グルメ✕〇〇
自作小説にプロット製作アプリを取り入れて早数日。 いくつかの機能は有料だと知り項垂れていたのも初日だけ。 今では起・承・転・結それぞれの欄に要点を書く方法で1話くらい完成させてみようと、部室のキーボードをカタカタ叩いている。
軽文部専用Wi-Fiのおかげでプロットも見ながら進められるので、ん〜……と指が止まる時間が減ったのはありがたい。
とはいえ細かい描写や台詞までは相変わらず即興なんだけれど。 皆そんなもんなのかな?
「結論から言いますと、微妙でした」
隣で始まった批評発表会に、いつも通り指が止まる。 悩むフリをしつつ意識はあちらに向ける。
今日も今日とて、美花先輩は相変わらずの平常運転である。 いや、微妙って言ったか?
依頼者は2年生男子。 軽文部の部員ではない。 どころか外部の生徒だ。 制服から違う。
幼馴染みの紹介らしく、他校だからかソワソワしていた。 さっきまでは。
微妙と評され、本人もリアクションに戸惑っている。 幼馴染みからなんて聞かされていたんだろう……
美花先輩がコピー機を通したA4用紙の束、穴あけパンチで黒い紐を通した原稿を開く。 今回の依頼者は漫画雑誌のライトノベル大賞に応募する予定らしく、1か月後の締め切りに向けてブラッシュアップ中らしい。
茶封筒を持って来た3日前に、そう聞こえた。
美花先輩が明るくハキハキと述べていく。
「キャラ・ストーリー構成にオリジナリティがあり、食レポや心象風景の描写に最も力を入ているのが見て取れます。 ただ物語の空気が迷走しているように感じると言いますか、蛇足と物足りなさが混在している気がしました。
主人公である第2王女殿下が、幼少期から大好きな『食べ歩き小説』や『旅を題材とした演劇』に感化され、学園の卒業を機に飼い悪魔と城を脱走。 ご当地グルメを求めて国内を隅々まで巡り、『始めて食べたご当地グルメ』や『城でも味わえない食材』を前に、見た目・香り・食感・味・場所や空気まで含めて感激する。 そしてグルメ日記にその日の思い出を綴り、次のグルメを目指す。
最終目標は自分だけの地図を作ること。 という物語ですよね。
グルメのためならばどんなトラブルにも突っ込んで解決していく王女殿下と、憑依した物を魔導具にしてしまうマスコット系悪魔が、捜索する騎士達から逃げ隠れしながら突き進んでいく。
出会いと別れを繰り返す短編形式を8つ繋げた本作は、この作品の雰囲気的にもマッチしていると思います」
「微妙」にしては高評価そうに聞こえるのだが……?
グルメ+ファンタジー。 よくあるテーマかと思っていたが、食べ歩き旅とは。 僕の知っているグルメ+ファンタジーといえば、扉の先が異世界(日本)の洋食屋だったり、何故か店先が異世界と繋がっていて異世界のお客さん達が来店したり、料理好きが転移して料理してたら聖女認定されたり、チートなスキルで現代の食材やら調味料やら酒やらを買って調理したり。 そんなんばっかだった。
完全に現地の主人公が、ファンタジーな世界で食べ歩き旅するって設定は、僕が知らないだけかもしれないが、あまり見かけないジャンルだ。
要はファンタジー旅漫画ってだけなんだけれども。
にしても、王女が庶民の食べ物なんかで満足出来るのだろうか? 香辛料の扱いが明暗を分けそう。
……なんて思っていたのだが、続く美花先輩の説明でそれどころではなかったと理解する。
「各地で発生したトラブルを解決しながら、お礼は「美味しいごはんで!」と言う無欲な王女に魅かれ、次第に噂の人となっていきます。
ただそのトラブルがいくつか蛇足といいますか、毎話毎度のトラブルは多過ぎですし、王女殿下なので所々に時代劇味を感じました。 完全お忍びなので印籠は所持していませんけれど。
これが権力ざまぁ・知識であっさり解決・強スキルで無自覚無双作品だったのであればそれでも構いません。 けど、だとすれば描写が簡潔に過ぎます。 ここまでギャグテイストで済ませるのならば、いっそ無い方が癒し旅作品として楽しめました。 そこが蛇足と物足りなさの理由です。 フワッと味です」
「まぁ、私の趣味嗜好を多分に含む評価なのですが」と付け加える美花先輩だけれど、あらすじだけでも共感しかない。
描写の入れようで作者の意図は伝わってくる。 それでもグルメと旅に力を入れつつも、やってることがよく見る光景にしかなっていなければ、それはいつもの類似作品でしかない。 勿体ない。
飼い悪魔とかいうマスコットの能力を使うにしても、まさか剣に憑依して最強の魔剣だ!ドーン!とかやってないだろうな? だとしたら微妙どころか食べ飽きたカレー味だ。
と、ページをゴッソリと捲り、美花先輩はとある行を指差した。
「フワッとしているのはジャンルだけではなく、設定もでした。 特に気になったのが食レポ以外のシーンです」
ほぼ全てかい!
