器の手入れは任せられない」と言って、運び込んだピアノをこの広間にてチェックしていた。これなら少し時間を潰せそうだしソウナを待つには丁度良い──そんな事を考えながら柱にもたれかかっていると彼女が現れた。
他愛もない話くらい私にだって──出来る。そう思っていた。けれど、やっぱり私は何処かで納得がいっていなかったんだと思う。
クガネのその言葉を聞いて、何処かでしまって置いた感情が少しだけ。そう、少しだけ溢れそうになった。
無理やりに蓋をした様なものなのだ。何かの拍子に不意に出てしまうその言葉──それは恐らく、わたしの本心なのだという事にこの時気付いた。
「──私達。同じ国にいるのに十年顔を合わせてない」
少し言い方に棘があったかもしれないと、後ろめたい気持ちになった。だが事実だった。同じ国に住みながら、十年顔を合わせないというのはルクセリアでは意図的にそうしないとほぼ不可能に近い。いくら王城で勤める者とそうでない者といえどこの国は島国であるのだ。国の大きさなどはたかが知れている。お互いにそれも分かっている。意図して会わずに十年を過ごした───だからこそ、わざわざ口に出す事では無いのを知っている故に、罪悪感の様なものを感じた。
「そう…でしたね」
「...それで──何かあったの?」
この時、私はどう表現したら良いのかわからない感情を抑えるのに必死だった。出来るだけ平然を装ってはいるが、そんなのはおそらく彼女には透けて見えていた事だろう。
「──言い辛い事?」
「────」
「ねえ、クガネ──ソウナをもう…解放してあげて。志弦ちゃんの事は……理解してる。ソウナの身体の状態、知ってるでしょ。もう十分に償った筈。これ以上巻き込まずに、静かに志弦ちゃんを見守ろう?」
自然と掌を強く握りしめていた。
直接的に全て見ている訳ではないが、所作や常に体の一部分を庇うような動きを彼はしているのだ。状態が芳しくない、油断ならないという事は、ここ数日共に過ごす中で痛いほどに理解していた。それ故に、どうしても言わずにいられなかった。
「──クガネが正直に話してくれないなら、私達はソウナの話が終わったらすぐ帰るから。もうこれ以上、この国に縛られないで欲しいの。ソウナに」
「────」
「ごめん、少し言い過ぎた──けど、わたしは間違った事は言ってないよ…志弦ちゃんさ──王城で過ごさなくても…私達と一緒にいるって選択も志弦ちゃんにはあると思う。知ってるでしょ、ゴズは調律師だよ。志弦ちゃんだって楽器に囲まれている方が今よりも楽なんじゃないかな」
「──クガネ。私も前に進みたい。だからハッキリと言う」
震える喉に息を吸い込んで、出来るだけ──静かに伝えた。
「どうして奏梛は一人で旅に出ないと行けなかったの…?この国に戻ってきたのもクガネやルクセリア様が呼んだんじゃないの……呼び戻すつもりなら最初から一人で追い出す様な真似して──わたしはッ…出来る事なら一緒に居たかった……あんな状態の彼をどうすればこの国から追い出して──!」
震える肩に、優しくゴズの手が下ろされて──
「ソワレ、そこまでにしておけ。クガネも──俺も大体ソワレと同意見だ。何か理由があったにせよ、お互いにしこりを残して十年過ごしたんだ。無理に埋めていかなくて良いこともある。それに──今日は建国パレードだ。あいつの奏でるピアノが志弦ちゃんに届けばそれで良い。後はまた──いつも通り。俺達は俺たちの考えで。そっちはそっちの考えで志弦ちゃんを見守ろう」
「──ゴズ様。暖かいお言葉、痛み入ります」
「もし、俺の言葉が暖かく響いたのだとしたら──クガネ。アンタにもまだ良心があるんだろう?何が大事なのか今一度考えてくれ」
震えるソワレの肩を抱きながら、ゴズは静かに彼女の背中に手を添えた。
ソワレはずっと──小さな声で言葉を続けていた。その言葉はゴズの胸の中で、全てかき消えた。
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懐かしい部屋だ。先代のルクセリア・ガラハッドが俺たちとの国交を祝い建設した広間──。桜花の間だ。
「ルクセリア──理由があっての事とは理解している。だが、こうして志弦に近いアンタに俺がこうして直接接触するのはあまり好ましくない筈だ。何があったんだ」
「奏梛──ソワレとゴズは元気にしている?あの子達ももう立派な大人になった頃ですね」
「大事な話をする時の癖が抜けてないな──。余り時間もない。手短に。ソワレ達にも余り心配をかけたくないのでな」
「──変わりましたね」
「十年だ。人としての生としては決して短くは無いだろう」
そう人の尺度で考えるのであれば十分な歳月だ。人で、あれば──。
「貴方を追い出す様な形になったのですから──恨まれても致し方ない、とは思っています。そんな私の身勝手で最後にもう一度だけ──力を貸して欲しい」
「──続けろ」
「私は──彼の国に十年の間……人質を取られているのです。その者の名は──先代国王ルクセリア・ガラハッド」
「奏梛はさ──どうしたい?」
聞こえない筈の声が──聞こえた気がした。