「まず、1話目の城から脱走するシーンと、2話目で身なりの綺麗さから不審者に尾行されたシーン。 共通する点として、靴に憑依させジャンプ力を強化した王女が、屋根から屋根へ跳び移っていく所ですね。
オレンジ色の瓦屋根なのですが、グチャグチャに破壊されていそうですよねコレ。 ですがそんな描写は一切ありませんでした。
では、跳躍距離の延長……とすると、今度は大通りで紛れるため屋根から石畳へ一直線。 スタッと両足着地し、悪魔から10点満点評価を貰いました。
膝の軟骨が破壊されていそうで心配です。 致命傷どころではありません、原型も残らず粉砕します。
せめて反重力で、月面の様に跳んでくれる能力なら身体にも優しいですよね。 ですがジャンプ力とは明確に異なりますし、それならそういう描写が必要です。
その後に目的だった串肉を10本も買って、屋根の上で味わっていました。 ここは好きでした。 だからこそ微妙に残念な回でした。
漫画的なデフォルメ表現なのでしょう。 しかしそういうのはギャグ色の強い作品か、王女が肉体的に丈夫などの説得力が前提になります。 自衛程度の実力しかないと自覚している逃げ型王女なのにコレでは、読者としては(あぁ、ここでその手のギャグか……)と冷めてしまいます。
このように、物理もフワッとしているシーンは他にもありました。
次の街を目指す道中。 遭遇した魔獣をやり過ごす為に、木の上へと跳躍します。 そのまま木から木へと飛び渡り、森の終わりでは枝の上から着地。 8点。
確かに名案ではありますね。 膝もですが、葉っぱや枝で、露出している肌がギジャギジャになる点に目を瞑れば。
おそらくは上手く、見えている枝にだけ跳び移っていたのでしょう。 それか王族なので、魔道具的なお守りでも所持しているのでしょう。
読者にフォローさせないでください。
些細な点ではありますが、そこを見落とさずに扱えるかでも、評価は変わると思います」
出るわ出るわ細かい埃がわんさかと。
言われてみればギャグだからといって、何でもありではない。 『横から弾き飛ばされて壁に人形の穴が空くシーン』があったとして、2年間過酷な修行をしたバトルアニメの主人公がやるのと、戦闘向きじゃないと自覚する逃げ王女様。 同じシーンでも、果たして笑って済ませられるのはどちらだろうか。 いや設定忘れるなよ!としかならないのはどちらなのか。
使い所を間違えれば、それは『作者は面白いと思ったギャグ』である。
とはいえ屋根の破壊や枝葉は、漫画慣れした脳では目から鱗だったかも。 脳内補完も立派な読者からのフォローでしかない。 僕だったら見逃してるね。
ここまでの話しを、「ぁ〜……」とか漏らしながらメモ帳に書き留めていく依頼者。 大賞への意欲は本物の様子。
と、またしてもゴソッとページを捲る美花先輩が、ボールペンの動きが止まるのを確認してから続ける。
「もう1つのフワッとは、歴史です。
7話の辺境伯領、8話の不作の話し。 どちらも納得がいかず、この国の行く末がますます不安になりました。
まず、辺境=田舎=貧乏とは何処からの認識でしょうか? 更には辺境伯が農民と変わらない暮らしをしている、というのが飲み込めません。
辺境伯とは侯爵の事でして、中央政府の権力が及ばない辺境地域を統治し、防衛や行政を担う重役です。 国境の護りの要である辺境伯には、軍を率いる役割もあり、時には大公に匹敵する権力を持つこともありました。
爵位の序列としては、高い順に公爵・侯爵(辺境伯)・伯爵・子爵・男爵と覚えておけば充分です。 因みに準男爵と騎士爵は厳密には貴族ではないですし、公爵より上が王族ですね。
大公は公爵の更に上で、王族の血縁者が名乗る事もあったそうです。 つまりはとんでもない権力者です。
考えてもみてください、国境を護っているのですよ? 王都からでは目の届かない、最も離れた領地を。 王から信頼され、統治でも防衛でも優秀な臣下でなければ、任せられません。
無論、領地内の村からすれば辺境伯なんてのは、王の代理のような存在です。 にも関わらず、農民と変わらない生活の貧乏貴族扱いって……国境は誰が守っているのでしょう? 広大な領地は誰が維持しているのでしょう? 王女ですら田舎貴族の認識って、敵国がいたことのない国なのでしょうか。
仮にこの国ではそういう扱いなのだとしても、国境なのですから、外国との貿易や交流の中心となる都市があって当然です。 となれば、流行の最先端になりやすい機会に溢れている筈です。
なのにこの作品内では、流行の最先端は王都であり、辺境は最も情報や流行の遅れたド田舎です。
国内で全てを賄っている鎖国国家なのでしょうか? よく国として存続していられますね。
ただ、この世界にも飛行機や鉄道があれば話しは別です。 空港や駅は国境を王都領内にも作れる門なので。 そうなると大人数を運べるのはもちろん、物資を大量に運べる貨物機だって作られていて必然です。 むしろそっちが本来の用途です。
これなら辺境伯が権力を削がれていても、納得ではありますね。 ここまでの扱いとなると、準男爵と間違えていそうですが。
ただし8話は駄目です。
不作の原因が連作障害だった。 は、あまりにも適当が過ぎます。
天候も気温も大きな変化は無く、干ばつですらないのに作物の実りが5年前から徐々に悪くなっていった。 ……という悩みに『あれ? 連作障害なら去年解決した筈だけれど?』からの『そっかぁ、辺境にはまだ伝わってなかったのね』は王女への印象が悪くなりました。
確かに、王都の情報を積極的に得ようとせず、対策を講じなかった領主にも責任はあります。 が、農民と変わらない暮らしをしている貧乏貴族と知っていて情報伝達しない王も、どうなのでしょうか? 片道1か月の距離を頻繁に往復でもしていないと、王都の最新情報なんてそうそう伝わってきません。 スマホなんて無いんですよ?
辺境との情報共有を疎かにしている王って……大丈夫なのですか? 放任主義の極みですか?
加えてもう1つ、大問題が。
この地域はこれまでどうやって豊作を維持してきたのですか? ここ5年で徐々に収穫量が悪くなってきたとありましたが、つまり5年前まではずっと豊作だったということです。
建国から777年のお祭り回があったので、少なくともこの地では772年間、連作障害なんて起きなかったのですね。
連作障害とは、連続して同じ場所で同じ種類の野菜を栽培するとで、生育が悪くなったり、枯れてしまったりする現象のことです。 例えるなら、植物の種類毎に栄養素と毒素は違うので、同じ種類を植え続けていると必須な栄養は薄まり、毒素だけ蓄積し続ける。 土壌のバランスが偏っていくんですね。
前の住人が残していった食料とゴミの中で赤ちゃんを育てていくようなものです。 掃除してください。
まるでこの世界には、5年前まで連作障害なんて設定は無かったかのようです。 歴史を感じられません。
連作障害なんてそれこそ、失敗の連続あってこその発見じゃないんですか? 下々の暮らしに無知な王女がやらかすのならばまだしも、連作障害を知らない農民がやらかすのは、今までどうやってきたんですか?としかなりません。
王都の学者は大変優秀ですね、辺境の不作から4年以内に連作障害の解決法を見つけるだなんて。 前世の記憶でもあるのでしょうか?
歴史とは積み重ねです。 とはいえ細部まで拘れとまでは言いませんよ。 6回くらい連想ゲームしていけば、説得力のある設定に仕上げられますから。 せめてフワッとさせないでください。
それか強引にでも、ファンタジー世界なんだから一応は納得させる筋も通せます。 聖女の祝福が弱まったせいとか、精霊が減少したとか、元々この国には無い品種+その品種にとって毒素となる成分が一切無かった特殊な土地。 とか。 ……結構な無理やりではありますが。
ファンタジー世界なのですから、『そういうものだ』と作者が設定すれば、『それはそういうもの』になるんです。 なのにそれすらもしてくれないので、フワッとするのです」
グルメ旅が主軸だからと言って、その他を蔑ろにして良い訳では無い。 その手抜きは粗でしかなく、力の入れどころ抜きどころとは、そういう意味ではない。
テーマは良さそうなのに骨組みがスカスカとか……僕だって爵位の上下関係くらいは検索して参考にしているのに。
まさか僕以上の無計画行き当たりばったり執筆だったの?
そういえばライトノベル大賞への応募、どうする気なのだろう。 この分じゃ1から書き直しになるのでは。
美花先輩がページを半分戻す。
「最後に。 川魚のムニエルが美味しいと評判の宿屋に泊まった際、故障した魔導コンロに悪魔が憑依して回路の不具合を発見する5話。 王女達のおかげで食材を無駄にせず済みましたね。
こういうの好きです。 こういうので良いんですよ。
私はこの作品、終始4コマ風に想像して読んでいました。 それくらい王女とパートナーの掛け合いは心地良くて、この2人の旅は何処に行っても楽しいのだろうなと期待させてくれます。
2人が主従ではなく親友の様に仲良しな理由も、6話で補完されましたね。 王家の墓近くで寝ていた悪魔を城に連れ帰り、色々あった末に共にホットケーキを食べて仲良くなった話し。 微笑ましかったです。
道中でも街中でも食事処でも、決して喧嘩などはせず、汚い言葉遣いも無く、互いを思い合っているのも伝わってきます。
王女はグルメとなると我を忘れるタイプで、悪魔は珍しい物があると憑依して能力を試すまで、子供のように駄々を捏ねる質。 似た者同士、理解し合えているのでしょう。
各地で友達が出来るくらいで、同行する仲間が増えることもありません。 それでも充分に魅力的なのは、食レポ以外の部分を冗長にしていないおかげでもあります。
これは完全に私の趣味嗜好ですが、3話・5話・6話のようなゆるいファンタジーグルメ旅な物語にした方が良いと思いました。 あの雰囲気の話しなら、また続きが読みたいです。
良ければ1話目から編集しなおして、是非とも書籍化してほしいですね。 購入します」
3話? どんな話しだったのだろうか。
後で読……めないんだったわコレ!
美花先輩が高評価した3話、途轍もなく気になって仕方が無いのだが?!
原稿を閉じ、依頼者に返却した美花先輩が背筋を正す。
「総評ですが、キャラにはオリジナリティはあります。 が、『全体的にフワッとしていて微妙』でした。
ここからはもし、私の言ったゆるいファンタジーグルメ旅に路線を絞ってくれるならばの提案になりますが。
トラブルをあっさり解決して感謝される流れは少なめにしつつ、挿みたい時はコンロのように、王女達にしか解決出来ない問題に限定すべきです。 そうでなくとも魔導具化できるのですから、他作品とは差別化しやすくなるでしょう。
あと道中の危険度もユルめにすれば、野営飯なんかも楽しめますね。 今後に期待します。
毎話冒頭で「街が見えた!」から始まるのも、グルメ作品としては良いのですが。 せっかくのファンタジー旅、もっと自然を感じたかったです。
どうせ許可なんて出ないからと自分勝手に城を脱走した主人公なのに、それ以降はグルメへの執着以外常識人なのも、少し勿体ないです。
例えば育ちの良さが所作から漏れてしまい、毎度周囲の人々が高級レストランを幻視する。 とか、大好きな小説や演劇の影響で、一般人とズレた行動を取ってしまう。 などを入れてみては如何でしょう?
本人には自覚が無いのがミソですね。
トラブルに関わっていく理由にもなる資金面も。 城からの脱走ではなく、許可有りのお忍び旅ならば、残金を心配しながらお悩み解決で稼ぐ必要だって、ありませんでした。 もっと旅を楽しむことに集中出来ます。
とまぁ、私から言えるのはこれくらいですね。
締め切りまで残り1か月なので、単なる一個人の感想として、参考にでもしてください。
以上です」
言い終わってすぐ、鞄からフルーツミックスのペットボトルを取り出す。 流れるようにキャップを外し、ゴクゴクと飲み進める。
そんな美花先輩に気が付いていないのか、依頼者が書き終えたメモ帳とペン、それと原稿を自身の鞄にしまっていく。
ファンタジー世界を食べ歩きする旅作品。 星の数程あるWeb小説界隈で検索すれば、さすがに何件かはヒットするだろう。 だが王女とマスコット悪魔の仲良し2人旅となると、目新しいのではないだろうか?
『食べ歩き』『旅』『ファンタジー』『グルメ』で今ちょっとスマホで検索してみただけでも、出てくるのは『チート』やら『ドラゴン少女』やら『異世界転移』やら。 『ハーレム』まである。 大抵が日本と異世界を食べ比べする作品で、せっかくのファンタジーグルメを純粋に楽しめそうな物となると……
それだけでも本作は需要が見込めそうだ。 設定がフワッとしていなければ。
あっ……いつの間にか3分の1まで飲み進めていた美花先輩を目の当たりにして、依頼者が沈黙した。
うん、初見はそうなるよな。 誰だって。
もう飲み干すつもりなのか、美花先輩のゴクゴク止まらないもん。 勢い緩まないもん。 なんならペットボトルの角度上がってきてるもん。
どんだけ喉と脳を酷使したんだか。
「んっ……」
遂に500mlペットボトル1本をカラにした美花先輩は、キャップを閉めて鞄に戻すと、両腕を頭上に上げ「んぐぐ……」と背伸びまでして。
それからふと、依頼者と目が合った。
「ん? どうかしました? ……ふひゃん!?」
唐突に、部長が美花先輩の背後から抱き着く。
「どうしたも何も、目の前で恥ずかしげもなく堂々とされてちゃ……ねぇ」
「えぇ……なっ、何がですかぁ〜?!」
本人に自覚無かった!?
その後、部長のお願いもあって、依頼者は原稿を置いて帰っていった。
3話を求めて群がる先輩達の列。 ……これは夜道を歩く覚悟が要るな。